二千五年八月三十日。黒川イザナ、十八歳の誕生日である。
 目の前に広がるのは豪勢な晩ご飯たち。全てイザナの手作りであり、その腕前に関しては普段から私自身が保証している。

「今年のオレの誕生日、名前は何もしないで」

 そう本人の口から言われてしまったのは一週間前のことであり、鶴蝶くんに何も分からないまま朝から連行され、十八時に家へと連れ戻されたのが今日のこと。
 何が起こるのか、何をされるのかは予想が付いており、どうするべきかと長いこと悩んできたが、目の前に座るイザナが「どうぞ」と声をかけてくるため、とりあえずは食事をすることにした。
 下手すれば私より料理が上手なんだよなぁと、チーズたっぷりのピザを口にする。みょーんとチーズが伸び、イザナが小さく笑った。





「十八歳になってからもう一度言ってください」

 これはイザナが一度目のプロポーズの際に苦々しく貰った返事である。そもそも当時は結婚出来る年齢ではなかった辺りがイザナらしいと言えるだろう。
 尚、イザナの行動力に天竺のメンバーは賞賛の声を上げる者もいれば、正気か?と自分達の大将の情緒を心配する者もいた。
 しかし、天竺はイザナのチーム。そのカリスマ性に惹かれた者が集まっているのだから、誰も彼もがイザナの味方だ。つまり、十八歳のプロポーズは絶対に成功させたいと願っていたのである。
 鶴蝶はその仲の良さから誕生日当日に名前を監視する役目を買って出た。
 灰谷兄弟はエンゲージリングについて諸々調べ、良いお店を紹介した。
 武藤は無理に良いレストランで食事をするよりも、イザナの手作りの方が名前は喜ぶのではないかとアドバイスし、獅音は買い出しやイザナが不在の間の天竺を望月と共に任された。
 全員が協力的であり、イザナの誕生日が近づくに連れて天竺の士気も自然と上がる。それ故、横浜どころか更に先にまで手を出し勢力を拡大してしまったのだが、乗り気ではない奴は一人もいなかった。
 無事に食事は終わったが、料理はそれなりに余ってしまったため、ラップをかけて明日に回そうと二人で冷蔵庫に仕舞う。
 イザナも名前も妙に緊張してしまい、食があまり進まなかったのである。

「名前」

 ソワソワと、けれど視線をカチリと合わせてイザナが呼ぶ。

「アイツらに色々、まあ、助けてもらって。それで、改めてなんだけど」

 テーブルの上に置かれた手をぎゅっと掴まれ、そのままイザナは思い出話を始めた。
 初めての手紙、プレゼント、出会った日。家族のこと、過ごしてきた時間や一緒に暮らし始めてからの日々。
 全てを愛おしそうに語るイザナ。昏い目はもうずっとしておらず、その瞳は光で満ち溢れていた。

「名前といると耳鳴りがしない。ずっと幸せ。苦しくねぇんだ」

 頬を柔らかく染め、イザナは親指で名前の手の甲を撫でた。

「だから、ずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいられる理由がほしい。他の男に取られたくねぇ」

 何て重い言葉だろうか。
 けれど今のイザナは優しさで満たされており、湧き上がるのは心地良さ。釣られて微笑み、暖かな気持ちでいっぱいになる。

「好きだ。愛してる。もしかしたらずっと、それこそ初めて手紙を貰ったあの日から、オレには名前しか見えてねぇよ。だから、名前。オレと結婚しろ。すぐには難しいことは分かってる。だからせめて、約束だけはしてくれ」
「なにそれ、拒否権はないの?」
「あるわけねぇだろ」

 二人してくすくすと笑う。
 傍若な人だなぁと、しょうがない人とでも言いたげな名前の瞳がイザナは一等好きだった。
 悪いことをすれば叱ってくれるが、許容範囲内の我儘であれば許してくれる。そんな名前のイザナへの好意が一番伝わるのが瞳。正しく、目は口ほどに物を言う。
 服のポケットから指輪の入った箱を取り出し、イザナは座っている名前の前に跪いた。

「オレに膝を突かせられるのは名前くらいだな」

 今までの人生を振り返ってみても、人に向かって膝を突いた経験なんて片手で数えられる程しかないと語りながら、イザナが名前の指に指環を填めた。
 シルバーに薄紫の宝石が輝きを放っている。
 何でもないように装っているが触れた指はとても冷たく、イザナが緊張していることを示していた。それがまた愛おしい。

「オレと離れるのは歳をとって死んだときだけ。死後はまた一緒だ」
「……うん、約束する。イザナ」
「なんだ、よ……!?」

 イスから降りた名前がイザナの頬を包み込み、唇と唇を触れ合わせた。
 ほんの一瞬のそれも、スローモーションかのようにゆっくりに感じ、イザナは息が止まってしまいそうになる。

「奪っちゃったー……なんて」
「……そういうのは男からするもンだろ」

 もう一度、今度はイザナから。二人の唇が重なる。
 ――イザナ、そんなに私のことを好きでいてくれたの?シルバーリングに薄紫の宝石だなんて、イザナの髪と瞳の色だ。独占欲の塊でしかない。

「イザナ、大好きだよ。愛してる」
「知ってる」

 昔は力加減を間違えないように恐る恐るだったのに、今では慣れたように抱きしめられ、幸せを噛み締めた。

「……なんか、お腹減らない?」
「まあ、そうだな。……温めるか?」
「そうしよ!」
「太るぞ?」
「今日は特別〜!」

 気が抜けた二人のお腹が小さく、くぅ、と鳴った。
 そんなことは今までだって何度もあったはずなのに、今日はやけに面白く感じる。
 ――その日の夜。イザナはお風呂上がりに自身の机の上に置かれた小包に気が付いた。
 開封すると、中には小さな宝石がワンポイントとして付けられたプレートペンダントが入っており、更に「Happy birthday!」と書かれたメッセージカードが添えられていた。

「ふーん……」

 ペンダントは普段イザナが愛用しているピアスとも似合うようなデザインで、普段使いしやすいものだ。
 小さく輝く宝石を見て、イザナは名前が自分と同じ意味で愛してくれているということを知り、満足気にプロポーズが成功したことを天竺の主要メンバーへメールで伝える。
 イザナは指輪。名前はペンダント。お互いが選んだそれらは物は違っても、選んだ理由は同じだった。

この気持ちを例えるならば