「う、浮いてる……!?」

 【速報】コイキングが宙に浮いた。
 どういうこと?と首を傾げるのも無理は無いのだが、コイキングが遂に空を飛んでいるのである。エラを動かし、水中を泳ぐかのように空中を移動するコイキングは心做しかドヤ顔だ。なんだコイツかわいい。
 ピチューが飛び乗っても安定したままで、最早魚の形をしているだけのひこうタイプなのでは……?という疑問まで出てきてしまう。
 場所は104番道路。ハルカとは数日前に別れ、例のスバメにコンテストに優勝出来たことを報告しに来たその日。
 ボールから突如飛び出したコイキングが「何だかアタイ、出来るような気がするの……!」という顔で宙に浮き始めたのである。本当に出来てしまった。

「すごい、すごいよ!飛んでる!飛べてるよ、コイキング!」
「ココッ!」

 くるくる回ってご機嫌なコイキング。
 そんなコイキングの身体に突如とてつもない勢いで何かがぶつかる。これは――ゴッドバード!?
 突き飛ばされるコイキングに華麗な着地を決めるピチュー。突撃して来たそのポケモンは高らかに笑い、私の目の前で羽を下ろした。恭しく私に向かって藍色の片翼を胸元に当て、頭を下げる。

「……オオスバメ?」
「スバァ!」

 オオスバメ。スバメの進化系だ。
 地面に降り立ち、頭を擦り寄せてくるその仕草には覚えがあり、膝立ちになって視線を合わせる。

「もしかして、スバメ?進化したの?」
「スバッ!」
「やっぱり!おめでとう!いやでも、だからってコイキングにゴッドバードは……」

 やり過ぎだしいけないでしょう?と注意をしようとすると、今度はオオスバメが視界から消え、数メートル先にある木にぶつかった。
 コイキングがやり返したのである。
 木の上に止まっていたキャモメは何だ何だと旋回し、木登りをしていたケムッソは落っこちる。
 慌ててケムッソに怪我がないか確認し、謝罪と共にオレンの実を分けた。ご両親が近くにいて、もし私に会っても良いと言ってくれるのであれば直接謝罪させてくださいと頭を下げる。
 そしてここにお互い譲ることの出来ない、仁義なき戦いが幕を開けたのである。
 睨み合う両者(両ポケ?)、野次を飛ばすピチューと野生のポケモンたち、間に入って止めようとする私。しかし戦いは上空で行われ、飛べない私に止める術はない。
 明らかにコイキングが不利だ。飛べるようになったのはついさっきであり、空中戦は始めて。どうしたって差が出てしまう。何度も『たいあたり』で果敢に攻撃を挑んだが、全て躱されて『つばさでうつ』で海へと落とされる。
 大きな水しぶきを立てて落下したコイキングを追いかけ、浜辺まで走る。

「コイキング!」

 靴のまま急いで海へ入り、コイキングを捜索しようとした。瀕死のポケモンは基本的に水面に浮き上がってくるのだが、コイキングは見当たらない。まだ負けていないだけ?けれど、もしものことがあったら。
 そんなことを考えていると、ピカッ!と一箇所、海が光る。その光は拡大し、形を変え、空を飛んだ。
 眩い光が収まった先、空には青い龍が尾をユラユラと動かしていた。

「ギャラドス……」

 名前を呟く。ギャラドスは一度こちらを振り返り、いつもの様な笑顔を見せた。
 通常のギャラドスより大きく、顔の大きさが私の身長と同じくらいの高さだろうか。彼女が空を飛ぶ姿は正に圧巻。強者のそれだ。

「ギャアアアアアア!!!」

 ギャラドスが叫ぶ。衝撃波がオオスバメを襲った。これは『りゅうのいかり』だ!
 衝撃波を食らったオオスバメはよろけるが、諦めない。体勢を立て直し、再度両者は睨み合う。
 無印111話。鯉の滝登りをモチーフとした、コイキングの滝登り回をご存知だろうか。滝を登ることの出来た一部のコイキングだけがギャラドスへと進化出来るという。
 きっとあのコイキングたちは滝登りをするという大きな目標を達成したことで進化が出来たのだ。対して私のコイキングの目標は空を飛ぶこと。その夢を叶え、次のステージへ進むための進化だったのだろう。

