兄が少年院に入ったことで我が家の風当たりは厳しく、だからと言って家のローンは払いきれていないため金銭に余裕はない。
せめて娘だけでもと心配した両親により、私は今更ながら祖父母の家に住むことになった。一くんと青宗といたかった私としては猛反対をしたのだが、赤音姉さんを亡くしたことが両親からしてもトラウマになっているらしく、せめて私には辛い思いをしてほしくはないのだと母に泣かれてしまえば、私は強く自分の気持ちを伝えることは難しかった。
桜咲く四月。中学三年生にして転校。都内であることに変わりはないが、ここは黒龍のシマではない。だからこそ青宗も反対してくれていたのだが、「名前も貴方みたいに非行に走ったらと思うと……」と言われてしまえば、根が良い子な青宗も口を閉じる他なかった。
両親は少年院から出た青宗が更正し、真面目に生きてくれることを望んでいたのだが、結果があれだったので。
一くんも人の家庭事情に口出しはしづらく、結局私は二人に少しでも違和感を覚えたら必ず連絡することを約束させられ、渋谷まで引っ越してきたのである。
黒龍が治めている地域では不良の怪我人は他所より多く、更に少年院入りした人も少なくはない。それに比べれば渋谷方面は節度を守っているとの噂だ。
多くの人とは一年程度しか関わることもないため、新しい学校では当たり障りのない程度に過ごそうと決め、いざクラスメイトと対面すれば不良が混ざっていた。
所謂恐そうな人には兄の周辺の人で慣れているのだが、彼は優しそうな顔立ちをしており、銀髪でピアスもしているが恐ろしさはない。むしろ人当たりは良く、隣の席になった私にも気軽に声をかけてくれた。
「三ツ谷隆。よろしくな」
「あ、うん。よろしくね」
三ツ谷隆?どこかで聞き覚えがあるような。前世の記憶関連だろうか。帰ったらノートを確認しようと決めていると、微かにカーディガンのポケットが振動する。中に入れた携帯にメールが届いたらしい。
先生の目を盗み、コソッと弄ると兄からだった。心配してくれているのか、学校はどうかとだけ書かれている。
まだ始まったばかりで分からないけど、大丈夫そうだよ。隣の席の人が親切そう。と嘘偽りなく返信し、またポケットに携帯を隠す。ブレザーを羽織っているため、ポケットの膨らみが気付かれることもない。
「意外と悪いヤツなんだな」
ひっそりと隣の三ツ谷くんが話しかけてくる。
乾家の遺伝子なのか、雰囲気だけなら真面目そうに見られがちだが、実際のところはそうでもない。姉はよく居眠りをしていたし、兄は不良だ。私も私で校則違反であると知りながら、携帯を学校に持ち込んでいる。
「内緒ね」
一本だけ指を立てて口元に持ってくれば、三ツ谷くんも悪い顔をして頷いた。
それにしても三ツ谷くんは顔が良くて、更にセンスが良い。一くんに似た何かを感じる。
筆記用具はお洒落なデザインをしていて、他の男の子とは一線を画している。ペンにも傷がついておらず、物を大事に扱っているのだろう。ポイントが高い。青宗の筆記用具は何故かすぐ折れたり、真っ赤に染まっていたりしたので。理由は知らない。知りたくない。
さすがに見過ぎかと反省し、本人に気が付かれないうちに前を向く。黒板に書かれた委員会決めの文字に憂鬱な気分にさせられる。
◇
隣の席になった好で、三ツ谷くんはとても世話を焼いてくれた。
自身が女子部員ばかりの手芸部に所属しているらしく、これは後日の話だが、クラスの手芸部の女の子に声をかけ、体育の授業の前には着替えの際に私が一人にならないように気を配ってくれた。他にも移動教室では私を連れて行ってくれたりと、手芸部女子とは三ツ谷隆という共通の話題が出来たお陰で仲良くなれた。
転校初日にはミーハーなクラスメイトに声を掛けてもらえ、三ツ谷くん様々である。
「部長、優しいでしょ?惚れた?」
「優しいのは認めるけど、惚れはしないかな」
「えー!?そこは恋に落ちるところでしょ?」
「残念。私はそんなに軽い女じゃない」
どちらかと言えば十年近く同じ人を思っている一途な女。またの名を叶わないと分かっていながら諦められないバカな女である。ウッ……!自分で傷口に塩を塗ってどうする。
「じゃあ、部長の見た目にビビったりとかは?」
「全然。お洒落だなとは思ったけど……」
「マジか。まあでも、お洒落だよね。……名前ちゃん、もしかして結構強か?」
「それはない」
話し上手で沢山笑う子と友達になれたため、ボッチになることはなさそうだ。そういうことも考えて、三ツ谷くんはこの子を紹介してくれたのだろうか。だとしたらデキる男が過ぎるよ、三ツ谷くん。
特に大きな問題も起きずに一日をやり過ごし、放課後を迎えた。いそいそと帰りの支度をしていると、三ツ谷くんが声をかけてくる。
「なあ、家までの道、ちゃんと覚えてるか?」
「多分大丈夫だと思うけど、ちょっと不安かも」
「どの辺?」
「どの辺って言われると困るけど……。あっ、幼稚園の前とか通るよ」
「そこって近くにコンビニある?」
「ある!」
