少年院に入ったおバカな青宗の代わりに私を支えてくれていたのは一くんだ。
 元々頭の出来が違うので、一くんとの学力の差は歴然だったのだが、青宗の分も私の面倒を見てくれていたことで成績が大幅にアップ。これには担任もにっこり。

「青宗、おかえり」
「ただいま」

 黒龍の特攻服を着て少年院から出てきた青宗は図太いままで反省したようには見えないが、大切な私の兄だ。また一緒に暮らせる喜びの方が勝る。
 外でありながら恥ずかしげもなく抱きしめ合い、呆れた一くんに声をかけられるまで離れることはなかった。
 私も青宗も行動は早いが、止めるタイミングを逃すタイプである。

「相変わらずイカれてんな」

 ああ、一くんも嬉しそうだ。まさか一くんも一緒に迎えに来てくれるとは青宗も思っていなかったらしい。驚きつつも幸せそうだった。
 三人揃って家へ帰るのは久しぶりだ。
 カツカツ。私よりもヒールを履きなれた青宗の足音が響く。
 ヒールはオシャレな靴が多いが、足を痛めやすいので私は苦手だ。大人になったらいつの間にか歩き慣れるのだろうか。
 二人の会話の邪魔をしないように一歩遅れて階段を上っていると、足を滑らせて落っこちそうになる。それに気が付いた二人が私の両腕を引っ張り、幸い大怪我は避けられた。

「……わあ」
「わあ、じゃない」

 青宗に頬を抓られる。力加減を間違えていて普通に痛い。
 謝りながら涙目になる私を見遣り、一くんが青宗を咎めてくれた。青宗自身はそんなに力を入れたつもりがなかったため、すぐに謝ってくれた。許す。

「名前ちゃんはもっとしっかり歩けよ?」
「あかちゃんじゃないんだから、ちゃんと歩けるよ!」
「落ちそうになったばかりなのによくそんな口が利けるな?」

 そういうところはイヌピー似だと微笑ましそうに私の背中を押し、二人の間を歩くように促された。

「青宗、その手はなに?」
「また落ちそうになったら大変だろ?」
「だからって襟を掴むな!」





 勝手に人の中学にやって来て、あの有名な柴大樹に喧嘩を売ってボロボロにされたのは誰でしょうか。アンサー、我が兄です。

「何やってんの!?」
「わりぃ」
「思ってもないくせに!」
「よく分かったな」
「このおバカ!」

 怪我をした兄を一くんに保健室まで運んでもらい、そのまま手当を行う。湿布を貼った後に軽く頬を叩き、私は怒っているんですよアピールをした。
 昔からそうだ。こうだと決めたら納得してくれるまで曲がらず、望みのために一直線。周りの心配なんてちっとも気にしてくれない。

「一くんも止めてよ!」
「イヌピーが決めたことだからな」

 一くんも一くんで、赤音姉さんに似ているからか青宗に甘い。それどころか青宗に協力的で、ギリギリのところにならなければ彼を止めてはくれない。一応ストッパーにはなってくれているので、これでも感謝はしている。
 唯一、青宗は一くんの言うことなら聞いてくれる。逆もまた然り。
 お互いが罪悪感に苛まれながら親友をしている。演じているわけではない。友人を大切に思い合っているくせに赤音姉さんの件に関して二人とも後ろめたさを感じていて、それを隠し合いながら生きているのだ。
 火事の際、一くんは赤音姉さんのことで頭がいっぱいで青宗のことを考えてあげられなかったことを、青宗は一くんが救けたかった赤音姉さんが死に自分が今も生きていることに負い目を感じている。
 一くんと青宗の間には世俗的な言い方だが激重感情が存在していて、やっぱり私の入り込む隙間はない。
 あーやだやだ、本当に不毛だ。でもだからって嫌いになれないんだから、感情ってものはどうしようもない。
 一くんと青宗が黒龍がどうたらこうたら、柴大樹がなんたらと私のよく分からない話を始める。いや、本当は知っているのだけれど。
 黒龍。青宗の昔からの憧れ。昔の黒龍の輝きを取り戻したいがために青宗は突っ走っている。
 そして、そう。来年がどうなるかだ。主人公である男の子――名前はもう忘れてしまったけれど、彼がタイムリープして来たかどうかで未来は大きく変化する。
 しかもその後も何度かタイムリープしてもらわなければ青宗は幸せになれないし、一くんは最難関と言っても過言ではない。一くん一人で金銭的な余裕が変わり、組織の規模も変化するのだから中々逃げられないだろう。
 私も二人のために努力はするつもりだが男の世界の話であり、青宗も一くんも私を喧嘩に巻き込むつもりは微塵もない。そのせいで大事な部分の話は私のいないときにしているし、どちらかがすぐに駆け付けられる距離でないと一人で出かけることすら許されない。
 守ってくれているのは分かっているのだが、それならば私のためにも、二人の将来のためにも、危ないこと自体を止めてもらいたいものだ。

「どうした、名前?」
「仲間外れにされたとでも思ったんだろ。そんなつもりはなかった、わりぃな」
「違うけど!?ボーっとしてただけ!」
「ん、そうか」

 頭を撫でるな、青宗。昔からお兄ちゃん振るのが好きな様子ではあったが、絶妙にズレているのだ。或る意味で思い込みが激しいとも言う。
 パチリ。一くんと目が合い、揶揄うように彼にも頭を撫でられた。それにカッと顔に熱が溜まり、誤魔化すように大声を上げる。

「もう!違うんだってば!」

 図星をつかれて恥ずかしがっていると勘違いしてくれるだろうか。本当は一くんに触れられたのが嬉しくて、恥ずかしくて堪らないだけなのだけれど。
 俯いて顔を隠す。緩んでしまった口許に気付かれないように。
 知られてはいけない。一緒にいられるだけで十分幸せなのだから。告白したところで振られるのは火を見るより明らかで、この関係を壊してしまうことの方が私にとってデメリットが大きい。
 妹扱いでいいの。そうしたら私はずっと、一くんにとって世界で二番目に大切な女の子でいられるのだ。
 ツキリ。また胸が痛むが知らんぷり。
 知らないふりも隠し事も大得意なのだ。





 ――そして二千五年。運命の年は訪れる。
 青宗と一くんのために出来ることは全てしなければと気合いを入れていた私は、まさか自分の未来にまで大きく関わってくるだなんて、そんなことは思ってもみなかった。



トカレフを握る幼い少女は、
なにを思い描いて泣いたのか


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