「青宗!一くん!」
「久しぶりだな。少し背が伸びたか?」
「三ミリくらいなら!」
「誤差の範囲内だな」
拝啓。お父さん、お母さん。私は今日、修学旅行をサボって青宗と一くんと少しだけ遠出をします。だって転校して一月くらいで二泊三日もグループ行動は気まずいもの!
一くんに会うからと、大人っぽいワンピースにカーディガンを羽織り、メイクまで施している。
「ん、可愛いじゃん。化粧もしたんだ?」
「してみた!どうかな、濃い?」
「全然。そのくらいが丁度良い」
褒めてくれた一くんが頭を撫でてくれるのは想定内。だから私は早々に自分の髪型をお洒落に結ぶことを諦めたのだ。
一くんに可愛く見られたい一心で編み込みやら何やらのヘアアレンジを覚えたけれど、髪が崩れることを気にした一くんが頭を撫でてくれなくなると気が付き、今では普段から髪を下ろしている。
幸せに浸っていると青宗が生暖かい目でこちらを見ていたようで、一くんが軽く肩を叩いていた。
「じゃあ、行くか」
「それ!どこに行くのか聞いてない」
「名前は大人しく付いて来てくれ」
二人の間に挟まり、駅のホームまで歩いて行く。何も言わずに歩幅を合わせてくれるのが素敵なところだ。
天気は晴れ。もう少しで太陽が真上に来る時間帯。
電車に揺られながら、周りの迷惑にならない程度の声量で学校であったことの報告をしていく。自ら話すというよりかは誘導尋問されている気分だが。
三ツ谷くんのことは黙っているつもりだった私も、一くんの得意の話術で「隣の席の男の子」までは話してしまったのである。やらかした。
隠そうとし過ぎても怪しまれて、私の知らぬところで一くんが情報収集を始めてしまうので、どうしようかと内心心臓がバクバクと跳ねている間に目的の駅に到着したらしい。人混みの中降車し、近くのカフェで遅めの昼食を食べた。
軽くにしておけと青宗に勝手にメニューを選ばれたが、よくあることなので今更怒りも湧かない。
その頃には隣の席の男の子の話は終わっていて、青宗から両親がどうしているかの話を聞くことが出来た。メールで連絡は取り続けているが、それだと表情は見えない。まあ、青宗も少年院に入るちょっと前辺りから、両親と微妙に距離があるのであまり参考にはならないのだが。
「クルージング!?個室!?」
「すげぇ驚きっぷり」
ケラケラ笑う一くんがお金を出してくれたらしく、夕方には船に乗船した。
しかも個室を取っており、この歳の子どもには贅沢過ぎるプランだ。
「先に言ってよ!もっとオシャレすれば良かったじゃん……!」
「名前ちゃんの普段の格好なら問題ないから、完全サプライズにしたんだよ」
普段の格好。チクリと勝手に胸が痛む。
違うんだよ、一くん。私、一くんに会うときは目一杯お洒落しているの。
一週間前には着る服を決めて、当日までに微調整を重ねている。一くんと会って遊ぶためだけの貯金箱だってあるんだ。
大人っぽい服なんて、普段は着ていない。もっとラフな格好をしているし、フェミニンなコーデよりもガーリー系の服の方が好みだ。メイクだって沢山練習して、上手くなったんだよ。
全部一くんのため。ちょっとくらい気が付いてくれても良いじゃん、ばか。……バカは私か。
一くんの前では彼の隣に立っていても遜色無い私でいられるようにずっと努力し続けていたのだから、大人っぽく見られているのならば、それは私の努力が実っている証。喜ばしいことのはず。
なのにどうしてこんなにも虚しいのだろう。
ああ、ダメだ。また面倒な女になっている。
「修学旅行の分も楽しむぞ」
青宗が私の背中を優しく叩いた。
私の気持ちも、家の中での姿も、全部知った上で口を閉じてしまった私のフォローをしてくれる。味方でいてくれる。
特別仲の良い子が出来ない中で、修学旅行へ行くのが憂鬱に感じていた私を連れ出してくれたのも青宗だ。私の気持ちを誰よりも早く察知してくれる人。
「兄さん」
「どうした?」
「大好き」
人に見られていることも気にせず、青宗に抱きついた。ほんの少しだけ甘えて、気持ちを切り替える。
「一くんもありがとう!」
私、上手く笑えているかな?
