ポケモンコンテスト、グランドフェスティバル。コーディネーターたちの夢の祭典。
 AGでは121話〜123話、別大会で180話〜182話。DPでは174話〜177話で開催されている。
 今大会はホウエン地方はミナモシティで行われる。ミナモシティ――陸地の最果て、海の始まり。沈む夕日で有名で、ポケモンというジャンルを離れた大人もこの街の名前は覚えている人が多いのではないだろうか。

 運営から用意されたスケジュール通りにインタビューを受けたり、コンテスト会場の下見や当日の流れの確認、ホテルの受付を済ませたりと中々忙しい。
 今回は両親やトレーナーズスクールの友人たちもコンテストの客席チケットを購入済みであったり、残念ながら外れて自宅で応援してくれると連絡が届いている。その中でも特に親友とも呼べる子が近くまで来てくれているので、グランドフェスティバル前最後の息抜きとして彼女と会うことになった。
 灯台前で待ち合わせ。コーディネーターへ迷惑をかけないためにファンはみんなチラチラとこちらを見るだけで、特に話しかけてくる様子はない。こちらも髪を全て帽子の中に入れて隠し、眼鏡をかけて身バレ防止をしているため、本人かどうか確信が持てないというのもあるだろう。

「名前さん」

 ピカチュウを腕に抱えながら待っていると、ノズパスと共にやってきた赤い大きなリボンを揺らす少女が話しかけてくる。

「ツツジ!久しぶり!」
「ふふ、お変わりないようで」
「ぴぴぴ!ぴかちゅ!」
「ピカチュウもお久しぶりですわね。あなたは進化を選んだのね」

 頭を撫でられたピカチュウは「ちゃ〜」と気持ち良さそうに鳴き、腕から下りるとノズパスと挨拶をする。
 ツツジはトレーナーズスクールで出会った親友で、今もスクールに在学しながらカナズミシティのジムリーダーまで務めている。根っからのお嬢様気質ではあるが、世の中に存在する石に興味を唆られるオタク趣味なところもある子だ。最近では石友が出来たとか何とかで日々が充実しているらしい。
 立ち止まり、北を向くノズパスの正面に立ち、久しぶりにその頭を撫でた。

「ノズパスも久しぶり。相変わらずツヤツヤだね」
「当たり前ですわ!わたくしが毎日磨いておりますもの」

 いわタイプやじめんタイプ、はがねタイプのポケモンはお風呂やシャワーが苦手である子が多いのも勿論だが、ただ洗うだけでは綺麗にならない子も多い。彼らに推奨されるのは研磨。だからこそ、女性トレーナーが彼らを育て続けるのは難しいと言われている。鍛えれば話は別だが、どうしたって女性の体は男性の体より力が弱い。
 そんな中でツツジは細腕でありながらも筋肉がしっかりとついていて、忙しくてもポケモンたちを疎かにしない人物。
 探究心に溢れた真っ直ぐな彼女と友達になれたのは幸運なことだろう。
 アニメでの彼女はトレーナーズスクールの教師も務めていた。意外にもタケシは彼女に対してデレデレとした反応をせず、けれどいわタイプのジムリーダー同士、気が合うようだった。登場はAG15話〜16話。イシツブテとノズパスでサトシと勝負をしたが、その当時ピカチュウが特訓して覚えた新技であるアイアンテールに敗れている。

 鼻を擦り寄せてきたノズパスを受け止めていると、ピカチュウがノズパスに寄りかかった。
 ピチューの頃は頭に乗っかっていることが多かったのだが、進化した今は遠慮しているらしい。

「わたくしもノズパスが望むのであれば、進化はいつだって大歓迎ですのよ」
「ダイノーズへの進化って難しいんだっけ?」
「難しいと言いますか、限られた場所でのみ進化が可能なようですわ。シンオウであればテンガン山、ホウエンではニューキンセツ。所謂、特殊な磁場が発生するエリアでして……」

