うちの親も兄を亡くした寂しさをイザナで紛らわせているのか、今日はイザナくんは来ないのかとよく聞いてくるようになった。
亡くなってからも兄の部屋は前と変わらず残っていたのだが、最近ではイザナに部屋を使わせてあげたり、兄の私物を一部あげてもいる。私としては少しだけ複雑なのだが、真一郎くんの弟で、親友が気にかけている子なのだから許してくれるだろう。
イザナはあれで人の感情の起伏に敏感なので、私の気持ちも察してくれている。どこまでなら許してくれるのか、私が嫌な気持ちを覚えないのかと私をよく見てくれていた。
イザナはいつの間にか黒い特攻服に身を包み、八代目黒龍総長に就任。その名を轟かせている。
犯罪に手を伸ばそうとしていることに気付き、力一杯イザナを殴って止めた私は悪くない。
黒龍はあくまで不良の集まり。それ以上になってしまってはいけないのだ。
しかし黒龍はもう総長が八代目。ここまで来てしまえば族としても綻びが見えてしまうのは仕方の無いこと。それをイザナが立て直そうとしているが、一人では中々難しい。鶴蝶くんもまだ小学生なので、体が出来上がっていないのが苦しいところだ。どうしたって小学生というだけで舐められしまうらしい。
今日の天気は雨。父親は出張で、母は夜勤で先程家を出たところだ。
曇っているせいで暗くなるのが何時もより早く、息抜きも兼ねて家の中のカーテンを閉めに回った。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに移してから飲んでいると、聞き覚えのあるバイク音が雨音と共に聞こえてくる。その音はどんどんこちらに近付き、やがて止まってしまった。
急いで玄関に向かってドアを開けると、雨に濡れて髪も服もベッタリとさせたイザナがそこに立っていた。
「イザナ?」
呼んでも返事がない。
「こっちおいで。濡れて寒いでしょ?」
微笑む。何も知らないふりをして。
こういう時は本人から話してくれるのを待つべきなのだと、イザナと一緒にいて学んだ。無理矢理聞き出そうとすれば意固地になり、何も言ってくれなくなってしまうから。
腕を引いて家の中に上げる。
無気力なイザナの靴を脱がし、お風呂場まで連行した。いつからかお気に入りになっているイザナのピアスを外してあげていると意識が戻ってきたのか、私の名前を呼んでくれた。
「風邪引いちゃうからシャワー浴びなね。お湯は溜める?」
「大丈夫」
「了解。タオルはそこのラックに入ってるやつね。脱いだ服は洗濯機に突っ込んで。着替えは後で持ってくる」
「ん」
よし!と濡れた頭を撫で、一旦洗面所から出る。イザナが服を脱いで浴室に入る間に兄の部屋からスウェットと下着を拝借し、一応扉をノックして浴室にいることを確認してから洗面所へ。
イザナの服は手洗いの物が無駄に多いので、録に確認もせずに手洗いコースで洗濯をかける。洗濯機の上に着替えを乗せ、イザナに一言かけてからまた出ていった。
濡れてしまった廊下を拭き、タオルをハンガーにかけて干してから晩ご飯を作る。本当は面倒なのでカップラーメンか冷食で済まそうと思っていたのだが、自分以外の人がいるのならば話は別だ。
冷蔵庫の中身を確認し、冷凍保存したご飯が沢山残っていたため、炒飯を作ることにする。
卵は何時でもストックしてあるし、葱は既に切れたものがパックに入って売っているものがある。
プロのようにパラパラな物は作れないが、手早く作り終えた。
今日のイザナは食欲もそんなにないだろうということで、量は私より少し多いくらいにしてある。申し訳程度に小皿にレタスとミニトマト、缶詰のコーンを盛り付けて完成である。
「イザナー!ご飯出来たよ!」
テーブルへとお皿を置き直し、普段よりゆっくりシャワーを浴びているイザナに声をかける。するとガチャリとドアを開ける音がしたので、どうやらボーッとしていただけらしい。
髪を濡らしたまま、肩にタオルをかけたイザナがトボトボとやって来て椅子に座る。
「こら、ちゃんと乾かさないとダメでしょ」