◇
翌週。修学旅行帰りの生徒たちは京都での思い出話に花を咲かせていた。一応同じ班、同じ部屋に泊まる予定だった女の子たちにはサボることを事前に伝えてあったので、気を利かせてお土産まで買ってきてくれた。
全員でお金を出し合った生八つ橋。気持ちが何より嬉しい。
「よっ!乾さん」
「おはよう、三ツ谷くん」
「まさか修学旅行サボるとは思ってなかったよ。これお土産な」
「え、そんな悪いよ!」
「いいから、もらって?乾さんにあげたくて買ったやつだから」
三ツ谷くんからは何かを貰ってばかりだ。近いうちにちゃんとお礼をしなければ。
週一でルナちゃんとマナちゃんを家で預かるくらいには三ツ谷くんのお母さまは祖母と仲良くなっていて、私もその日はなるべく予定を入れないようにしている。テスト期間中は流石に祖父母に二人のことは任せているが、次に来てくれたときには三ツ谷くんの好きなものを聞いてみよう。
本人に空けてみてと勧められ、袋に貼られたシールを慎重に剥がした。
「これ、簪?」
「そう。これなら持ってる人少ないし、乾さんも気に入ってくれるかなって。意外と髪が短くても使えるらしいよ」
「そうなの?初めて知った……」
水色の蜻蛉玉が付いた簪はすっきりとしたデザインで、これから先、夏が訪れた際にも普段使いが出来そうだ。
簪を買ったことがないため分からないのだが、相場が高めなのではないだろうか。高かったでしょう?なんて聞くのも失礼なので、やはり何かお礼をしなくては。
「貸して。んで、じっとしててな?」
私から簪を受け取った三ツ谷くんは一言伝えてからポニーテールにしていた髪を解き、軽く梳かしてから弄り出す。
手つきも優しく、人の髪に触れることに慣れていた。
「ん、ほら似合ってる。鏡持ってたよな?」
頷き、ポケットに入れたままの小さな鏡を取り出して自分を映した。
ちらりとしか映らないが、髪には三ツ谷くんがくれた簪が留められていた。髪は綺麗に纏められていて、三ツ谷くんの器用さが窺える。
「かわいい!」
「店で留め方教わってきたからさ、今度教えてやるよ」
「え、今教えてよ」
「今は時間ねぇモン」
黒板の上の時計を指さされ、見ればもう五分と経たないうちに先生がやって来る時間帯だった。
「じゃあ昼休み!」
「パーちんたちと約束があるからムリ」
なら仕方がないかと諦めると、伸ばされた手が私の前髪を整えた。
「今日は髪、そのままな?」
――キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、担任が教室へと入って来た。
隣の席に戻った三ツ谷くんは「やくそく」と口パクで伝えてくる。素直に頷けば、満足気に微笑まれた。
私も鈍感ではない。むしろ色恋沙汰には敏感で色々察してしまうのだが、まだ三ツ谷隆がどんな人物で在るのかをしっかりとは理解出来ていない。
女の子に思わせ振りな態度を取る人もいるし、三ツ谷くんもそのタイプなのだろうか。ただ親切にしているつもりなだけなのか、それともまた別の――何であれ、相手が何も言わないのだから、私も黙っているべきだろう。
こちらへ向けられる視線に熱は篭っていない。なのにどうして、こんなにも心が揺さぶられているのだろうか。
ねえねえねえ、ね、え