マスターランクの参加希望者は四名。思わず眉間に皺を寄せてしまうほど、私以外がかなりの有名人である。
 一人目は過去にグランドフェスティバルで優勝したことのあるアヤコさん。アニポケではヒカリの母としても登場しており、ゲームでは主人公の母親だ。未だにかなりの人気を誇っており、圧倒的な存在感を放っている。
 二人目はヨスガシティのジムリーダーも務めているメリッサさん。みわくの ソウルフルダンサー。アニポケではサトシが苦戦した相手でもあり、力強いパフォーマンスは普段コンテストに興味のない人の目も惹き付けてしまう。
 三人目はジョウト地方、アサギジムのジムリーダーであるミカンさん。てっぺき ガードの おんなのこ。アニポケでは208話と224話、そしてDP180話で再会している。相棒のハガネールことネールのワイルドさと、清楚なミカンさんの組み合わせのギャップにやられる人も多い。
 胃が痛くなりそうなほどの相手。けれど、そんな人たちと肩を並べる程の実力を私たちは手に入れたのだ。
 ポケモンコンテストのスポンサーであるポケモンだいすきクラブはコンテストに出場しないポケモンたちを預かり、別の場所でコンテストの中継を見せてくれる。勿論預けずにモンスターボールに入れたまま一緒にいることも出来るのだが、今回はタマゴがあるため預けることにしている。

「確かにお預かりしました!タマゴ専門のお医者様もスタッフにおりますので、安心してコンテストに臨んでくださいね」
「ありがとうございます!この子のこと、よろしくお願いします」

 応援よろしくね。とケース越しにタマゴを撫でる。
 雰囲気からもポケモンを愛していることが伝わってくるスタッフにタマゴを預け、控え室へと向かった。
 四人しかいない控え室。軽い挨拶は交したものの、誰も自分のこと以外を気にしていない。思い思いに動き、コンテストスタッフに呼ばれるのを待っていた。
 私も私でコンテスト衣装に着替え、何時ものようにボールカプセルにシールを貼る。
 震える手を握り締め、大きく深呼吸。力を抜き、鏡の前で笑顔を作った。





 ゲームでは自分で用意するアクセサリーも此処では公平さを喫すために大会側が用意しており、それを使って制限時間内にギャラドスをドレスアップしなくてはならない。
 不正がないように見守るスタッフや中継カメラの前でギャラドスを着飾っていく。
 まずは彼女が着けたいと思うものを選んでもらい、それに合わせて他のアクセサリーを選んでいく。
 ティアラを被せ、ストーンやうろこ、はなを適度に。パウダーも使って輝きを。色には統一感を持たせて。
 通常よりも大きなギャラドス。そんな彼女を着飾るのは時間が掛かるが、それ以上にやり甲斐がある。
 どんどんご機嫌になっていくギャラドスに普段から何かを着けてあげたくなってしまった。
 タイムアップギリギリまで調整し、赤い緞帳の前に立つ。トップバッターを飾るのだ。
 アニメのコンテストではドレスアップ審査はない。しかし、DPではコンテストとは別にポケモンスタイリストの話があった。
 ポケモンスタイリスト。略してポケリストは手作りの服やアクセサリーでポケモンを着飾るのがお仕事だ。発表会もあり、アニメではヨスガコレクションにサトシたちがエントリーしている。DP86話のことだ。
 コーディネーターもスタイリストも同じ。主役はポケモン。サトシの旅の仲間であり、コーディネーターのヒカリは悩んだ末にミミロルをシンプルにコーディネートしたのだった。

