会ったのは一度きり。けれど何度も手紙で言葉を交わし、彼のことを忘れる日はなかった。

「イザナ、おかえりなさい!」
「なんでいるんだよ」

 いないはずの者を見るかのように瞬き、私の存在をしっかりと確認すると皮肉るイザナ。
 施設の方にこっそり教えてもらったんだよと両頬を掴んでみょーんと伸ばす。
 イザナのために親にも内緒で学校をサボったのだから、生意気は言わないでほしい。まあ、目で喜んでいるのがバレバレなのだけれど。
 院に入るまで交わしていた手紙を書いているうちに文字数削減のためにくん付けを止めたのだが、今も何も言ってこない辺り呼び捨てで問題は無いようだ。
 実はこの場には私とイザナともう一人いる。
 イザナより年下で、けれど体格はこの場で誰よりもよく育っている子。鶴蝶くんだ。彼のことはイザナからの手紙で知っていた。
 イザナ曰く、オレの戦闘マシーン。詳しく聞けば下僕だそうで驚いてしまう。
 同じ施設に住む男の子。イザナのマイペースさに嫌気がさしていたりしないかと心配していたが、鶴蝶くんはそんなことはないみたいだ。むしろイザナを慕ってくれているのがよく分かる。なんて、鶴蝶くんの方がイザナとの付き合いが長いのだけれど。
 イザナの知り合いだからと私にもちゃんと頭を下げてくれたし、気を使って先に帰ろうかと視線を少しだけさ迷わせている。
 少年院に入ったイザナの様子を聞きに行った際に出会い、挨拶をした程度の仲だ。それなのに何故今日は一緒にいるのかといえば、鶴蝶くんもイザナが出てくるのを同じ場所で待っていたからだ。
 目的が同じなのにバラバラでいるのも変な話なので、微妙な距離感でイザナを待っていたのである。

「施設の人には話は通してあるからさ、ご飯食べに行こうよ。ファミレスだけど、奢ってあげる」
「ん……どうも」
「お礼が言えて偉いね」
「馬鹿にしてんのか?名前が口煩いからだろうが」
「私は常識を説いてるだけ!鶴蝶くんも一緒に食べようね」

 逃がさないぞと二人の腕を引き、事前に調べておいた最寄りのファミレスに向かう。
 その気になれば簡単に振り払えるのに素直に引っ張られる二人はやっぱりまだまだ子どもで、弟が出来たみたいで可愛らしかった。
 まあ、イザナはブツブツ文句を垂れていたから憎たらしくもあったのだが。
 確かに私は手紙の中で鶴蝶くんに対する態度で度が過ぎているものがあれば注意していたし、自分に非があると思ったのなら謝りなさいとも書いたことがある。感謝の言葉を忘れずに、とも。
 イザナは態度は悪いし、お世辞にも素行が良いとは言えない。でもそれはきっと、いけないことだと教えてくれる人が周りにいなかったからだし、教えてくれるにしても相手を信用出来ないから無視していたのだと思う。
 初めて出会ったあの日。イザナの優しさの欠片に触れ、放っておきたくないと思ってしまった。
 だから私はイザナと仲良くなりたい。イザナのことをもっとよく知りたいし、悪い子ではないと知ってしまった分、誰かに嫌われてほしくない。
 少しだけでも私という人間を知ってもらって、友達くらいにはなってやっても良いと思ってくれたら嬉しいな。





 成長期の男の子ってすごい食べっぷり。
 遠慮という言葉を知らないイザナは三人で分けたサラダとピザ丸々一枚を一人で食べ切り、次は何を頼もうかと悩んでいる。
 逆に鶴蝶くんは遠慮をし過ぎて全然食べていないので、もっと頼んで良いんだよとメニュー表を手渡した。
 バイトもしているし、このファミレスは学生の溜まり場になるくらいにはリーズナブルな価格だ。沢山食べてほしくて此処を選んだのだから、遠慮なんてしないでほしい。