 努力が実り、更に上を目指せるようになるだなんて素晴らしい。きっとオオスバメに進化した彼女にも何か切っ掛けがあったのだろう。
 私は大きく息を吸い、叫んだ。

「いい加減にしなさい!!」

 だとしても、だ。努力を褒めるべきではあっても、行き過ぎた争いを止めない理由にはならない。
 あまりにも激しい闘いに野生のポケモンたちも引き始めている頃だった。





 コイキングというポケモンは世界一弱いという設定から、何度もアニポケに登場している。
 特にコイキング売りのオジサンは記憶に深く刻み着いている人も多いだろう。BW編(登場はエピソードN)までシリーズ皆勤賞。初登場は無印15話。豪華客船サントアンヌ号でコジロウにコイキングを売り、無印148話と無印203話、無印263話、AG79話、AG84話、AG181話、DP21話、BW116話で再会しており、コジロウの恨みを買い続けている。その他アニポケ番外編のお話にもチラッと映ったりしていたり。
 さて、サントアンヌ号でのコイキングの話をしよう。コイキング売りのオジサンに騙されてお金でコイキングを購入。その後元々サトシたちに対するロケット団の罠であったサントアンヌ号に乗り込んだが、あえなく敗北。しかも嵐によって船は転覆し、生き残るためにサトシたちとロケット団は手を組むのだが、水タイプのコイキングに望みを託すも『はねる』ことしか出来ない。何とか脱出は出来たもののコジロウは怒り、コイキングに八つ当たりをして逃がしてしまう。と、ここでまさかの進化。ギャラドスは『りゅうのいかり』で人を襲い……!というストーリーがあった。無印15話〜16話。無印17話があの伝説の、ポケモンたちの会話を字幕で読むことが出来る回である。ピカチュウたちの口調を知ることが出来るぞ!
 また新無印でも登場したワタルの色違いギャラドスが、色違いとは違うことはご存知だろうか?無印237話。あのギャラドスは人間によって無理矢理進化させられ、コイキング時代の赤い色が残ってしまっているのだ。事件解決にはサトシも携わっており、ギャラドスをゲットしたワタルにギャラドスのことをよろしく頼んでいる。そして新無印12話でダンデのリザードンと闘う姿を見たサトシの心情はどんなものだったのだろうか。AG編でも再会していたはずだが、人間不信に陥っても何ら不思議ではないギャラドスが大舞台に立っていた。赤い姿を人に見られても堂々と闘うその姿に、胸がいっぱいになったことだろう。

