兄の友人や幼馴染に恋をする。しかもその人は自分の姉が好きだなんて、二番煎じの少女漫画の世界でしか有り得ない。
クラスの、人よりちょっとだけ精神が熟していた女の子が馬鹿にした笑いを浮かべ、周りが「そうだね」と話を合わせていたことを思い出した。
しかし現実の話をしてしまうと、それは漫画の世界だけの話ではない。現実で有り得るのだ。
幼馴染で兄と仲の良い九井一くんは私の姉に恋をしている。そして私はそんな一くんを好きになってしまっていた。
不毛で、叶うはずのない恋。赤音姉さんが素敵な人だなんて、妹の私が一番知っている。
大好きな二人がお付き合いを始めたら、これ程素晴らしいことはない。それこそ私は小学校に上がる前から、ずっと自分に言い聞かせてきた。
真実そう思っているけれど、胸が締め付けられるような痛みを感じているのもまた事実。
「ココはバカだな」
一くんの恋愛相談に乗った私の頭を撫で、青宗兄さんは必ずそう言う。そして私も必ず、「ばかどころか、むしろ見る目があるよ」と言い返した。青宗兄さんの眉間の皺が消えることは一度もなかったけれど。
一くんは世間一般的に見てもカッコよくて、頭も要領も良い。将来有望だから、赤音姉さんを安心して任せられる。
だから、憂うことは何もない。
◇
我が家で火事が起きた。
両親は仕事や買い物で外に出ていたため無事だったけれど、私たち三人兄弟は巻き込まれてしまった。
その日、私は運が良いのか悪いのか風邪で寝込んでしまっていて、炎に囲まれてしまったような記憶は一切ない。感じたのは息苦しさのみだったし、消防士の方に無事救けられた。
でも、二人は違う。赤音姉さんは火傷で全身が覆われ、治療には四千万もの大金が必要だ。
青宗は一くんに救われたものの、顔に消えない傷を負った。
私も私で三日程意識を失っており、目覚めてからは慢性的な頭痛に見舞われることが多い。一酸化炭素中毒による後遺症と診断されているが、少し違う気がする。
火事に見舞われてから、不思議な夢を見るようになった。
今の私よりもっと大きな、成長した私の夢。人の姿はぼんやりとしていて判断が難しいけれど、その私はよく漫画を読んでいた。
そしてその漫画の登場人物が――、
「……うそでしょ」
私の姉、そして兄に一くん。
ここは漫画の舞台の世界だった。
全てを思い出したこの日から頭痛は消えてなくなり、赤音姉さんは天へと昇った。
◇
一くんにとって私は赤音姉さんの形見のような存在なのだろう。
今までだって一緒にいる時間はそれなりに長くあったけれど、最近では私と青宗と一くんの三人でいることが普通になり、離れ離れの時間の方が短いくらいだ。
一くんは私たちに、特に赤音姉さんにそっくりな青宗に依存している。私は知らされていないが、赤音姉さんを救けたつもりが青宗を救けていたことも理由の一つなのだろう。
姉を救えなかった後悔と、私と青宗の命ことを考えられなかった罪悪感。
私は恐らく一度輪廻を巡っている。そうしてこの世界に再び生まれ落ち、前世の記憶を一部取り戻した。
身体の回復後、はっきりと憶えていたそれらは徐々に記憶の彼方へ消えていく。本来、思い出せるようなものではなかったのだろう。夢として前世を振り返ることが出来てしまったのは何らかのバグ。エラーだ。
勝手に復元されたデータがこれまた勝手にデリートされ続けている状態であり、最終的には元に戻って全て忘れる。
ノートに書き残した記録以外は何も分からなくなるのだろう。
そこには気持ち悪さも恐怖心もない。不思議と当然のことであると納得し、私は今も生きている。
「名前、どうした?」
「あ……ううん、何でもないよ」
「そうか?具合が悪いならすぐに言えよ」
学校帰り。心配そうな視線を一くんに送られる。
青宗はまた誰かと喧嘩でもしているのか、二人っきりの帰り道。
前世のことを思い出している私はボーッとしてしまうことが多々あり、一くんはそれを一酸化炭素中毒の後遺症によるものだと思っているらしい。だからこそ一くんは極端に私を一人にさせることを嫌がった。
青宗はそういうわけではないのだと本能的に察してくれているのか、危ないからと注意をしてくるのみだ。
「ねえ、一くん」
「んー?」
カコカコ携帯を弄り、真面目な表情を浮かべた一くんに話しかける。
「もうさ、危ないことしなくていいんだよ」
「……んなことしたことねぇよ」
「うそ。一くん、ヤンチャそうな人と関わってるよね?それにお金を払えば、それ相応のことを何でもしてくれるって聞いたよ」
「誰に?」
「青宗に恨みがある人!」
それこそウソである。
確かに最近絡まれて逃走を図り、兄と合流して再びボコボコにされた人たちはいるが、一くんについては一言も喋っていない。前世の私が知っていただけだ。
一くんは納得したように、けれど機嫌が悪そうに頬をかいた。
「隠し事してたのは悪かった。でもな、もう後には引けねぇんだ」
私の肩に腕を回し、ポンポンと優しく肩を叩かれる。そのまま歩くように促されて従うが、悲しいことを言われたのに私の心臓は飛び跳ねている。
思わせぶりな態度はやめてよ、一くん!なんて本人にその気は一切なくって、私が意識してしまっているだけ。
一くん、大好きなの。赤音姉さんと青宗みたいに顔も似ていなければ髪の色素も全く違って、本当に家族なのかって泣かされてしまったとき。「オレとおそろいだな」って笑いかけてくれたあの日から、私はあなたに恋をしています。
でも初恋は叶わないし、赤音姉さんには敵わないんだよなぁ。
あなたの言葉は消えないから