神威さんの場合
「もう仕事終わりデショ?バイキング行こうよ。」
昼過ぎに仕事を終え、エプロンを外しているとふらりとやってきた神威さんが唐突に言った。腰に手を当てたまま固まっていると神威さんはニコニコしたままコテンと首を傾げた。
「奢るから早く行こ。」
はっとして慌ただしくエプロンを畳む。
「え、あ」
「荷物持っておいでヨ。」
「は、はいっ。」
神威さんに促されてバタバタと慌てながら荷物を取りに行った。
頭が追い付かないまま神威さんに連れられ辿り着いたのは駅前にある綺麗なホテル。うあー、こんな豪華なホテル入ったことないや。ホテルのバイキングって豪華だけどやっぱり値段それなりにするし。
広いロビーに大きなシャンデリア。思わず尻込みしてしまう空間に、神威さんは馴れたように入っていく。あ、この人お金持ちでした。きっと来慣れているんだろうな。
落ち着いた店内に入り席につく。軽く説明を受けた後店内の中央に行くと、そこには光に照らされて煌びやかに輝く様々な種類の料理が並べられていた。青々とした瑞々しいサニーレタスやトマト、人参などの生野菜に色とりどりのドレッシング。甘酢あんのかかった肉団子やフィレ肉。スープにデザート。バレンタイン使用なのか、至る所にハートマーク(野菜とか)やチョコレートが使われていて、店内は落ち着いた雰囲気が醸し出されている。耳を澄ますと、穏やかな音楽が聞こえてくる。
好きな料理を好きなだけ。数種類を少量ずつお皿に取って席に戻ると、見たことのない量が乗ったお皿がテーブルに沢山乗っていて思わず二度見。あれ、このテーブルであってるよね。
すぐに後ろから大量に料理の乗った皿を持った神威さんがやってきたので、なる程と内心頷いて席に着いた。
しかしまあ、一言で言えばまさに圧巻。予想はしていたが、神威さんはその予想を大きく上回る食べっぷりだった。ランチの時間は終わりかけなのに、神威さんのおかげで厨房は混雑時並みの忙しさだろう。
「もぐもぐ…ごくん、バクバク」
絶え間なく口へと運ばれる料理達。そんな急いで食べなくても取りませんよ。口の中は既に肉なのか魚なのか。味は全て混ざっているだろう。でも食べ方キレイなんだよなー。
「…ん?ごくん。もう食べないの?」
「あ、いえ。食べます、美味しいです。」
ガン見していたのがバレたらしく、不思議そうに首を傾げられる。しまったと再びフォークを手に取り、手元の料理を口に運ぶ。
「はは。ユキはホント面白いよね。」
「え?」
「だって俺が食べてる近くで普通に食べてるんだもん。大体の地球人って口押さえながら帰るんだヨ。」
あー、そういえばそうだな。お店でも他のお客さん居なくなっちゃうし。土方スペシャルや宇治銀時丼とはまた違った気持ち悪…いやいや、苦しさ?があるんだろうな。私はほら、あれだ。目をそらしてるから。まぁ平気なわけで。万事屋ファミリーは例外。神楽ちゃん以外も基本飢えてるから。
「はは、やっぱ面白いよキミ。」
「…はあ。」
ニコッと笑って再び食べ始めた神威さんに首を傾げながら、私も再びフォークを動かすが、ふと疑問に感じていたことを聞いてみた。
「あの、今日はどうして此処に誘って下さったんですか?」
「ん?もぐもぐ、だって今日バレンタインでしょ?」
「え?あ、はい。」
し、しまったー!!用意してないよ!だってまさか来るとは思ってなかったんだもん!冷や汗をかきながら先を促すと、神威さんはなんて事ないように食べ進めながら話し始めた。
「阿伏兎だったか部下だったか忘れたけど、バレンタインは男女で飯食べたりするって聞いたんだヨ。丁度地球の近くに来てたし、此処バレンタイン限定のメニューみたいだったし。丁度良いかなぁって。」
どれがついで?というかわざわざバレンタインだからって誘ってくれたのか。バレンタイン限定メニューが食べたいだけだとしても、別に阿伏兎さんとでも一人でも来ることは出来るのに。
「…ありがとうございます。」
「ん?うん。」
ニコッと微笑みながら食べ進める神威さんを見て、ホワイトデーは頑張ろうと思った。
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