「なんて?」
天竺メンバーとの集会が終わって夜中に帰ってきたイザナを出迎えると、ただいまと同じトーンでプロポーズをされてしまった。
「オレと結婚しよう」
「そうじゃなくて……いや、そうなんだけどね?そもそも私たち付き合ってないよね?」
「そうだな」
「そうだなじゃなくて」
私の反応に首を傾げるイザナに頭が痛くなってくる。
首を傾げたいのはこちらの方だ。何がどうしてそうなったの。
「結婚したいんだから、付き合う必要はねぇだろ」
「ええ……?」
そんなさも当然のように言われても。
◇
事の発端は数時間前。天竺の集会での話である。
九月に入ったものの、まだ茹だるような暑さの中、外で行われたそれはイザナの機嫌を損ねてしまった。そのため集会自体は早めに終わり、天竺の主要メンバーのみでファミレスに屯した。
ファミレス店員は怯え、その日アルバイトをしていた人は全員辞めてしまったのは余談である。
しれっとパーティールームを借り、我が物顔でドシリと腰掛けた男達はそれなりに仲が良く、プライベートな話をしてもお互い嫌な気分にはならない。これが格下相手であれば一発どころか十発は殴っている。
話している内容もどこどこの奴が生意気だったからシメたやら、あそこのチームが邪魔だったから潰したと事後報告。
全て物騒である。
「そういや大将、名前ちゃん元気にしてる?」
聞いたのは六本木のカリスマ兄弟の片割れ、灰谷蘭である。
名前は大学に上がってすぐに天竺の主要メンバーと挨拶をしており、好印象を保っていた。
何よりイザナが名前に対して、普段からは想像もつかない程に優しく接しているのをその目で見てしまったからだろう。
大将にとって大切な人なら、それなりに仲良くしておかなければ。
そのまま絆されてしまったのは言うまでもなく。何せ、あのイザナとすら距離が近い女性なので。
「あー……元気」
「来年成人でしょ?祝うなら言ってよ。金出すから」
「成人式辺りに贈るつもり」
竜胆の発言に天竺メンバーは全員頷いた。そのくらいしてあげようと思えるくらいには心を許してしまっている。
因みにイザナは置いて行かれるのが嫌なため、名前を成人式へ行かせるつもりはない。
振袖を着せて記念撮影はさせるつもりだ。彼女の両親も望んでいるだろうから、一緒に写真を撮りたい。
天竺メンバーは合法的にも非合法的にも集めたお金があるため、質の良い物をプレゼント出来るだろう。
そしてふと、イザナは思い付いた。
「オーダーメイドの振袖」
布から選び、彼女の身体のサイズに合った振袖を作る。既存の物よりも質は良くなるし、女ならばそういうものに喜ぶだろう。
まあ、アイツは気持ちだけでもビックリするほど喜んでくれるけどな?と内心誰かに無意識にマウントを取っていたイザナは呟いた。
鶴蝶も獅音も望月もイザナの言うことであれば基本何でも賛同する。
そんな中、胆力のある蘭はイザナを揶揄うかのようにニヤリと笑い、それに気付いた竜胆が止めようとするが間に合わず。
「まあ、でも?振袖より留袖の方が良くね?」
留袖?と首を傾げる者もいれば、意味を理解してギョッとする者もいる。
振袖は未婚者の着物。既に結婚している者は振袖ではなく留袖を着ることになっている。
しかし成人式であれば既婚者も振袖で問題はないため、蘭はここぞとばかりにイザナを揶揄いたいだけだ。
対してイザナは意味を理解しておきながら、不思議そうな顔持ちをしていた。
「なんで?」
「だって大将、名前ちゃんと付き合ってるでしょ?大将は独占欲強そうだし、やっててもおかしくないジャン」
そういや、まだ大将は結婚出来る歳じゃないけど。マーキングはしてても違和感ないわ。
蘭が態とらしくケラケラ笑うが、イザナの反応はやはり薄い。怒った様子もなく、どうかしたのかと鶴蝶がイザナの名前を呼ぼうとした瞬間、やっとイザナが口を開いた。
「付き合ってねぇけど?」
「……はあ?」
イザナ以外の全員の心が一つになり、声が重なった。年に一度、あるかないかのレアな瞬間である。
「付き合ってねぇ」
嘘だろ。あんなにベタベタしているのに!?
本当なのかと確認する視線が鶴蝶に移り、鶴蝶は初耳だと首を勢いよく横に振った。鶴蝶もてっきり二人は付き合っているものとばかり思っていたのである。
そんな中、イザナは呑気にドリンクを飲んでいた。
「イザナ、本当に付き合っていないのか……?」
「そうだっつってんだろ」
「じゃあ、一緒に暮らしているのは……?」
「あー……誘われたから?」
勇気を振り絞った鶴蝶が尋ねるが、結局よく分からない。
イザナは名前のヒモではない。それは周知の事実だ。
料理、洗濯、掃除、その他諸々の家事の殆どが当番制だし、お互いの都合に合わせて臨機応変にやっている。
イザナは働きながら勉強もしていて、元々頭の出来が良かったこともあり、このままいけば高卒資格も問題なく取れるだろう。
ちょっと危ない仕事にも当たり前のように手を出しているが、天竺メンバーは上手いことやっているので捕まることもない。引き際は見極めているのである。特にイザナは慎重で、それが名前に迷惑をかけないためだと遠回しに言っていたくらいだ。
それなのに付き合っていない?そんなことあるのか?
「結婚か。そしたら夫婦……家族になるわけだな!」
「あ、ああ……。戸籍上もな」
考え無しに獅音が空気を壊すようなことを話し、思わず望月が返事をしてしまう。
そしてあのイザナが家族という言葉を聞き逃すはずもなく。
◇
――と、プロポーズに繋がったわけである。
家族に強い憧れを抱くイザナが行動に移さないはずがなかった。
しかし名前はそんな事情は一切知らないため、全く思考を読めないでいる。
「いや、ね?結婚っていうのは愛し合ってる人たちがするもので……」
「オレのこと愛してるっつってたろ」
「確かに言った!愛してるけれども!こう、好き合った二人が」
「オレは名前のこと嫌いじゃねぇけど?」
「私も好きだよ!?」
イザナの嫌いじゃないはイコール好きであるため、突然のデレに負けてしまった。
何と説明するか頭を抱え、とりあえずは時間稼ぎに「十八歳になってからもう一度言ってください」と何故かこちらがお願いする形に終わった。苦肉の策である。
翌年。天竺メンバー協力の元、指輪と共に再度プロポーズが行われたのは言うまでもない。