 特殊な磁場と言われているだけあって、どうして限定的な場所で発生しているのかは解明されておらず……とツツジの分かりやすいけれど長々とした解説が始まってしまった。
 ここはスクールでもお互いの家でもなく、外なのだと気が付いてもらうために人差し指でツツジの肩を突く。

「あ……おほん。失礼しました」
「いいよ。ツツジらしくてそういうところも好き!」
「あら、照れてしまいますわね。レストランを予約しておきましたの。向かいましょう」

 二人並んで歩いていると、スクールに通っていた頃を思い出して少し擽ったい。
 トレーナーズスクールには飛び級制度もあり、十一歳以降はジムバッジやコンテストリボン等の数で授業が免除される。リボンを五つ手に入れた私はこのまま卒業も可能なのだが、ポケモンについて学ぶことは嫌いではないので、授業を受けたい気持ちも大きい。
 少なくともホウエンでは十五歳までが義務教育で、十歳までは必ずスクールに通う必要がある。住む場所に寄っては自宅で定期的にテストを受ける形でも可。十歳になると旅に出る許可が正式に降りるので、五年間の休学が可能だ。その間に成長したことを証明出来るものーージムバッジ等で残り五年分の授業が一部免除され、卒業証書が貰える。
 以降は義務教育ではないので、通い続けるかどうかを自分で決めることが出来るわけだ。勿論、学費が掛かるようになるため、親とも相談する形となる。ツツジはジムリーダーとして働きながら学費を支払っているため、私も同じようにしたいと考えているのだ。
 ツツジが予約してくれたレストランの個室に入り、帽子や眼鏡を外し、ポケモンたちをボールに戻してランチを楽しむ。
 私の持つタマゴに興味を持ったツツジが丁寧にタマゴを膝の上に乗せて触った。

「触った感じはいわタイプより体温が高いですわね」
「ということはこの子はいわタイプではなさそう?」
「その可能性が高いかと」

 タマゴをケースに戻し、ツツジはテーブルの上に置いてくれる。タマゴの中にいるポケモンにもきっと声は届くから。会話の仲間に入れてくれたのだ。

「おそらくですが、じめんやはがねタイプでもないかと。この程度ならほのおタイプでもなさそうかしら……」
「そっか、ありがとう!なら特別大きな子は生まれてこないかな?」
「ああ……。よくありますものね」

 タマゴからポケモンが生まれてくるとき。当たり前だが、通常個体より小さな体で生まれてからポケモン図鑑にも載る平均的な大きさまで成長する。
 例えばこれがピカチュウやイーブイであった場合。何の問題もない。しかしこのポケモンのタマゴ、人間にも解明出来ていない、明らかにおかしなことが起こるのだ。
 そう、生まれてくるのがイワークやカビゴンだった場合。タマゴから孵ったはずなのに、タマゴより大きな姿で生まれてくるのだ。
 この世界では当たり前のことなのだが、転生した私にとっては当たり前のことではないため、何度動画でイワーク孵化の瞬間を見ても頭を抱えてしまう。
 さて、ここで少し考えてみよう。タマゴが室内で孵り、生まれてきたのがイワークだった際。一体どうなるだろうか?勿論、建物の天井にイワークの体が突き刺さり、破壊されてしまう。
 そういう事件が年に何度か発生しているため、定期的にタマゴは専門家やジョーイさんに状態の確認をしてもらい、生まれてくる頃になるとポケモンセンター等の施設の部屋を借りることになるのだ。もしくは専門家等の立ち合いの元、必要な道具を揃えて外で過ごすことになる。一部例外はあるものの、こういったタマゴの孵化時にはそれなりに費用が掛かるため、そもそもタマゴからの育成をする人は少ない。ポケモンが生まれる瞬間に立ち会えるのは珍しいことだ。
 ちなみにおやポケモンが判明しており、生まれてくるポケモンが分かっていて、更に一つの部屋に簡単に収まる大きさのポケモンである場合はポケモンセンター等の大部屋を借りる必要がないため、少しお安く済んだりする。特にベイビィポケモンなんかは事前に講習を受け、その証明書があれば、それ以上は誰の力も借りずに自宅でお迎えすることも出来るのだ。