 派手にする必要はない。あくまでどのアクセサリーもポケモンを引き立たせるためのもの。
 尾を揺らすギャラドスは満足気だった。





 くるくる。自由自在に舞うオオスバメは即興ダンスにも即座に対応する。
 一度限り技の使用が認められているこのダンス審査は、スーパーコンテストショーの要素も取り入れられていた。
 本来ならばダンスだって上手い方が良いのだろう。しかし、そこにこだわる必要はないのだと私は考えている。
 確かに上手であれば目を惹くが、それだけが重要ではない。
 一番大事なのは踊っている当人、当ポケモンが楽しんでいるかどうかだ。
 感情は伝播する。だから笑って、とにかく楽しむ。そうしたらきっと、観客のみんなもこちらを見てくれるはずだから。

「スバッ……!」

 オオスバメの羽根が落ちる。ふわりと舞い、美しく光沢のある藍色のそれらが観客の手に渡った。
 フェザーダンス。通常ならば覚えないその技。
 アニメではサトシのモクローが習得していた技だ。SM132話、ハウのジュナイパーとのバトルに備え、モクローの育ての親であるドデカバシが伝授してくれた技。

 ダンスの練習はした。けれど、フェザーダンスの練習はしていない。
 この土壇場で無意識に使用した技にオオスバメ自身も驚愕していたが、調子を崩すことなく続ける。
 咄嗟に使えるようになるだなんて、私のポケモンってもしかしなくても天才なのでは?
 上がっていくボルテージを敏感にキャッチしたオオスバメの動きが格段に良くなっていく。





 接戦。しかし今のままでは健闘しただけで終わってしまう。そんな状況を打破してくれると、私たちの中で一番信頼を置かれているのはやっぱりこの子だろう。

「ピカチュウ!」

 長く伸びたギザギザの尻尾で、エレキシールで現れたそれを弾きながら登場。あざとくウインクまでしてしまい、会場にいるポケモンの黄色い悲鳴が上がった。
 ルミナスメイズの森で進化をしたピカチュウ。私たちの絶対的エースだ。
 アニポケでも言わずもがな、サトシの一番の相棒。ポケモンを詳しく知らない人ですら、ピカチュウだけは知っていることだろう。
 旅の始まり。その日、オーキド博士から初めてのポケモンを譲ってもらうはずのサトシは寝坊してしまった。その寝坊こそが、ピカチュウとの運命の出会いの切っ掛けだったのだ。
 人間嫌いでボール嫌い。そんなピカチュウと心を通わせ、サトシ少年は旅の中で大人に近づいていく。大人に対して敬語を使えるようになり、最初は自身が未熟で言うことを聞いてくれなかったポケモンも応えてくれるようになる。ピカチュウだって昔は意外と弱虫だったのに、今では立派なバトルジャンキーだ。

 サトシは私の憧れ。小さい頃に見た彼は自分よりお兄さんで、失敗だってよくしていたけれど、それ以上にカッコよかった。サトシとサトシのポケモンたちのような関係性を作ってみたかった。
 それが理由で初めてのポケモンはピチューになったわけだが、今ではサトシの存在は関係なく、私は私のピカチュウが大好きだ。

「ボルテッカー!」

 ピチューの頃よりずっと安定したボルテッカーは見栄えも威力も桁違いだ。
 アヤコさんのガルーラの美しさにも、メリッサさんの魅惑的なフワライドにも、ミカンさんの逞しいハガネールにだって劣らない。いや、それ以上の魅力を持っているピカチュウ。
 性別なんて関係なく、みんなをメロメロにしてしまえ!
 すごく もりあがった!





「ミカンさん、いっぱい食べますネー!」
「うっ……!すみません」
「何言ってるのよ。いっぱい食べる女の子って可愛いじゃない!」
「ほ、本当ですか!?」

 コンテストの終わり。インタビューやら何やらを終え、預かってもらっていたタマゴを抱えながら余韻に浸っていると、メリッサさんに腕を組まれ、テレビや雑誌で名前を聞く高級料亭の個室へ連行された。
 ポケモンたちはボールから出してお店の庭で食事を摂らせ、タマゴは私の近くに。お座敷には既にアヤコさんとミカンさんもいて、テーブルの上には空のお皿が重ねられている。アヤコさんはお酒を飲んだのか、頬が上気していた。
 一児の母でもあるアヤコさんは私のことも気にかけてくれていて、中々注文を決められない私の代わりにオススメのものを頼んでくれた。
 緊張と動揺からサービスのお冷がどんどん減っていく。早く食前にお願いしたジュースを運んでください、お願いします。

