最近、イザナの様子がおかしい。年少を出た時には元気そうにしていたのに、やけに私に会いに来る。
 決して私に会いに来てくれるのが嫌なわけではなく、私に会う時間があるのならば真一郎くんに会いに行くタイプのはずなので違和感があるのだ。
 よくお店に遊びに来てくれている青宗くんという子から聞いた話だと、年少を出てからちゃんと真一郎くんに一度会いに行っていて、何ならバイクに二人乗りもしている。その時に何かあったのだろうか。
 真一郎くんも真一郎くんで相談事をしてくれるタイプではない。一人で抱えて解決出来ず、周りがコソコソ嗅ぎ回って本人に突撃しなければ教えてくれることはないのだ。
 こうなってしまえばお手上げ状態である。

「どうしたんだよ」

 買い物をしようと商店街方面へ向かった私を拉致し、横浜まで連れてきたイザナが尋ねる。
 それはこっちの台詞なのだが、本人に自覚はないらしい。
 別にと答えると、イザナは眉間に皺を寄せてストローを噛んだ。
 折角だからと図太く買い物を楽しんだ私が、付き合ってくれたイザナに某ハンバーガーショップのシェイクを奢ったのである。
 丁度日陰になっている公園のベンチに座る私たちはたまに微笑ましく見られたり、子どもからはニヤついた視線を送られている。
 それもイザナの距離が近いからなのだけれど。
 直接純粋な子どもに何も尋ねられないのはイザナの風格からだろうか。見られてはいるが距離は置かれているし、急いで目を逸らす人が多い。
 このイザナの様子も違和感のひとつだ。
 確かにこの子は猫みたいな子で、最近では心を許してくれたのか距離が近いことは多々あった。しかしこんなに肩と肩がくっ付く距離に座るだなんて、嫌がらせか素直に甘えられない時にしかしてこない。
 今のイザナは迷子になりたくなくて親にしがみついている子どものような、そんな恐怖や焦りが感じられる。
 何があったのか聞いたところで素直に話してくれるような子でもないし、どうしてあげたら良いものか。鶴蝶くんに相談?イザナの目があるから二人きりにはなれないし、だからと言って手紙を送ってもイザナの検問がある。これで保護者面ではなく、仲間外れが嫌なだけなのだからやっぱり可愛いやつである。話が逸れた。

「黒龍を、継ぎたいって話した」

 悶々としていると、こてんと人の肩に頭を乗っけて、イザナがポツリと語り出した。

「でも、万次郎にも継がせたいって。真一郎はオレの兄貴じゃないの……?」

 話してくれてやっと分かる。
 ああ、そうだったの。イザナは真一郎くんに拘っているんじゃない。兄という存在に拘っていたのだ。
 真一郎くんが兄でなくなった瞬間、きっとイザナは真一郎くんに対してだって酷いことが沢山出来てしまう。そして全てが終わった後に理解出来ない苦しみに襲われてしまうのだ。
 歳の割に情緒が育っていない。
 人を惹き寄せる天賦の才があって、その人たちを率いることだって出来てしまう。喧嘩が強いこともあって、イザナに逆らう人間はいないのだろう。鶴蝶くんがまさにそれに当てはまる。
 良い意味でも悪い意味でもイザナのワンマン。
 ならば、誰かが教えてあげなければならない。誰かが意見をしなければならない。間違えがあれば正し、良い事をすれば心から褒めてあげなければ。
 本来ならば親が愛情を込めて空っぽの心に注いでくれるものだが、イザナには今真一郎くんしかいない。その真一郎くんに疑念を持ってしまっているのならば、その役目は私が買って出たい。

「真一郎くんはイザナのお兄ちゃんで、万次郎くんのお兄ちゃんだよ。エマちゃんも入れて四人兄弟。多いね、楽しそう」
「でもオレは、オレだけの兄貴がほしい……。だってオレには真一郎しか……」
「それ、私の前で言っちゃうの?」

 先程までシェイクの入った紙コップを持っていたからか、冷えてしまったイザナの手の上に自身の手を重ねる。肩に置かれたイザナの頭に擦り寄った。

「ひどいなぁ。私、こんなにイザナのことをかわいいなって思っているのに。イザナのすることなら大概のことは許せちゃうんだけどなぁ」
「名前はオレの姉じゃねぇだろ」
「姉じゃないよ。弟みたいには思っているけどね。あ、でも、イザナが私をお姉ちゃんだと思ってくれるのなら、擬似姉弟にはなれるか!」
「……名前が姉は嫌だ」

 イザナが顔を上げ、私と指と指を絡めて手を繋いでくる。

「でも、家族にはなりたい。姉も嫌だけど、他人はもっと嫌だ」

 プロポーズかのように聞こえる言葉。きっとイザナからしてみれば、そんな意図はないのだろう。
 私と他人なのは嫌だと思えるくらいには心を許してくれている。それが私の心を強く打った。
 私がイザナを大事にしたいんだという思いがちゃんと届いている証。
 こてんと額を合わせ、視線を逸らさずに真っ直ぐ伝える。

「私たちはもうとっくに他人じゃないよ」
「じゃあ、何?」
「友達、親友……私にとってイザナは大切にしたい人なの。いっとう優しくしてあげたい」
「……オレも、そう。名前には優しくしたい。出来てねぇと思うけど」
「ちゃんと伝わってるよ」

 だってイザナは私に決して暴力を振るってこない。鶴蝶くんには容赦なく蹴りで意思表示をすることもあるのに、私にはもっと別の触れ方で伝えようとする。
 今だってそうだ。上手く言葉に出来ないから、離れないでほしくて手を握っている。
 言葉で伝えるのがとても下手くそで、頑張って態度で示そうとしてくれている。そんな姿が愛おしいのだ。

「イザナが一生懸命だから、私もイザナの思いを理解出来るように努力してるよ。でもね、言葉にしないと伝わらないこともあるの」
「……ん」
「いくらでも待つから、いつかイザナの気持ちを言葉で教えてね」
「ああ」

 緩んだ手を離し、頭を撫でる。
 逆もまた然りで、言葉だけでは足りず、態度で示さなければならないときもある。特にイザナに対しては。

「真一郎くんも待ってくれるよ。イザナが大切な弟だから。心の整理が出来たら、真一郎くんとまたお話ししてみよう?」

 イザナは小さく頷いた。
 元々そうしたいと思っていたのだろう。しかし、自分一人で出来るとは到底思えなかった。激情を抑えられず、それで私を頼ってくれたのだろう。

「私もいるし、鶴蝶くんもいる。鶴蝶くんだってイザナの大切なお友達でしょ?」
「いや、下僕」
「それは止めなさいってば!」

 何度言っても下僕呼びを止めなければ、鶴蝶くん本人も否定することはない。どうなってるのこの二人。
 ふっと笑ったイザナの表情は柔らかく、少しだけ元気が出たみたいだ。

冷たい音でからまわり