「名前、これはグランドフェスティバルへ出場を果たすあなたへのプレゼントですわ」

 高級なアクセサリーを買った時のような黒い箱。ぱかりと蓋を開けられ、中に入っていたのはかみなりの石だった。
 ボールに戻っていたピカチュウが興味深げにボールから飛び出し、石を見つめている。
 かみなりの石は特定のポケモンを進化させることの出来る道具であり、ピカチュウもまたその対象だ。
 新無印35話ではピカチュウの大量発生現場へ向かったところ、大量発生の理由がその場にかみなりの石が大量に埋まっていたからだった。野生のピカチュウたちは自身でかみなりの石を掘り当て、ライチュウへ進化を遂げていたのだ。各シリーズに一話は必ずある、ピカチュウが沢山出てくる回。癒される。

 私のピカチュウはクンクンと石の匂いを嗅ぐ。少し考える表情をしたと思えば、閃いたとばかりに箱を尻尾で叩き落としたではないか。

「ピッカ!」
「ちょっ、!」

 咄嗟にキャッチしようとするが届かない。このままでは落ちてしまうと焦った瞬間、ツツジのボールからノズパスが飛び出し、鼻先でかみなりの石を受け止めてくれた。

「ごめん、ツツジ!ノズパスありがとう!ほら、ピカチュウも謝って!……ツツジ?」
「ノズパスが……!」

 慌ててノズパスへ目を向けると、体が光っている。この光を見るのは初めてじゃない。ギャラドスの時にも見た、進化の輝きだ。
 光の中でノズパスは大きく姿を変えていく。

「ダイノーズ?」

 ノズパス−−否、ダイノーズはツツジの呼び声ににこりと笑った。
 ピカチュウはやり遂げてやったぜとばかりに額の汗を拭う仕草をしていた。尚、ちっとも汗はかいていない。

「ノズパスがかみなりの石で進化を?そんなことって……」

 呆然とするツツジにダイノーズは擦り寄った。ツツジはハッとし、ダイノーズに触れる。

「進化、おめでとうございます」
「ノズ」
「ずっと進化をしたかったの?」

 ダイノーズは頷く。そんな姿を見てピカチュウは腕を組んで頷いているが、何か理由があったとはいえ、人からのプレゼントをテーブルから落とした罪は重い。反省しなさいとデコピンをした。
 ツツジは何かを噛み締めるようにダイノーズに抱きついている。

「名前、すみません。折角のプレゼントでしたのに」
「それは全然!ていうか、ピカチュウがごめんね」
「ぴぃかぁ……」

 耳を垂れさせ、反省するピカチュウをツツジは許した。ダイノーズも自分のためだったのだからと私に怒らないように宥めてくる。
 ノズパスの頃より表情が豊かになったダイノーズは優しげな顔立ちをしていた。
 ダイノーズはDP58話に登場している。体にくっ付いている三つのユニットはチビノーズというらしいのだが、アニメで体から離れて動いた際には驚いた人も多いのではないだろうか。当時のゲームはバトル中に技エフェクトはあってもポケモン自体は動かなかったため、ポケモン図鑑をあまり読まない人からすればアニポケで新事実を知ったようなものだった。

 じわじわと相棒が進化した実感が湧いてきたツツジの頬は緩み、赤みを増していた。

「せめて料理は奢りますわね!」
「いいよ、そんな」
「いえ!わたくし、今はとても気分が良いので!懐も緩んでしまうというものですわ!」

 ツツジが想像以上に喜んでくれたからなのか、ダイノーズもご機嫌だ。
TOPBACH