ドライヤーをかけてあげたい気持ちもあるが、温かい食事を取ってほしいため、軽く拭いてあげてから腕につけたままだったヘアゴムで髪を一纏めにする。その髪にタオルを軽く巻いて応急処置。
正面の席に私も座り、手を合わせて「いただきます」と口にする。イザナも同じようにしてから、炒飯を食べ始めた。
黙ったままだったイザナは徐々にもう我慢ならないと涙を流す。溢れる涙の量が増え、嗚咽を上げながら大口で食べ進めた。その姿が痛ましくて仕方がなかったが、今は何を言ってもイザナのプライドを傷付けるだけだからと私も沈黙を貫いた。
十分もすればイザナは食べ終わり、ティッシュを取って顔を拭いた。
私も急いで食べ終わり、お皿を濡らしてからシンクに置き、イザナを洗面所まで連行してドライヤーで髪を乾かす。
初めてあったときはそんなに身長が変わらなかったのだが、今ではイザナの方がずっと高い。腕を伸ばすのが大変だったが、時間も経っていたのですぐに乾かし終わった。
されるがままのイザナの髪を梳かし、歯磨きをさせて二階の兄の部屋へ。兄の使っていたベッドに寝転がるように促し、掛け布団をかけて目を瞑らせる。
寝るにはまだ早すぎるけれど、休ませてあげた方が良いから。
夜型の人間だけれど、私も早く寝てしまおう。勉強は朝にすればいいや。
「おやすみ、イザナ」
「……名前」
部屋を出ようとした私をあまりにも弱々しい声で呼び止める。
どうしたの?と聞く前にイザナはまた泣き出した。
「オレ、一人だ。だれとも血、繋がってなかった。真一郎は兄貴じゃないし、エマも妹じゃない」
息が詰まった。
それはどういうことだ。理解するのに時間がかかる。
いや、今は考えている場合じゃない。早くイザナに声をかけなければ。
だって、やっとイザナが話してくれたのだ。頼ってくれている。ならば私はそれに応えたい。
イザナのことが大切だから。
「一人じゃないよ。私がいる。鶴蝶くんもいる」
「家族はいない」
「真一郎くんたちが家族だよ」
「血が繋がってねぇよ」
「繋がっていなくても家族だって思ってくれている」
「でも、違う。血が繋がっていないから、オレが一番じゃない。オレより優先する人がいる」
だから万次郎くんが嫌いなの?とは聞けなかった。
イザナは誰かの一番になりたいのだろうか。誰よりも、何よりも自分を優先してくれる人が欲しい?違う。
そうしてくれなければ、人の愛を確信出来ないだけだ。
何と伝えれば良いのだろうか。どうしたらイザナは寂しくなくなるのだろう。
ベッドの端に座り、イザナを抱きしめた。
「真一郎くんの優しさは本物だよ」
「……」
「上手く言えないや。ごめんね」
「名前を謝らせたいわけじゃ……」
ぶわり、また大粒の涙が溢れた。
強く、強くイザナを抱きしめる。私にはそれだけしか出来ないから。
「本当は、全部分かってるんだ。オレのことも愛してくれている。なのに胸が苦しい」
空っぽの心を充たしてもまだ足りない。どんなに満たしても零れ落ち、イザナは寂しいまま。
私が、私だけはずっとそばにいるよ、なんて言うのは簡単だ。イザナもそれをきっと求めているのだろう。
けれどそれではイザナのためにならない。
私一人に依存しては私に万が一のことがあったらどうなってしまうのだろうか。そう思って、いつだって心配してるのは私だけではないと伝え続けてきたのだ。そこを曲げたくはない。
「心が追いつかないんだよね。大丈夫、いつか絶対に追い付くよ」
「……そばにいてくれるか?」
「イザナが望んでくれるなら。私も鶴蝶くんもそばにいる。味方でいる。だって私も鶴蝶くんもイザナに惚れ込んでいるんだもの」
背中に腕が回される。しゃくり上げる声がより近くで聞こえた。
「整理がついたら真一郎くんともお話ししよう。真一郎くんはずっと待っていてくれる人だから、焦らずにいこう」
「ん」
「イザナ、大好き。大好きだよ。イザナは自分のことを蔑ろにすることが多いけど、出来れば自分も大切にしてほしいなぁ。まあ、出来ても出来なくても、私たちがイザナを大切にするんだけどね」
「なんで?」
瞳で、言葉で、全身で伝える。
――イザナのことを愛しているからだよって。