「さっきイザナが食べてたピザ、私もちょっとだけ食べたいな。全部は食べられないから、鶴蝶くん食べてくれる?」
「!はい!」

 遠慮しないのは難しいかと一つ提案をすると、元気よく応えてくれる。
 食べ足りない顔をしているので、既にステーキを食べ終わっているが、もう一つ好きに頼ませる。先程よりハードルが下がったのか、好きに選び始めた。ちなみに私はパスタを食べている途中である。
 しれっとイザナが私の隣に座ったため、鶴蝶くんが私たちの正面に座っており、鶴蝶くんの様子を見て私がベルを鳴らして店員を呼び注文をする。
 それが終わるとイザナがドリンクを取りに行こうとするので、私の分のオレンジジュースと鶴蝶くんの分のコーラをついでに頼むと、嫌そうな顔をしながら引き受けてくれた。
 鶴蝶くんはイザナの代わりに自分が行こうとするが、それを私が止めて座らせる。

「イザナね、ドリンクバーがちょっと楽しいみたいなの。だからこれはやらせて大丈夫」
「そう……ですか?」
「そうそう。飽き性でもあるから、そのうちパシられそうではあるけどね」

 飽き性な部分に覚えがあるのか、何度も頷く鶴蝶くん。
 ちなみにイザナがドリンクバーを楽しんでいる理由は人のドリンクに色々なものを混ぜて渡しているからである。先程注意したので、今回は自分の分で遊んでくれるはずだ。
 敬語が苦手そうなので止めていいよと伝えると、鶴蝶くんは恐る恐る友達口調で喋り始める。

「イザナとは何時から知り合いなんだ?」
「会ったのは少年院に入るちょっと前。その前に真一郎くんに頼まれて手紙を書いたことがあるんだけど……あ、真一郎くん分かる?」
「ああ。そうか、手紙の……」

 それだけで合点がいったらしい。

「イザナは、」
「うん?」
「誕生日に送られてきたキーホルダーを今でも大事にしている」

 キーホルダー。それは手紙を書くことに乗り気ではなかった頃に送ったものだ。
 書くのが面倒くさいなと思いつつ、真一郎くんから手紙の相手がそろそろ誕生日だと聞き、何かをあげようと思い至ったのである。
 真一郎くんと仲が良いのならきっとバイクが好きなのだろうが乗れる年ではないし、ならばバイクの形をしたキーホルダーにしようとお店を探し回った。これが中々見付からず、沢山自転車を漕いだものだ。
 やっと見付けたは良いものの、バイトも出来ない学生には懐が痛む金額だった。けれど元々人が喜ぶことをするのは好きだったので、思い切って購入したのだ。
 そう、そっか。何も言ってくれないから少し残念に思っていたのだけれど、大事にしてくれていたんだ。
 私も嬉しくなってしまって、照れ隠しにポテトを摘んだ。

「教えてくれてありがとうね」
「いや、別に」
「鶴蝶くんの誕生日はいつ?お祝いさせてほしいなぁ。折角こうしてお友達になれたわけだし」
「小学生を口説くな」

 いつの間にか戻ってきていたらしいイザナが私の頭の上にコップを三つ置く。勿論手で支えたままなのは分かっているのだが、普通に嫌であるし恐いので頭は動かさずに抗議する。
 しかしそんなものは何処吹く風。コップはテーブルへと置いたが、奥に座る私の方へグイグイと寄って座ってくる。壁とイザナに囲まれて狭い。
 嫌がらせの天才か?私も負けじとイザナを抱きしめて頭を撫でる。

「よーしよしよし、そんなにくっつきたいならそう言ってよ。お姉ちゃんが可愛がってあげる!」
「ウザい。キモい。名前は姉じゃねぇ」

 口では何とでも言える。人の太腿を軽く抓っておきながら離れようとはしないのだから、やっぱりこの子は可愛らしい。
 そんな私たちの様子を見て、鶴蝶くんはやっと緊張を解して笑ったのだった。
 それに気を悪くしたイザナがテーブルの下で鶴蝶くんを蹴り、また叱る羽目になってしまったのだが、イザナがまた楽しそうにし始めたので良しとする。
 私も鶴蝶くんもイザナには甘いのだ。

わるぐちばかりが先回り