家に帰ってすぐ、鍵付きの引き出しに隠したノートを取り出した。
 前世の記憶を思い出してからも暫くは暢気に過ごしていたのだが、一週間も経てば徐々に思い出せない内容があることに気付き、遅ばせながらメモを残したのである。

「絶対この人だ……!」

 なんちゃら會の二番隊隊長でサイダーみたいな名前だと記録されたそれを見て、一発で三ツ谷くんだと確信した。黒龍編で関わりがあるということは青宗や一くんとも対立するのだろう。
 正直なところ柴大樹はあまり知らないが、他の人たちは根が良い人なのだ。青宗と一くんは言わずもがな私にとって大切な人で、三ツ谷くんも出会って一日も経っていないが、思いやりの心を持つ優しい人なのだと知っている。
 そんな彼らが傷付け合う未来が待っているのは悲しい。

「だからって何が出来るわけでもないんだけどさ……」

 呟き、頭を抱えた。
 青宗も一くんもあれで結構過保護で、私を不良の世界に関わらせまいとしている。何ならスカートの丈を短くしようとした時や、髪に青宗と同じ色のメッシュを入れようとした時でさえ止められた。
 唯一許されたのは彼らに手渡されたスタンガンだ。あまりに物騒だが、一人の際に襲われても逃げ切れるようにと真剣な顔で握らされたそれは二人の監視の元、スクールバッグに永遠に眠らされている。
 ほんの二日前も私がちょっと夜にコンビニへ行っただけでも一くんはそれを知っており、翌日には叱られたため、一くんの情報網だけならば、黒龍のシマより広いのだろう。
 救いたいはずの相手に道を塞がれている状況だ。





 数日後。お母さまとお姉さんと一緒に家にやって来たマナちゃんはすっかり祖父母に気に入られたらしい。
 ご近所付き合いがあり、元々知り合いだった三ツ谷家の母と祖母は年の離れたお友達になったようだ。
 マナちゃんのお姉さんの名前はルナちゃん。小学校低学年の歳で、この二人は見た目も性格もそっくりだった。流石姉妹だ。
 祖母たちが楽しそうにティータイムを過ごしているため、私は幼い二人を自分の部屋へ連れて来た。
 ルナちゃんは年上の女の人に憧れを持つ年頃なのだろう。キラキラとした目で私の部屋を見回り、飾られたアクセサリーに興味を持っていた。そんなルナちゃんの後ろを着いて行くのがマナちゃんだ。

「このひと!キレー!」
「美人さんだ!」

 二人揃って美人さんが大好きらしい。
 タンスの上に置かれた家族写真。何年も前のもので、みんなが幸せそうに微笑んでいる。
 父が母の肩に腕を回して抱き寄せ、私は一番背が低いのでお行儀良く椅子に座っている。その隣にはまだ火傷跡のない、青宗も立っていた。

「この人、名前ちゃんのおねえちゃん?」
「……うん、そうだよ」

 ルナちゃんの指差した先。そこにはまだ髪があまり伸びていない、赤音姉さんが眠たげにとろりとした表情を浮かべていた。そんな姿ですら美人は綺麗に写っている。
 この日は朝早くに撮影の予約を取っていたため、赤音姉さんは特にぽやぽやしていた。
 私と青宗はどちらかと言えば緊張が勝り、少しだけ強ばった表情をしている。

「マナ、あってみたい!」

 無邪気に、純粋に期待の眼差しを向けられた。
 震える指先を無視し、笑顔を浮かべる。

「ごめんね。会うことは出来ないの」
「えー!?」
「赤音姉さんにはね、私も会えないんだ。お空に旅立っちゃったから。隣の青宗……は会えるには会えるけど難しいか」

 マナちゃんより少しだけ年上のルナちゃんは私の言わんとしていることを察したのだろう。妹を嗜め、耳元でごめんなさいとひっそり謝ってくれた。
 謝る必要はないのだと伝え、押し入れからトランプや人生ゲームを取り出す。態とらしくはなってしまったが空気を変え、三人で盛り上がった。
 ちなみにババ抜きでは大人気なくも私の圧勝、その分人生ゲームではフリーターのまま、借金をしながらゴール。ボロ負けであった。
 ルナちゃんとマナちゃんに大爆笑されたので、怒ったふりをして髪の毛をボサボサにしてやった後、二人の髪を編み込みにして好きな色のリボンで結んであげる。
 するととてもご機嫌になり、折角なので二人のお母さまにお披露目することになった。
 鼻歌を歌う二人は愛らしい。





