期末テストが行われた翌週。徐々に返却されていくテストの結果を見て、伸び悩んでいた数学の点数が上がっていることを確認し、小さくガッツポーズ。
 そして今日は三ツ谷三兄妹と花火大会へ行く日である。
 自転車登校は禁止されているのだが、それを無視した三ツ谷くんの後ろに乗せてもらい、家まで送ってもらう。まあまあお尻が痛くなりながら、前日に用意していたチュニックと膝丈のパンツに着替え、両手を空けられるようにリュックを背負って三ツ谷家へ向かった。
 家を出る前に祖母に持たされた日持ちするお菓子の入った袋を持ち、チャイムを鳴らすと浴衣に着替えたルナちゃんとマナちゃんが自慢げにお迎えしてくれる。
 かわいいね、と褒めてあげると、二人は顔を見合わせて無邪気に笑った。

「三ツ谷くん、お邪魔します」
「おー、いらっしゃい」
「これおばあちゃんからなんだけど……」
「マジ?いつもありがとな」
「こちらこそ。お母さまにもよろしくね」

 袋を手渡すと、三ツ谷くんは中身を確認してからテーブルの上にそれを置いた。
 そんな中私はマナちゃんに手を引かれてその場に正座で座り、その膝の上をマナちゃんが陣取った。

「かみ!むすんで!」
「ルナもー!」

 背後からぎゅうっと抱きついて、おねがいおねがい!と繰り返し、肩に顔を押し付けてくるルナちゃんに「順番ね」と頭を撫でてあげると離れていく。現金な子……!
 髪の量が少なめのマナちゃんの髪は高い位置にお団子を二つ作り、浴衣と同じ柄のシュシュで留める。対してルナちゃんは髪の量が人より少し多めなので、自分でも一回しか試したことのないリボンヘアを試してみる。これが中々上手くいったので、鏡で見せてあげると二人とも大喜びしてくれた。

「やっぱ器用だな」

 別の部屋で着替えていた三ツ谷くんが戻って来た。三ツ谷くんは浴衣を着ておらず、白シャツの上に薄手の袖無しカーディガンを羽織っている。ネックレスはピアスの柄と同じ十字架のチャームが付いている。
 これは後から聞いた話なのだが、ルナちゃんとマナちゃんはよく動き回るので、浴衣を着せることで動きを制限する意味合いもあったのだとか。元気なのは良い事なのだが、面倒を見続けるのは大変でもあると三ツ谷くんは語った。

「二人ともお礼は言ったか?」
「まだ!名前ちゃんありがとう!」
「ありがとー!」
「どういたしまして。私も楽しかったよ」
「じゃあ、次は乾さんの番な」

 差し出された手に袋に大事に仕舞っておいた簪を置く。
 ルナちゃんとマナちゃんもお手伝いをしてくれるそうで、二人で私の髪を梳かしてくれた。その後は三ツ谷くんの独壇場で、私を含めた三人に簪の使い方を教えてくれた。
 最後に簪を挿した髪をくるりと回し、簪を押し込めば完成だ。口でも説明し、テーブルの上とルナちゃんが持ってくれていた鏡で実際に挿すところを見れたため、ちゃんと覚えることが出来たと思う。

「分かんなくなったらいつでも聞きに来いよ?」
「うん。ありがとう、三ツ谷くん」
「名前ちゃん、かわいいよ!」
「かわいい!」

 そう言う二人の方がかわいいよ、と正直な感想を述べると、パッと華やぐような笑みを浮かべて突進して来た。そのまま倒れそうになった私を三ツ谷くんが支えてくれて、危ないだろうと注意を入れる。
 聞き分けの良い二人はすぐに反省し、私にも謝ってくれた。絵に描いたような理想の兄妹図だ。私と赤音姉さん、それに青宗もそんな風に見られていたことがあったのだろうか。

「乾さん?」
「……あ、うん。なに?」
「何かあった?」
「えー、何もないよ」

 嘘。赤音姉さんを思い出してしまっていた。
 私の名前を呼ぶ声。手を繋いでくれたときの体温。抱きしめてくれたときのシャンプーの香り。弧を描いた瞳。
 どれも私の記憶から消えない。





 お寺の近くのバス停で降車し、そこからは徒歩でお寺までやって来た。
 屋台にキラキラと目を輝かせる二人の手はルナちゃんは私と、マナちゃんは三ツ谷くんと繋がれている。

「あっち!あっち!」
「コラ、引っ張るなって」
「名前ちゃん!りんご飴食べたい!」
「私も食べようかな?りんご飴は逃げないから、人にぶつからないように歩いて行こうね」

 ルナちゃんが元気良くお返事をすると、それを見ていたマナちゃんも三ツ谷くんを引っ張るのを止めた。マナちゃんは自分のお姉ちゃんの真似をして育っているらしい。
 花火が打ち上がるまでもう暫くあり、屋台の周りには人が大勢集まっている。
 今日は七月にしては涼しい日だが、こうも人がいるとじわりじわりと汗をかいてしまう。
 小さめのりんご飴を購入し、女子三人で味わう。三ツ谷くんはりんご飴ではなく、フランクフルトを買ったようだ。
 運良く境内のベンチが一つ空いており、そこに四人で腰掛ける。私と三ツ谷くんは食べ終わったが、ルナちゃんとマナちゃんは食べ終わるのに時間が掛かりそうだ。

