実は今年の夢のグランドフェスティバルへの参加申し込み期限が近付いている。勿論来年も行われるので急ぐ必要はないのだが、今年はハルカの出場が決まっているので、夢の舞台でしのぎを削り合いたいのは当然のことだろう。
 あの後、暫くはポプラさんに流されて、彼女の自宅に長く滞在させてもらっていた。いつの間にやら私の両親とも連絡を取り、完全に外堀を埋められていたのである。
 ジムリーダーが面倒を見ているということで、ルミナスメイズの森でギャラドスやオオスバメもボールから出して安心して野宿も出来たので、悪いことばかりではない。それどころか、良いことしかなかったような。
 所作についてはスパルタだったが、ステージに立つ身としては有益な指導だった。特にオオスバメは美しい動き方に興味津々で、ポプラさんと一緒にオオスバメのための魅せ方を考えたものである。
 そのオオスバメは例のテブリムと随分仲良くなったようで、テブリムを背中に乗せながら飛ぶ姿を何回も見かけている。私は私で、保護者のブリムオンと家の子自慢をしてお肌テカテカ。ポケモンの言葉は人間には分からないはずなのに、こういう時は何となく分かるのだから不思議だ。

「どうしてこんなに良くしてくださったんですか?」
「さぁね。まあ、久しぶりに良いものを見せてもらったお礼みたいなものさ」

 窓際のロッキングチェアに腰掛けたポプラさんは支度を終えた私に微笑んでいた。

「ポケモンたちと友情を育むのはあんたが思っているより簡単なことじゃない」
「それは……当然では?人もポケモンも同じです。相性とかもありますし」
「それが分かっていない子が多いってことだよ」

 マホイップがポプラさんの膝の上に乗り、クチートが足に擦寄る。窓の外ではマタドガスとトゲキッスが何かを語り合っていた。

「あんたのポケモンたちはお喋りだ。それだけ、あんたがポケモンたちの声を聞こうとしているんだろうね」

 ポケモンは人間の言葉が理解出来るようだが、人間はそうではない。だからなのか、ポケモンたちの口数はそう多くはないのが普通らしい。
 全く心当たりがなくて笑ってしまった。確かにうちの子たちはお喋りだ。





 心が触れ合う場所、ヨスガシティ。常設されたコンテスト会場があるこの街で、数日後に大会が開かれる。
 時期的にも考え、今年度最後の挑戦にするつもりだ。勿論優勝を目指し、グランドフェスティバルへの切符を手に入れてみせる。
 ヨスガ大会は一次のアクセサリーを使ったビジュアル審査、二次のダンス審査、三次の技をアピールする演技審査の三部構成だ。尚、ゲームとは違って各審査で別のポケモンを使用して良いことになっている。
 一次審査はギャラドス、二次のダンス審査は一番身軽に動くことが出来るオオスバメが務めることになった。
 ダンスも演技も有難いことにポプラさんにミュージカル形式で色々教わったため、大きな心配はしていない。
 ただ、マスターランクともなればテレビでしか見たことがないような有名人と競い合うことになる。それこそジムリーダーとしても名を馳せている人だとか。
 緊張から吐き気に襲われそうで、気分転換に観光も兼ねて『いぶんかのたてもの』に寄ってみた。あの建物の中だけ雰囲気が全く違い、心が落ち着く。静かで厳かで、飾られた絵画にはテンガンざんの上に蠢く何かが描かれているようだ。タイトルはなく、それが何かは誰にも分からない。

「時空の裂け目」
「え?」

 後ろから男性の呟きが聞こえ、思わず聞き返す。
 その人はこれが何なのかを知っているようだった。
 あっ……と口を抑えながら振り向くと、つば付きの帽子の上に更にフードを被った、顔の見えない男性がいた。声を聞く限り若いようだが、格好が怪しい。置かれた大きく膨らむリュックの中身は何なのだろう。ちらりと隠れ見える髪は金色で、男の人にしては珍しく長いようだ。

「おや、これは失礼しました」
「いえ、こちらこそすみません」

 明るい声のトーン。見た目に反し、喋り方は人の心にするりと入って来るような軽快さがあり、悪い人だとは感じさせない。
 とはいえ見た目が怪しいことには変わりないので、会話はこれで終わりにしようとした。したのだが、男は話を続ける。

「あの空の渦はですね、ギラティナが引き起こしたとされているんですよ」
「またギラティナくんに対する熱い風評被害ですか?」
「は?」

 口が滑った。
 男性も先程までの親しみやすさはどこへ消えたのか、低い声で「なんだコイツ」とばかりの視線を送ってくる。
 ポケモン映画、ギラティナと氷空の花束シェイミを観た方なら分かるのだが、ギラティナは勘違いされて悪者扱いされた事件の被害者……被害ポケモン?である。乱暴者で『やぶれたせかい』に追放されたとシンオウでは語られているらしいが、DP映画三部作を観る限りではディアルガとパルキアの方が暴れているため、もしかして『やぶれたせかい』に避難させてもらったのでは?との疑惑が私の中である。
 サトシと見つめ合うギラティナはかわいい。異論は認めん。

「また、ですか。可笑しなことを言う人だ」
「……そういう貴方も、ギラティナに関する文献は『やぶれたせかい』に追放されたという話だけだったはずです」
「新しく発見されたと言ったら?」
「伝説のポケモンについてのことなのに大きなニュースになっていないのは、それこそ可笑しいですよ」