 さて、私のコイキングも無事ギャラドスへと進化を果たした。
 しかも通常サイズより大きく、私はこれから初めての体が大きいポケモンのコーディネートパフォーマンスの練習を始めなければならない。
 まあ、その前に喧嘩をしていた二匹の怪我を治さなければならないのだが。
 ハギ老人宅近くの桟橋で濡れた靴や靴下を乾かしながら、裸足で二匹にキズぐすりを吹き掛けていく。ギャラドスには海の上から屈んでもらったり自分で方向転換をしてもらい、一つの怪我も見逃さないようにチェックした。キズぐすりで対応出来ないような深い傷もあるので、早目にポケモンセンターに向かいたいところだ。
 ギリギリまで進化した自分の体に慣れる練習をしたいという意志を尊重し、ポケモン的には重症ではないため、そのままギャラドスはボールから出したままにする。
 オオスバメは女の子座りをした私に近付き、羽を広げて見せてくれる。手入れの行き届いた艶のある羽だが、闘いの中で乱れてしまっている。羽を整えながらキズぐすりを使い、まだ痛みの残る部分があるようなので、ポケモンセンターに行くかどうかを尋ねる。
 手持ちのポケモンならば、怪我の具合によってはポケモンセンターに連れて行くのが義務ではあるが、野生であれば怪我をしたポケモンの意志で決めることになっている。これがたまごから生まれたてのポケモンであったりすればまた対応は変わってくるのだが、そこは一先ず良いだろう。
 ちなみに手持ちのポケモンをポケモンセンターに連れて行くかどうかの選択は、親が子を病院に連れて行くか自然治癒を目指すかの判断と同じようなものである。
 ポケモンの病気はポケルスが多いのだが、この時何故かポケモンは成長速度が著しく上がり、トレーナーが自分のポケモンを強く育てることを優先したせいで……という事故がまあまあ発生しており、警察やレンジャーの監視の目が強くなっていたりする。ポケモンセンターを利用する際にトレーナーカードを出すことで治療費が無料になるのだが、ポケモンセンターの利用履歴が残るため、それも抑止力になっている。
 ちなみにこの治療費無料には各大会の優勝賞金から税金として抜かれていたり、主にポケモンだいすきクラブからの寄付金等から成り立っており、その需要の高さから各地方共通で様々な政策が行われている、らしい。政治の一貫なので、あまり詳しくないのだ。

「スバッ!」

 オオスバメは先程までのギャラドスを睨み付けていた瞳が和らぎ、甘えたように擦り寄ってくる。「どう?どう?わたし、カッコよくなったでしょう?」と聞いてきているようで、ふふっと笑ってしまった。

「うん、前からカッコよかったけど、更にカッコよくなったね」
「スバーーー!!」

 ぽぽぽっ!と元から赤い頬を照れたように染め、恥ずかしくなったのか旋回してから下りてきた。
 そして意を決したように訴えかけてくる。それはまるで、オダマキ博士の研究所で私を見つめてきたコイキングのようで。

「……仲間になってくれるの?」
「スバァ!」
「うん、じゃあ、一つだけ条件」

 首を傾げたオオスバメの顎を擽る。

「怪我を治すためにちゃんとポケモンセンターに一緒に行くこと!……いい?」
「スバッ」

 そんなことなら!と応えてくれたオオスバメを仲間にするため、ポシェットから未使用のモンスターボールを取り出す。
 ボタン部分をオオスバメの頭にコツン、と当てると、オオスバメが赤い光に包まれてボールの中へ入っていく。いち、に、さん、カチッ。

「オオスバメ、ゲットだぜ!」
「ぴっぴちゅちゅ!」
「ガァァァァァ!」

 ボールを掲げると、ノリの良い仲間が声を上げてくれる。
 さあ、ポケモンセンターに行かなければ!と履いた靴は未だにびしょ濡れだった。





 数日後、ポケモンセンター。また派手にギャラドスとオオスバメが暴れたためにやって来た。極端にポケモンセンターの利用回数が増えたが、二匹の怪我がバトルトレーナーであればよくあるものであることと、抜き打ち調査に来たジュンサーさんが二匹のライバル関係を見て納得してくれたため、大きな問題にはなっていない。
 話は変わってしまうのだが、最近になってピチューが何かに悩んでいる。自分で納得がいくまで考えるからと先に言われてしまったため何も出来ないが、ピチューは一切笑わずに真剣だ。

「答えを出すの、ゆっくりでいいからね。相談したくなったら教えてほしいな」
「……ぴちゅ」

 頷いたピチューの頭を撫で、ポケナビで新着メールを確認する。ゲームなどではメール機能はなかったが、こちらでは初期から設定されていた。
 エンジュシティにてコンテスト開催のお知らせ。尚今回はダブルパフォーマンスとする。