「おはよう、乾さん。昨日はありがとうな」
「あ、三ツ谷くんおはよう。いいのいいの、私も楽しかったし」

 登校して来ると三ツ谷くんが声を掛けてきたので、ピースサインをしながら答えた。
 転校して一月程経ったが、三ツ谷くんには本当によくしてもらっている。隣の席という理由だけで色々私の面倒を任されていたのだが、嫌な顔一つすることはなかった。
 妹さんたちかわいいねと伝えてみれば、誇らしげにするのだから、素敵なお兄ちゃんである。

「リボンまでくれただろ?アイツらのお気に入りになってさ、今日もそれで結ぶよう頼まれたよ」
「本当?めっちゃ嬉しい」
「あとさ、あの髪型。なんて言うの?朝も乾さんがやってくれたやつにしてって言われたんだけど、よく分かんなくてさ」
「編み込みだよ。慣れるまで時間がかかると思う」

 自分の髪をちょっとだけ弄って実践してみるが、すぐに三ツ谷くんにストップをかけられた。
 分かる。私も出来るようになるまで時間がかかったもの。でも一度は女の子が憧れて通る道だから、覚えていて損は無い。
 すると近くにいた、ちょっと派手目の女の子に声をかけられる。

「えっ、名前ちゃん編み込み出来るの!?すごい!」
「出来るよー。やってあげようか?」
「マジで?お願い!」

 その子は私の前の席を借りて座り、ヘアゴムを手渡してくる。私は彼女の背後に立ち、最初に髪を三つの束に分けて三ツ谷くんに説明しながらスイスイ結んでいく。最後に髪を一纏めにし、渡されたゴムで結び終えた。
 鏡を二つ使って出来上がりを本人に見せると、とても喜んでくれた。

「えー!めっちゃ上手い!アリガト!」
「どういたしまして」
「ねね、三ツ谷どう?かわいい?」
「おー。似合ってんじゃね?」

 当たり障りの無い返事をした三ツ谷くんに満足気な顔をした派手目のクラスメイト――リリーという渾名らしいので、私もリリーちゃんと呼ばせて頂く。ちなみに純日本人だ。
 リリーちゃんの三ツ谷くんに対する好意は女子目線からしたら明らかだった。転校生の私を気にしてくれている三ツ谷くんと二人で話していると、リリーちゃんは隙を見て間に入ってくる。
 だからと言って私に嫌がらせをしてくるわけでもなく、恋に一生懸命な可愛らしい子だった。ただ、それでも好きな人に親切にされている私のことを好きにはなれないようだけれど。
 片想いをしている子を応援したくなるのは、親近感を覚えてしまうからだろうか。

「乾さんは部活入るの?」
「ううん。三年生だし、今更どこに入っても夏くらいまでしか参加出来ないから」
「そりゃそうか」
「リリーちゃんは何部?」
「テニス部だよ!」

 リリーちゃんは中学に入学する前からテニスを習っていたらしく、関東大会に出場したことまであるらしい。今年は全国を目指すと気合を入れていた。
 お昼休み。そのリリーちゃんがテニス部の顧問の先生に呼び出されると、三ツ谷くんがぺちゃんこにしたバックの中から、茶色い小さな袋を取り出した。

「これ、妹たちの面倒を見てくれたお礼。中にルナとマナからの手紙も入ってる」
「そんな、気にしなくて良いのに……」
「選んだのは俺だけど、買ってくるように頼んできたのは親だからさ。受け取ってよ」

 お言葉に甘えて受け取り、許可を貰ってから袋を開けてみる。
 中にはハート柄の封筒と、無難なデザインのシャープペンシルや花柄のマスキングテープが入っていた。

「マステかわいい!ありがとう!」
「おう。そういうの好きかなって思ってさ。ほら、これとか押し花にしてた花だよな?」
「うん。ガーベラね」

 ほんの二年前を思い出す。
 入学初日。当時は一くんと同じ私立の中学へ受験に合格して入学した。
 入学式が終わって帰る時間になり、親は仕事で先に帰宅してしまったため、一くんと一緒に帰路に立ったのだ。

「ちょっと待ってろな?」

 いつも通り妹扱いをして花屋さんに入っていった一くんがくれたのが、ガーベラの花束だった。
 それからは私にとってガーベラは特別な花だ。一くんから貰った花束の一部は枯らすのが勿体なく、押し花にして本の栞に使っている。

「……ふーん」
「あ、ごめん。何か言った?」
「いや、別に。喜んでくれたなら良かったよ」

 ちょっとだけ様子の可笑しい三ツ谷くんだったが、林田くんたちが三ツ谷くんを呼びに来た頃にはすっかり元通りだったので、勘違いだったようだ。
 貰ったシャーペンを早速筆箱に入れてみたが、リリーちゃんが知ったら嫌な気分になるかもしれないと気付き、袋に戻してスクールバッグの中へ仕舞った。



陽炎で歪んだきみの青


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