「おおお……!光ってる!」

 光るキノコに胞子。毒性はなく、一見普通のキノコでも触れれば光を灯し、ルミナスメイズの森を照らす。
 人が気になるのだろう。生息するフェアリータイプのポケモンたちがこちらを覗き、くすくすと笑っている。イメージする妖精の姿と重なり、不思議な気持ちに襲われた。
 大きなキノコの傘の下に野生のベロバーとポーズをとるピチューの姿をカメラに収め、獣道から外れないように気を付けて歩く。
 ガラル地方に朝早くに到着後、休むことなくやって来たからかとても眠い。
 アニメではルミナスメイズの森を舞台とした本があり、新無印49話ではサクラギ研究所の所長の娘であるコハルが訪れ、ガラルのポニータと友情を育んでいた。

 どこを見ても同じような道なので、獣道から外れてしまえば抜け出せなくなってしまいそうだが、そうならないように野生のポケモンたちが見守ってくれているようだった。そう、あのブリムオンのように――ブリムオン!?
 思わず二度見してしまった。ブリムオンの魔女の帽子のような頭の先にはテブリムが乗っており、ぴょんぴょんと跳ねてこちらにアピールしてきている。その近くにはミブリムもいて、小さく手を振ってくれていた。三匹は家族なのだろうか。
 三段階進化の最終進化の野生ポケモンは中々人の前に姿を現してくれないことで有名なのだが、あの子たちは人懐っこいのか手を振り返すと近寄ってきた。
 ブリムオンはシゲルの手持ちとして突然現れ、驚いた方も少なくないだろう。かくいう私もその一人だ。キョダイマックスの研究にも興味があったのだろうか。それとも、プロジェクト・ミュウで指定されたレジドラゴ対策にフェアリータイプを用意してきたのか。どちらも有り得そうな話だ。シゲルのブリムオン、そしてレジドラゴが登場したのは新無印113話。

「てぶ!てぶ!」

 テブリムは私の周りをくるくる回り、まるで初めて見るものに興味深々なようだった。しゃがんであげると顔が近付いたことに驚いたのか、ミブリムの後ろに隠れてしまう。恐る恐るこちらを覗き、こちらを観察していた。
 ブリムオンがサイコキネシスを使い、挨拶がわりに幾つかきのみを分けてくれる。あまりに沢山渡そうとしてくるものだから、一つだけ受け取って返そうとすると無理矢理リュックの中に仕舞われた。強引である。
 この世界のバッグはほぼ全て四次元状態なのだが、これは収納術と呼ばれている。その一言で纏めても良いものかと甚だ疑問だが。
 私は見た目と容量が合わないのがどうにも気持ち悪く、パソコンを購入した際に大きめのリュックも購入し、今はこちらを使用している。
 誰に対してもフレンドリーなピチューがミブリムとテブリムに話しかける。すると珍しいことにピチューがミブリムの頭を撫でたのだ。普段はお願いされて、自分が撫でられる立場であるのに。
 よく見てみると、ミブリムは通常サイズよりかなり小さいように見える。とはいえ、その通常サイズもちゃんとしたものを知っているわけではないのだが、隣のテブリムと比べても小さ過ぎるくらいだ。元気いっぱいで栄養状態も悪くない。となれば浮かぶ可能性は一つ。

「もしかして、産まれたて?」

 尋ねると、ブリムオンが自慢げに鳴いた。成程、それで人に近付いて来たのか。
 きっとブリムオンは好奇心旺盛なミブリムの人間に近付いてみたいという願いを叶えてあげたかったのだろう。人は人でも、良い人もいれば悪い人もいる。容易には近寄ることは出来ない。
 その点私は先程野生のベロバーとも接していたし、ピチューとも行動を共にしており、ポケモンたちに対して不遜な態度を取っていないことは見れば分かる。大人ではなく子どもであることも、もしものことがあれば逃げる際にブリムオンが対処出来ると踏んだのだろう。
 となると先程のきのみは、子どものためによろしくお願いします、という親の気持ちか。ポケモンの世界の礼儀も、人間と変わらない部分があるらしい。
 ピチューに連れられたミブリムとテブリムが足元にやって来て、ピチューに頭を撫でるように催促される。よしよしと二匹を撫でてあげると人の体温が気に入ったのか、ぎゅうっと指を掴まれた。私の胸からギュンッと音が鳴った気がする。完全に心を掴まれた。