元々七時から十一時まで営業していたと聞く、例のコンビニの名前を出してみると三ツ谷くんは場所を把握したらしい。
「良かったら一緒に帰らねぇ?」
「え、いいの?部活は?」
「今日は休み。幼稚園に妹を迎えに行かなきゃなんねぇんだけど、それでも良ければ」
それは有難い。お礼を言って是非お願いすると、三ツ谷くんは快く引き受けてくれた。
そのまま教室から出て、廊下、下駄箱、校門と抜けて行くと、三ツ谷くんの友人である明らかにガラの悪い不良と出会い、そのまま一緒に帰ることになる。
「こっちが林田春樹、パーちんな。で、コイツがぺーやんこと林良平」
「林田くんと林くんね。乾名前、よろしくね」
「おう!」
林田くんは元気よく返事をしてくれたが、林くんは少しだけソワソワした様子だ。不良によくある、何故か女の子が苦手なタイプなのかもしれない。
恰幅の良い林田くんは歩き方からしても存在感があるからか、自然と人が避けて歩いている。一緒にいる私までジロジロ、チラチラと見られてしまうが、それも青宗で慣れているので気にしない。男の人がヒールを履いていると気が付いた時の周りの視線は面倒くさく、大体青宗が一睨みしてお終いだ。
「乾さん、肝据わってんね」
「ん?そう?」
「パーちんもぺーやんもビビられがちだからさ」
「人を見かけで判断するのは良くないし、私の場合は兄さんが不良だからなぁ」
真っ白な特攻服を赤く濡らして帰ってくる兄の姿を思い出す。初めの頃はビビり散らかしていたが、私に対してはずっと優しいお兄ちゃんだったからか、段々と慣れていってしまった。
林くんに兄は強いのかと聞かれ、ハッキリと是と答える。
兄は間違いなく強い方ではある。最強かと聞かれれば、それは違うのだが。
青宗が何処にいるのか聞いてくる林くんの頭を三ツ谷くんが叩き、林田くんが怒る。曰く、これ以上パーちんの細胞が死んだらどうするのだと。……これ以上?庇えていなくない?
お菓子が買いたくなった二人とはコンビニで別れ、三ツ谷くんは妹さんを幼稚園へ迎えに行く。ちょっと待っててと言われ、大人しく幼稚園の門の前のコンクリートに背中を預けて待った。
幼稚園の前に学生の女の子が一人いることでお母さま方からの視線が集まり、それを無視するかのように携帯を開いた。
いつの間にか青宗から返信が来ている。以前私が巫山戯て教えた、にっこり笑顔の顔文字だけのメールが届いており、青宗がどんな顔をして打っていたのかを想像しておもしろくなってしまう。こちらもこちらでウインクをした顔文字を送り、携帯を閉じた。
「びじんさんだー!」
突然足元に抱きついてきたのは幼稚園の制服を着た女の子だった。
美人だなんて、この歳にして既に口が上手いらしい。
「コラ、危ないだろ」
「ごめんなさい!」
その子を追い掛けて三ツ谷くんがこちらにやって来る。律儀に「お待たせ」と私に伝え、女の子を抱っこした。
女の子は三ツ谷くんの妹のマナちゃん。三ツ谷くんにはもう一人妹がいて、その子は小学生なんだとか。
マナちゃんの希望で彼女を真ん中に手を繋ぎ、三人で帰る。手をブンブンと振って構ってほしいアピールをしてくるマナちゃんは可愛くて、末っ子の私はついついお姉ちゃん振りたくなってしまう。
「乾さんの家ってそろそろ?」
「そこ曲がったところだよ」
「そっか。俺らは真っ直ぐ行くから、マナ、お姉さんにバイバイは?」
「やだー!」
「マナ!」
手を離し、もう一度私に抱きついてきたマナちゃん。絶対に離さないぞ!と強い力が込められている。
私は二人を家の前まで送ってから帰るのでも問題はないのだが、三ツ谷くんが自分の家の場所を知られたくない可能性もある。
マナちゃんの名前を呼び、目線を合わせるためにしゃがんだ。
「お姉さんね、そこの角曲がったところの一軒家に住んでるの」
スクールバッグのポケットから小さなサイズのメモ帳を取り出し、乾と自分の名字を書いてから破る。
そのメモをマナちゃんに渡し、頭を撫でてあげた。
「それ、お姉さんの名字。お家の表札……って分かるかな?それに同じ漢字が書いてあるから、今度遊びにおいで」
「いいの!?」
「うん。家は大丈夫だよ」
三ツ谷くんはどうかと顔を上げると、頭を搔いた彼はマナちゃんに迷惑をかけないように言い聞かせる。
家はおじいちゃんもおばあちゃんも子ども好きなので、遊びに来てくれたら嫌がるどころか喜ぶことだろう。事前に話を通しておけば許してくれる。
部活は中学三年生にもなると引退の時期なので、私はどこかの部活に入る予定は無い。テスト期間でもない限り、マナちゃんと遊ぶ時間は作れるはずだ。
「ワリィな。会ったばかりなのに」
「気にしないで。むしろこんなに懐いてくれて嬉しいから!」
今度こそまたね!と手を振って祖父母の家へと帰る。
幼い頃に何度か泊まりに来たことはあったが、住むとなると未だに違和感が消えない。
優しく出迎えてくれた祖母に挨拶をして、私のために用意してくれた部屋へと戻る。
暖かな気持ちでいると、携帯が振動する。見れば、一くんからメールが届いたようで、より一層幸せになった。
あなたの隣に立ってみた