「何か買ってこようか?」
「いや、オレが買ってくるよ。乾さんは二人を見ててくれるか?」
「うん、分かった」

 任せてとサムズアップする。
 お祭り用にがま口財布へ移したお金から五百円玉を三ツ谷くんに預け、お好み焼きを買ってくるようにお願いする。ルナちゃんとマナちゃんはたこ焼きをご所望だ。
 水筒の中身が残っているかの確認をしてから三ツ谷くんは小走りで離れていき、左右に座った二人が齧れるようになった林檎を食べながら、私を見上げてくる。

「ルナとマナもね、三ツ谷だよ」
「うん?そうだね」
「お兄ちゃんのことは名前でよばないの?」

 純粋な疑問。言っていることは正しいが、私にも理由があるのだ。
 祖母が三ツ谷家の母と仲良くなったことでこうして関わりが深くなってしまったが、三ツ谷くんは学校でモテモテなのだ。
 暴走族の一員であり、しかも幹部。それなのに誰に対しても優しく、所謂ちょっと危ない男の三ツ谷くん。運動神経も良く、頭も良い。そんな人が好かれないはずがないのだ。
 その三ツ谷くんを名前で呼んでみろ。女子の視線が痛いに決まっている。当たり前ではあるのだが、ただでさえリリーちゃんにも良い顔をされていないのだ。リリーちゃんも含めた女子たちが恐ろしければ、申し訳ない気持ちもある。
 そう、申し訳ないのだ。三ツ谷くんを一くんに置き換えたとき、私のような人間が間に入れば嫌な気持ちになるのは分かる。だからこそそれなりの距離感でいたいのだが、ルナちゃんとマナちゃんの面倒を見るのは止めたくない。と言うのも、三ツ谷くんが授業中に居眠りをしてしまったことがあり、顔色が悪かったので話を聞いたところ、妹が風邪を引いて中々自分も眠れなかったのだとか。
 三ツ谷くんのお母さまも、三ツ谷くんが頑張ってくれていることには感謝しかないが、それと同時にもっと遊べる時間を作ってあげられないのが申し訳ないと祖母に相談していたらしく、私は祖母から週一日だけでもルナちゃんとマナちゃんを家で預かりたいのだと話をされている。
 そんなの、断れるはずがない。むしろ知っていて引き受けない理由がないのだ。引き受けたことで、三ツ谷くん本人とも距離が近くなってしまったのは仕方がないのだが、これ以上恋する女の子の敵になるのは頂けない。
 三ツ谷くんは誰からも三ツ谷くん呼びされているので、名前呼びでは特別感が出てしまう。

「三ツ谷くんは……三ツ谷くんだからなぁ」
「なにそれ」

 ルナちゃんが私の雑な誤魔化しにプクリと頬を膨らませた。納得がいかない、なんでなんでと尋ねてくるマナちゃんを丸め込もうと努力していると、後もうちょっとというところで三ツ谷くんが戻ってきて、ルナちゃんの怒りが三ツ谷くんへ飛び火する。

「お兄ちゃんも!なんで名前でよばないの!?」

 勘弁してくれ。
 三ツ谷くんは基本、女子を名字にさん付けで呼んでいるのだ。それが名前呼びに変われば、邪推されるに決まっている。
 私が現実逃避に二人のりんご飴が刺さっていた棒を預かり、ビニール袋に入れていると、三ツ谷くんは買ってきたものを一人一人に手渡す。私もお礼を伝えた。

「よく分かんねぇけど、んー……名前ちゃん?名前?」
「……ウン、好きに呼んでイイヨ」
「オッケー。じゃあ、名前も名前で呼んでな?」
「三ツ谷くん呼びで大丈夫です!」
「即答じゃん」

 慌てて拒否すると、三ツ谷くんはケラケラ笑い、ルナちゃんとマナちゃんはまた不機嫌になる。

「もしかして名前知らない?」
「え?」
「そうかー悲しいなー。オレの名前、覚えていないのかー」

 明らかな棒読みだが、妹たちを味方につけることは成功したらしい。お兄ちゃんが可哀想!と年下の可愛い女の子に非難を受け、私もショックを受けてしまう。

「知ってる!知ってるから!隆くんでしょ!?」
「おう!これからはそう呼べよ?」

 名字呼びでも良くない?と尋ねれば、名前呼びが駄目な理由もないだろ?と質問で返され、理由はあるにはあるけれど、女子の世界の話なのだとは言えるはずもなく。
 結果的に名前呼びが決定してしまった。私も腹を括るしかなくなったが、学校では呼ばないように気を付けることにする。
 ――パン、パン、パンッ!
 花火が三発打ち上がり、花火大会開始のアナウンスが少し遠くから聞こえてくる。
 立ち上がり、花火の見やすい場所へ移動した。お好み焼きを食べるのはそれからだ。



どうなったって、過去は変わらない


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