「え、かわいいー!」
「ぶりむおーん!」

 そうでしょ!とブリムオンが頷く。調子に乗って二匹の体をこちょこちょ擽ってあげると、ひっくり返って笑い出した。嫌がる様子はちっともない。
 私が二匹と戯れている間にピチューはブリムオンと話しをしていたらしい。彼の呼び声に応えると、獣道を外れてブリムオンの案内でどこかへ向かおうとしていた。
 道を外れるのは危険だからと断ろうとしたが、何時になくピチューが真剣にお強請りをしてきたため、簡単に折れてしまった。
 こういうところが良くも悪くもあるんだよなぁ、私。
 『あなぬけのひも』があるかをリュックを探って確認し、ブリムオンの後に続く。適度にキノコに触れて明かりを灯しながら行くと、今までとは比べ物にならないくらい大きな、常時光るキノコの元までやって来た。私のギャラドスの全長すら、優に超えているだろう。
 見蕩れていると、ピチューがボールホルダーに着けているボールのボタンをカチッカチッと勝手に押した。中から出てくるのは勿論ギャラドスとオオスバメだ。
 ギャラドスがとぐろを巻き、オオスバメに誘導されて彼女の体に寄りかかる。オオスバメもギャラドスの体に停まった。
 少し離れた位置にピチューが移動し、胸に右手を、左手を背中に回して一礼。何かが始まるらしい。
 野生のポケモンたちも見守る中、ピチューは初っ端からボルテッカーを使って周囲のキノコの上を駆けた。瞬間、キノコは胞子を飛ばしながら淡く光り出す。

「ピチュー、すごい……!」

 ボルテッカーには反動ダメージが有り、元々電気を上手く放出することが難しいピチューという種族には中々扱いにくいものだった。だからこそ、以前のコンテストでも最後に使用したのだ。それを長時間、しかも最初から使ってくるだなんて相当な覚悟が決まっている。
 一通りキノコを照らすと、高くジャンプをしてから華麗に着地をする。そのまま間を開けることなく、ブレイクダンスのような動きをしながら『でんきショック』を放った。
 波状する電気に見学しているポケモンたちも大盛り上がりだ。

「カウンターシールドだ……!」

 目を見開く。その存在を知ってはいたが、私は自身のポケモンたちに教えたことはない。つまり、ピチューはこの技術を自分で考え、自力で身に付けたのだ。
 カウンターシールド。元々はサトシがシンオウ地方での冒険中、ジムリーダーであるメリッサ戦での『さいみんじゅつ』対策に編み出した、攻撃は最大の防御作戦。メリッサとの出会いはDP93話、ジム戦は102話。また、このカウンターシールドは何度かアニメ内に登場しており、特に共に旅をしたヒカリはこの戦術を使ってくれることが複数回。DP編のライバルであるシンジも使用したことがあったのだが、熱い展開なので深くは語らないでおこう。気になる方はDP編を全て観てほしい。シンジはシゲル並にきちんと好敵手として描かれているため、ポケモンリーグで闘う際に決戦感があって堪らない。その上で新無印114話でのシンジとの再会からの新無印123話。シロナ戦が始まるこの話に深みが増すので是非。

 体力も限界に近いはずなのにピチューは笑っている。どこまでもエンターテイナーだ。
 すうっと息を吸い、ピチューは叫んだ。私に訴えかけてくるように。
 ポケモンの言葉は人間には分からない。けれど、心は繋がることが出来る。
 ――もっと、もっと、力を伸ばしたい。名前と、みんなと一緒にコンテストマスターになりたい。
 痛い程に伝わってくるピチューの感情。

「なろう!みんなで!グランドフェスティバルに優勝して、頂点に立とう!」

 ギャラドスもオオスバメも賛同するように大きな声で鳴いた。
 汗を流したピチューは鬼気迫る勢いから、ふわりと表情を崩し、右手を掲げる。

「ぴ、ちゅー!」

 ピチューの体が光る。光の中で姿が変わり、一回りも二回りも大きくなった。
 彼が悩み、出した答えはこれだった。





「あんたたち、ピンクだねぇ!」
「うわああ!!?」

 色気も何も無い声を上げ、肩が跳ねる。振り向くと、そこには傘を持った老婦人が立っていた。
 私を庇うようにギャラドスが前に出て、オオスバメが飛びながら相手を見定めている。

