「真一郎くん、例の部品さっき届きましたけど……その子は?」
「俺の弟!」
「え、なに、また複雑な感じ……?」

 アルバイト先のバイク屋さん。そこの店長は亡くなってしまった兄の親友であり、暴走族時代には総長を務めていた佐野真一郎くんだ。
 兄が亡くなったのはノーヘルでバイクに乗って事故に合ったから。ドライブレコーダーによって過失は衝突した車側にあったと分かってはいるが、当然ノーヘルでいた兄も悪いと私は思っている。
 あれだけ着けろって言ったのに!兄さんの馬鹿!と焼香を投げたくなったこともあったが、今は悲しみから生まれた怒りも乗り越えた……はず。
 兄の親友であった真一郎くんは私のことを気にかけてくれていて、私が高校に入学してからのアルバイト先に悩んでいることを万次郎くんから聞いたらしく、自分が開く店はどうかと誘ってくれたのだ。
 黒龍の初代総長である真一郎くんの元には沢山の不良が集まる。見た目は恐いけれど、身内には優しい人ばかりだ。
 元々兄さんの特攻服の解れを治したり、怪我の手当をしていたこともあって、真一郎くんには面倒見の良い子だと思われているようだ。それに加え不良に怯えることなく、またノーヘルの恐ろしさについてもちゃんと理解して伝えることの出来る私を重宝してくれている。
 真一郎くんも昔はノーヘルだったものね。今でもたまにしているけれど。
 さて、そんな真一郎くんが自分のお店に万次郎くんとはまた違う弟を連れてきた。佐野家は家庭事情がただでさえ複雑なので、またなの?と首を傾げてしまう。
 そんな私を警戒するかのように真一郎くんの後ろに隠れてこちらを見る男の子。真っ白な髪に紫がかった瞳をしている。髪は地毛なのだろうか。あまりに違和感がないので、片親が外国人なのかもしれない。

「店番ありがとな!ほら、イザナ。挨拶は?」
「……黒川イザナ」
「ああ、前に言ってた……。イザナくん、名字名前です。ここでアルバイトをさせてもらっているの」
「名前?」

 警戒しているのに目を逸らさないイザナと目を合わせ、愛想良く微笑む。野良猫を相手にしている気分だ。名乗ると、そろりと私に近付いてくる。
 黒川イザナ。真一郎くんの文通相手で、児童養護施設に住んでいる男の子。弟だったんだ……。
 沢山の人と関わってほしいからとか何とか言って、詳しい話をされずに私も手紙を書かされたことがある。と言っても数回しか書いたことがないのだけれど。頼まれたのは兄さんが亡くなって少し経ってからのことだ。あの頃の私は弱っていたので、あまり記憶に残っていない。
 それでもイザナくんは覚えていてくれたらしい。

「じゃあ、名前ちゃんは休憩入ってくれな!イザナのことよろしく!」
「え、ちょっと真一郎くん!?」

 手をパンっ!と叩き、私とイザナくんの背中を押して従業員の控え室へと押し込み、仕事に戻る真一郎くん。そういうところあるよね!
 ソワソワしているイザナくんを放置するわけにもいかないので、二人がけのソファに座らせた。
 お昼休憩なので私はお弁当を食べたいのだが、イザナくんは手に何も持っていない状態だ。

「イザナくんはお昼食べた?」
「まだ」
「そっか。じゃあ、私のお弁当あげるね。アレルギーとか嫌いなものがあったら残してくれて大丈夫だよ」

 ロッカーに仕舞っていたお弁当を取り出し、イザナくんの前に置く。イザナくんの方が私より幾つか年下だが、男の子なので十分食べ切れるだろう。むしろ足りるかが心配だ。
 電気ポットに水道水を入れて沸騰させている間に棚に入っている真一郎くんのカップラーメンを勝手に頂戴する。イザナくんのお昼を用意しなかった真一くんが悪い。複数種類置いてあるので、真一郎くんがお昼に困ることはないとちゃんと確認済みだ。
 ちゃっちゃっとカップラーメンの準備と急須にお茶っ葉を入れ、お湯が湧くのを待った。
 先に食べていて良いと言っても緊張した様子のイザナくんは待ち続けるので、年齢や好きな物について聞いていると、お湯はすぐに湧き終わった。
 カップラーメンとお茶を作り、テーブルへ置く。
 イザナくんは私より三つ下で中学に上がったばかり。真一郎くんのことを尊敬していて、喧嘩もとても強いみたい。
 カップラーメンが出来上がると、イザナくんものそのそと食べ始める。人に気を使える良い子だ。