「そんなに怯えなくて大丈夫よ。ただの打ち上げだから」
「うふふ、無礼講というやつデース!」

 届いたジュースとお酒で乾杯。
 ミカンさんが注文していたお刺身を分けてもらう。口の中でとろっと溶けてしまうようなお刺身は初めてで、頬っぺたが落ちそうだ。
 ここはメリッサさんが贔屓にしている料亭で、ミカンさんがいる時はコースメニューでは量が足りないため、単品で色々用意してもらっているらしい。特別に対応をしてもらっているので、その分多く支払っているそうだ。
 アヤコさんが私用に注文してくれた天麩羅も今まで食べてきた中で一番美味しくて、舌が肥えてしまいそうだ。

「こうして見ると、やっぱりまだ子どもなのね」
「……?」
「コンテスト中は大人に交ざっていても違和感がありませんでしたから」
「それは、えっと?」
「それだけの実力があるってことよ」

 大人の中に混ざっていても遜色の無い実力があると褒められ、嬉しくて頬が熱くなる。お酒は飲んでいないのにこの空気感に酔ってしまいそうだ。
 グイッとお酒を飲み干したアヤコさんが体勢を崩す。

「悔しかったー!悔しいなんて久しぶりよ!」
「そうデスね。最近はスーパーコンテストショーばかりで、勝敗はあまり気にしていませんデシタから」
「みんなで盛り上げるのが最優先。その上で勝者を……となると、敵対心があまり湧いてきませんでしたよね」

 そう、コンテストで優勝を手にしたのは私たちだったのだ。
 隣に座るアヤコさんに背中を叩かれる。

「本当に良いコーディネーターね。グランドフェスティバルは出場するの?」
「はい、そのつもりです」
「じゃあ今ネット応募しちゃいましょうよ!」

 まあ、いいか。と言われるがままにパソコンを取り出して受付ページを開く。そうしてしまうくらいには既に場の空気に酔ってしまっていたらしい。
 トレーナーID等が必要な部分は画面から目を逸らして貰い、必要なところの記入を終える。
 一言声を掛けてから庭近くへタマゴと共に移動した。

「ピカチュウ、ギャラドス、オオスバメ!」

 他のポケモンたちと歓談しながら食事をしていた彼らは直ぐに集合し、庭の灯篭と同じように光っているパソコンに目を向ける。人間の言葉は理解出来ても、文字は分からないので不思議そうな顔をしていた。

「グランドフェスティバルの出場応募をします!」

 何をしようとしていたか理解した瞬間、パァアっと表情が明るくなる。みんなに見守られる中、送信ボタンをクリック。すぐに受付が完了しましたと表示され、同じく応募が完了したことがポケナビにメールで届く。
 これでもう後戻りは出来ない。
 ぎゅうっとタマゴが入ったケースごと抱きしめる。

「わたし、名前さんのことを応援しますね」
「アタシもデース!」
「相談とかがあれば、何でも言ってください!大してお役には立てないかもしれませんが……」
「そんなわけないじゃないですか!……ありがとうございます」

 私の緊張を敏感に察知したピカチュウが腕に抱きついてくる。
 素敵な仲間と優しい先輩に囲まれながら同じ時を過ごしていると、うとうとと体が船を漕いだ。

「あら、寝ちゃったわね」
「ではアタシの家へ!お泊まり会をしましょ!あなたたちもどうデスか?」
「わあ!素敵ですね!」
「あー……。私は子どもがいるから。今も旦那に見てもらっているし、お泊まりはちょっと」
「それはザンネンです。お子さんが大きくなったらしましょーね!」
TOPBACH