「エンジュ……ジョウト地方」

 ミナモ大会の優勝賞金で飛行機代やら諸々は何とかなる。ポケモンセンターへ泊まれば格安で休めるし、資金面での問題はない。
 それに元々、ジョウト地方へは行こうと考えていたのだ。
 理由はギャラドスのため。ジョウト地方にはゴーストタイプのジムがある。
 ギャラドスが空を飛ぶことに関して前例を調べたが、古い映像に映っているものしか出てこなかった。白黒映像であることもあり、フェイク動画だと言われているらしい。
 これはオオスバメから伝えられたことだが、ギャラドスの飛び方はまだまだ覚束無いらしい。飛べるポケモンから見れば、あまり目を離したくはないような飛び方。だからこそ飛ぶ訓練をさせたくて、仲間になったことだし……とオオスバメから絡みに行くのだが、中々上手くいかないようだ。それでもお互いのことが嫌いではないので、喧嘩するほど仲が良いというやつだろう。
 そんなこともあり、ギャラドスに飛ぶための先生がほしいのだ。
 実は既にホウエン地方のひこうタイプのジムリーダー、ナギさんとは博士の力を借りて時間を作ってもらったことがある。

「ぺリッパーとの相性は悪くないようですが、やはり飛び方がひこうタイプとは少し違うようですね。あと一つ足りない」
「ということはやっぱり……」
「ゴーストタイプからなら、何かヒントを得られるかもしれません。おそらく、人間には未だ解明できない、ポケモンの不思議な力があるのでしょう」

 ぺリッパーに飛び方を習うギャラドスに、ナギさんのオオスバメの身のこなしをコピーしようとする私のオオスバメ。チルタリスの背に乗せてもらい、何かを話しているピチュー。
 ホウエン地方ヒワマキシティジムリーダー、ナギ。ゲーム版では敬語を使った大人しい女性の彼女だが、アニメ版では気が強い女性だった。手持ちのエアームドは通常よりも大きく、オオスバメは色違い。初登場はAG84話、ジム戦はAG85話。
 エアームドの活躍はAG84話のみで、ジム戦で戦うことがなかったのは少し寂しい。タイプ相性をあまり気にしないサトシは初っ端から当時のエースでもあるジュプトルを出し、チルタリスを突破している。ぺリッパーVSピカチュウは相打ちでこれも熱いのだが、一番はやはり最後のオオスバメ対決だろうか。同ポケ対決は中々見られる機会が少ないので、これにはいつも以上に手に汗握ってしまう。

 ひこうタイプは空を飛び、ゴーストタイプは宙を浮く。ギャラドスがどちら寄りかと聞かれれば、私は頭を抱えるだろう。ひこうタイプではあるが、羽があるわけではない。
 アニポケで飛ぶことの出来ていたハクリューに一番近いのだろうが、ハクリューが飛ぶか否かの情報はネットの海には存在せず、まず間違いなくこの世界では飛ぶポケモンであるとされていない。であれば、ギャラドスのためを思えば、次はゴーストタイプのエキスパートの元を訪れるべきだろう。
 しかし、ホウエン地方に限って考えれば四天王のフヨウが浮かぶが、その立場からアポイントを取ることが非常に難しい。ジムリーダーのナギさんとこうして会えたのもオダマキ博士やハルカさん、そしてハルカさんの父親でジムリーダーであるセンリさんが力を貸してくれたからなのだ。
 飛べるギャラドスは前例がほぼ無いに等しく、元々知り合いであったオダマキ博士へのレポートの提出が努力義務とされており、ある程度は考慮されて立場の高い人とも会える機会をもらえるが、四天王ともなればさすがに難しい。
 そして何とこのタイミングでエンジュシティでのコンテスト開催が決まった。
 ジョウトはエンジュ。ジムリーダーはゴーストタイプ使いのマツバ。
 大会開催に当たってその街のジムリーダーが何も携わっていないなんてことはないだろう。大会前は難しくとも、大会後にでも少しお話を伺えはしないだろうか。

「八番の方!お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよー!」

 二匹を預けた際に渡された番号札に書かれた数字を呼ばれ、座っていたソファから立ち上がって受付に向かう。
 ちゃんと予定を立て、自分たちの未来のために突き進まなければ!
TOPBACH