「なんで弁当くれたんだ?」
「ん?そろそろ成長期でしょ?栄養ちゃんと取らなきゃね」

 それに自分はお弁当で人にはカップラーメンをあげるのは気が引けるし。
 ズルズルと麺をすすりながらまったりする。
 ふうん、と興味無さげに。でも嬉しそうにイザナくんは卵焼きを食べた。

「名前はさ、家族いるのか?」
「うん。両親と兄さんがいる。まあ、兄さんは事故って亡くなっちゃったんだけどね」
「兄……。オレも、真一郎がいる」

 驚愕するほど優しく、心の底から大好きだというように破顔した。

「そしたら、おじいちゃんと弟に妹もいるんだね」
「万次郎の話はしないで」

 私の言葉にイザナくんは怒りを見せた。先程までとは一変して、不機嫌丸出しの顔だ。
 しかしそんなもので私はビビらないのである。
 真一郎さんのお店はほぼ不良のたまり場なもので。
 それに今のイザナくんの感情には私にも覚えがある。
 ほんの数年前を思い出して、私は声を上げて笑った。イザナくんは馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。キッとこちらを睨み付けてくる。

「分かる。私のお兄ちゃんなのに!って私も真一郎くんに対して思ったことがあるよ」
「は?」
「兄さんさ、真一郎くんと親友なの。喧嘩っ早い人だったけど妹の私には優しくてね。いつも私を優先してくれてたのにさ、真一郎くんと出会ってからは全然遊んでくれなくなって嫉妬してたよ」

 兄さんが真一郎さんと出会ったのは中学時代。私もまだ小学生で幼かったので、当時は兄を取られた気分で真一郎くんを勝手に嫌っていたものだ。
 その真一郎くんによく兄から私の話を聞いているという話を聞き、更に兄属性の真一郎くんに妹の私は簡単に絆され、驚異的な速さでテノヒラクルーを噛ましたのだが。

「会って話してみたら印象が変わったし、何より真一郎くんと仲良くしていると兄さんが喜んでくれたの。俺の妹と親友が仲良しだ〜!かわいいな!って沢山写真を撮られたし、二人でコソコソ誕生日のサプライズを考えていたら仲間外れにするなよ〜!って逆に嫉妬されたり」

 はた、はた。視界がぶれて涙が溢れる。
 兄を思い出す度にまだ泣いてしまうのだ。こういうのは時間しか解決してくれないからなぁ。
 イザナくんがテーブルの上のティッシュを何枚か取り、目元に押し付けてくる。力強くてちょっとだけ痛い。
 出会って早々に泣く痛々しい女でごめんねと伝えると「別に。ちょっと引いたけど。」なんて正直な返事。

「……オレが万次郎と仲良くしたら、真一郎は喜ぶ?」
「喜ぶんじゃないかな?私も万次郎くんとは結構仲良いから、二人が仲良しなら嬉しいよ」
「名前のことは聞いてねぇ」
「辛辣だな!?」

 食べないならカップラーメンもらうぞと返事を聞く前に食べ始めるイザナくんは万次郎くんとそっくりだ。マイペース過ぎる。
 似ているからこそ距離を置きそうで、実は居心地の良さを感じるそれなりの距離間でいられそうな二人だ。
 私もイザナくんと友達になれそうだな、とティッシュのゴミを捨てて顔を見つめると、「ブッサイク」と容赦のない一言。もう遠慮がなくなってきている。
 汗をかくこともある仕事なのでメイク用品はウォータープルーフを使っているからそんなに酷い顔にはなっていないと知っているのだが、イザナくんのお綺麗な顔を見ると心配になってしまい、急いで鏡で顔をチェックする。
 その日から私はまた、イザナくんとの文通を始めた。
 その後イザナくんは少年院に入るような事件を起こし暫く会えなくなるのだが、何となく彼のことが気になってしまって、施設の方に足を運んだ。元気にしているらしいと聞いて安心する反面、院の中で何かやらかしていないかと保護者面をしてしまうのだった。

あの子のどこがいいのでしょう