 自分は考古学者だ、と名乗られればそれまでだが。後から発表されると言えば、例え嘘であってもこの場は切り抜けられる。
 刺さる視線が痛い。不幸中の幸いなのは今この瞬間、『いぶんかのたてもの』には私とフードの男性しかいないことだろうか。
 これ以上言い合えばお互いにボロが出る。
 何を思ってあの渦がギラティナのせいだと言い出したのかは分からないが、不思議な人だ。観光客を揶揄う様子でもなく、嘘をついているようにも見えない。

「昔、ポケモンは恐い生き物だと言われていました」
「ぇ、あの、」
「一歩村を出ればポケモンは人を襲ってくる。そういう時代もあったのです。オヤブンと呼ばれる通常より大きなポケモンや、シンオウ様の加護を受けたポケモンの子孫がいました。その中でもキング、クイーンと呼ばれるポケモンにはお供え物をしている一族もいたものです」

 私の知らない、昔の話。まるで見てきたかのように語られる。
 キングやクイーンなんてアローラの話ではないのか。
 隣に座られ、話は続く。

「恐怖が薄らいだ大きな要因はやはり、ポケモン図鑑の完成でしょうか。知れば共存が出来ますから……なんて」

 ハァと男性は俯いてため息をつく。前の席に両腕を置き、そのまま突っ伏した。
 数秒の沈黙。
 上体を起こした男性は瞳を覗かせる。

「あまりお気になさらず」
「そんな無茶な」
「あー……じゃあこれ、差し上げます」

 リュックのジッパーを開け、慎重に取り出されたのはホルダーに入れられたタマゴ。
 スっと膝の上に乗せられ、男は立ち上がる。

「大事にしてくださいね。ワタクシのポケモンの子孫ですので」
「……は?あの、」
「それでは失礼します。これでもアルセウスの研究に忙しいので!」

 とんずら。人がタマゴホルダーを抱えて立ち上がった時にはリュックを背負って、出口にまで辿り着いてしまっていた。
 落とさないように大事に抱えたまま私も外に出るが、もうそこにあの男性の姿はない。

「この子どうしたらいいの!?」

 向かうべきはポケモンセンターか交番か。
 呆然とする私を余所にタマゴがゆらっと揺れたのだった。





 知らない金髪の男性にポケモンのタマゴを押し付けられたことをポケモンセンターでジョーイさんに伝えると、ラッキーがたまごを確認している間にジュンサーさんに連絡してもらえた。
 盗難事件等も起こっておらず、タマゴの状態も良好。タマゴが孵るまでは元のトレーナーが現れれば返す必要があるが、孵化後は正式に私の手持ちに加えて良いとのことで話がついた。
 要はポケモンセンターや育て屋等の施設を経由しない譲渡ということだ。タマゴに関してもトレーナー登録が必要なのだが、例の男性は登録に訪れていないことがタマゴの検査で判明したため、私さえ良ければ自分で育てることが出来る。ポケモンは孵化時に一番最初に見た人を親だと判断してしまうことも多いので、犯罪者でもない限りは生まれた瞬間に立ち会った人がそのポケモンの持ち主になるのだ。
 トレーナー登録はゲームで言うプレイヤーIDに関連している。十歳になるとIDは申請することなく発行され、以降はポケモンをゲットした際にモンスターボールと紐付られる。ポケモンの盗難、迷子時に役立つものだ。
 話がすんなり進んでいくのは私がコーディネーターとして有名になり、良い意味で名が知られているからだった。
 しかしタマゴについては突然の事で知識も何もない。コンテストに出場するためにシンオウへ来たため、コンテスト中に預ける相手がいないと不安を口にすると、ジョーイさんから無料冊子を贈られる。
 コンテスト開催まではまだ十日以上あり、時間もあるので答えを出すまでに一日時間を貰った。
 そして今。ポケモンセンター裏のバトルフィールドを借り、事情を手持ちのポケモン達に説明している最中である。
 夕焼け。橙色に色付く世界。
 彼らは仲間を受け入れることに賛成らしい。特にオオスバメは自分を頼ってくれて良いのだとアピールしてくる。

「生まれてくるポケモンは分かるから、正直色々な準備は整えられると思う。でもきっと、あの子が生まれてきてからはしばらく付きっきりになっちゃうし、コンテストの練習の時間も今より短くなる」

 他のポケモンのタマゴとは違う、幾何学模様のあのタマゴを瞼の裏に思い浮かべる。
 サトシや彼の仲間たちもたまごからポケモンを育てていたことがあった。その中でもヨーギラスは少し特別で、サトシの手持ちになったわけではない。
 密猟者にタマゴの頃に拐かされ、母親と離れ離れになってしまったヨーギラスは人間不信に陥っていた。それがサトシたちの献身で徐々に心を開き、無事にバンギラスの元へ帰ることが出来たのだ。
 これはわりと有名な話なのだが、ヨーギラスの体重は七十二キロ。それを長く抱きかかえていたサトシの超人っぷりったら。
 ヨーギラスとの出会いは無印257話。生まれたのは258話。別れは264話である。サトシに懐くヨーギラスの可愛さには癒される。

「生まれてくるタイミングとか分からないし、グランドフェスティバルのことを考えるとその期間は面倒を見てあげられないから無責任かなとも思うし」
「スバ、スバァ!」
「確かにタマゴを預けられた本人が育てないのも無責任っぽいよね」

 オオスバメはもう育てる気が満々らしい。自分に任せて!お願い!と擦り寄られ、これは私も腹を括るべきのようだ。
 ベンチに座り、ジョーイさんから貰った冊子を読み上げる。みんなで一つずつ確認し、必要なものをメモしていく。
 心配のソワソワより、もう既に生まれてくる命に対するワクワクが勝っていた。
TOPBACH