銀さんの場合


2月14日。世間はバレンタインだなんだと騒いでいる。

「まあ、俺には関係無えけどな。」
「はは、ですよね。大体お菓子会社の戦略だとか思わないんですかね。」
「まったくだ。こんな事で浮かれる奴の気がしれねーや。」

「二人ともその格好何アルか?」

随分と冷めた目で俺達を見てくるのは神楽だ。まあ、そうなるのも当たり前なのかもしんねー。新八も俺もいつもとは違う服でバシッとキメているんだから。

「あ?なんか変か?」
「あ、あれじゃないてすか?前髪少し切ったとか。」
「あ、わかった?そんなに変わるもんかねぇ。切りすぎたか?」
「大丈夫ですよ。いつもとそう変わりません。」
「それって大丈夫?新八もあれじゃね?眼鏡変えた?」
「いえ、いつもと一緒ですよ。」

「バレンタインてそんな良いもんアルか?」
「あー?だから言ってんだろ?んなもん興味は無えって。」
「そうだよ。さあ掃除掃除。」

ピンポーン

ダダダダダダダ

「てめっ新八!俺が出るから座ってろって!」
「銀さんこそいつも通りジャンプ読んでて下さいよ!」
「……バカばっかアルな。」



────

夕方過ぎ。堅苦しい格好を着替えていつもの着物に袖を通す。チョコの成果としては上々だとは思う。神楽、お妙、九兵衛、さっちゃん、月詠、たま…ババアはノーカンだろ。
ただ、本命から貰えてねぇっつーのが物足りねぇっつーか。…なあ?いや、アイツとの関係はただの店員と客だし貰えるわけねーんだけど。そりゃあ少しは期待したわけで。
貰える、貰えない、貰える、貰いたい…と心の中で唱えつつ足は甘味処に向かう。すると予想通り彼女は其処にいて。

「あ、いらっしゃいませ。」
「よお。あー……お、おー何これ新メニューか?」
「はい。バレンタイン限定商品なので今日までです。」

看板には可愛らしい字で”限定!ハートチョコ団子”と書かれている。これコイツの字…いや違うな。

「んじゃコレ一つ。」
「はーい、お待ち下さい。」

あーくそ、まったくのいつも通りだなチクショー。もう誰かに渡したんだろうか。いや、仕事だったみてぇだしこれからだよな多分…。江戸に来て間もないって言ってたし、そんなめぼしい男なんて…ん?あの男この前も来てたな。チラチラとアイツのこと見やがって…。自然と眉間に皺が寄る。

「お待たせしました。」
「!おう、さんきゅ。」
「隣いいですか?」
「え?あ、あぁ。」

?お盆を膝にのせて隣に座ったユキ。こんな事初めてだ。横目で様子を窺いながら団子を一口。お、中からチョコが出てきた。チョコって生地だけじゃねぇんだ。

「どうした?」

なかなか話し始めない彼女に疑問を抱き、声をかける。なんかあったのか、少し様子が違う彼女に気を引き締める。

「え、とですね、あー…」
「…」
「これ…」

チョコンと出された物に目を見張る。だって、それは…

「一応味見はしたので大丈夫だと思うんですけど…」

可愛らしくラッピングされたソレは、今日…いや、此処最近ずっと俺が待ち望んでいたもので。

「…俺に?」
「はい。」
「貰っていいわけ?」
「…はい。あの、その…これからも宜しくお願いしますって事で…」

あー、そうきたか。でも、まあ。今が義理だからって今後もそうとは限らねーし。

「…さんきゅ。」

向こうの席で男が悔しそうな顔をしているのが満更でもなくて。笑みをこぼすとユキはホッと息を吐いた。


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