「でも残念だよ。後継者としては無しさね」
「えっと、あの……?」
「おっと失礼。あたしはポプラさ。ガラルのお土産にこれをあげようかね」

 ガラルの有名人なので、それは存じ上げております。
 手渡されたのはポプラさんが印刷されたカード。ガラル特有のリーグカードというやつだろう。
 ポプラさんは新無印55話で初登場し、サトシとゴウ、そして彼らのパートナーにピンク色の服を着させてきた人である。ガラル地方のジムリーダーの一人だ。
 新無印82話ではサトシを呼び出し、更にダンデとキバナを招集してまさかのマホイップだらけのデコレーション大会を開催。伝説を残したヒダイマックス回はこちら。

「これだけってのも何だからね。家に寄っていくといいよ」
「え?いや、あの、結構で……って力つよ!?せめてみんなをボールに戻させてください!」

 腕を組まれ、ぐいぐいと引っ張られる。この力の強さ、お小遣いをもうそんな歳じゃないから……と断っても受け取るまで手を離してくれない時の祖父母を思い出す。あの時だけ力がやけに強い謎。
 お年寄り相手だとこちらが力を入れづらいことも想定済みなのだろう。掴まれていない方の腕でポケモンたちをボールに戻し、ブリムオンたちに手を振って別れを告げる。
 それから暫くして、アラベスクタウンへとやって来た。
 森の中にあり、木々に囲まれているからか太陽光は殆ど入ってこない。その分、キノコが街を照らしていてとても幻想的だ。
 スタジアム近くにある一軒家に連れ込まれ、まずは洗面所に押し込まれて手洗いうがいを。その後は肩を押されて、リビングにある木製の椅子に座らされる。

「紅茶は好きかい?それともコーヒー派かい?」
「どちらも好きですが、癖が強いのは苦手で……ってあの!もし嫌でなければ私がお入れしますから……!」
「いいから、お客さんは座っているものさ」

 こぽこぽとケトルのお水が湧くのを待っている間にカップケーキが出される。それに向かって、リビングへやって来たポプラさんのマホイップがクリームを乗せてくれた。

「ありがとう」
「マホッ!」
「後で袋に包んであげるから、手持ちの子にも食べさせておあげ」

 まさに至れり尽くせりで、ソワソワしてしまう。
 アッサムを使ったミルクティーを出され、ポプラさんと二人で頂く。

「おいしい……!」
「ガラルは紅茶の本場だからね。淹れ方にも拘っているのさ」

 マホイップのクリームも初めて食べたが、甘過ぎない絶妙なバランス。どう?美味しい?と目をキラキラさせながら聞いてきたので、微笑んで頷くとマホイップは喜んでクリームをサービスしてくれた。カップケーキの姿が見えなくなり、さすがにかけすぎだとポプラさんに叱られている。美味しいから気にしていませんと伝えると、若いのに出来た子だと褒められて擽ったい気持ちになった。

「あんた、演劇に興味はあるかい?」
「ええっと、多少は?ステージに立つお仕事は全て気になります」
「いいね。じゃあちょっと、お節介を焼いてあげようかね」

 ポプラさんは徐に立ち上がると、近付いてきて私の背中を叩いた。

「姿勢が悪いよ!背筋は伸ばす!」
「え!?は、はい!」
「なんだい、その食べ方は。いくら美味しくても頬張らない!口に入れるのは一口サイズ!」
「はいっ!?」

 何か始まった……!?
 叩き込まれる所作の数々。まさに立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花を今すぐ体現出来るようにとばかりに躾られる。
 いくら相手がジムリーダーで悪い人ではないと確信があるにしても、私は勢いに流され過ぎだ。けれど、逆らうことが許されない雰囲気なのも事実。
 頭の先から足の爪先まで意識して、美しく魅せる動きを身体に覚えさせられる。
 アラベスクスタジアムは劇団でもあり、ジムミッションの会場は舞台としても使われているらしい。また、ポプラさんのキャッチコピーはファンタスティックシアター。役者として、一つ一つの動きに拘りがあるのだろう。

「あんたは見所があるよ」

 シワシワの手で両手を包み込まれる。温かくて、柔らかだ。

「もし興味が出たら、いつでもアラベスクの劇団に来るといいよ。歓迎するからね、コーディネーター」
「あ、私のことご存知で……!?」
「あんた、いつになったらグッズが出るんだい?うちのポケモンたちはみんなアンタのファンでね」
「え、ありがとうございます!」
「今日はアラベスクポケモンセンターに泊まっていくといいよ。もうジョーイさんには予約連絡をしておいたからね」

 圧が強い!
TOPBACH