総悟くんの場合


ブスブスブス…

「……また失敗しちまった…」




目の前にあるのは真っ黒なダークマター。これで三回目だ。

「あーくそ、何が違うんでさァ。」

つーか、こんな文章だけ見て作れるなんてどんな凄腕でィ。もっと素人にも作れるような優しいレシピにしてくれやせんかねィ。

俺が作ろうとしているのはガトーショコラだ。受け身ばっかじゃいけねぇっつーことでバレンタインは攻める事にした。この時代料理が出来る男はモテるってテレビでも雑誌でも言っているので、手作りに挑戦しているわけだが、これがなかなか難しい。洒落たパッケージにつられてキットを買ってみたものの、作り方が分かりにくくこれで三回目の失敗だ。

「あと二回分か…。」
「な、なななな、なんの匂いっスかぁ!?火事!?火事っスかぁ!?」
「うるせーな。」
「隊長!?無事っスか!?」
「うるせえっつってんだろィ。どっか行きやがれ。」
「ブッ!?」

ダークマターを田辺の顔目掛けて投げつけると、奴はギャァァと叫びながら暴れる。あーうるせえヤローが来やがった。そんな事よりもガトーショコラの作り方だ。文章をもう一度読み返す。

「もしかして隊長コレ作ってるんスか!?」
「あぁ。」
「この種類のヤツって味はいいけど分かりにくいんスよね!俺いつも文章通りには作らないっスよ!」
「…お前コレ作ったことあんのかィ?」
「あるっスよ!」
「…コレ一つやるから作ってみろ。」
「ええ、マジっすか!?隊長が何かくれるとか…はっ!もしやこれは鍛錬のイッカンっスか!?」
「おー。」
「マ、マジっすか!!任せて下さい隊長の期待に応えてみせるっス!」

慌ただしく器具を振り回し始めた田辺に若干の不信感を抱きながら、一歩離れて様子を見つめた。まぁ、背に腹は代えられねぇし。この一回でマスターして、最後の一回は一人で成功させてやる。普段にない集中力で田辺を観察し始めた。



────

2月14日。
俺は今、甘味処から少し離れたところの電柱に隠れて店の様子を窺っている。店には大将とユキさんしか居ないようで、ひとまず第一段階は突破だ。
外の立て看板を見るとそこには期間限定のメニューが書かれていた。バレンタイン限定、ハートチョコ団子ですかィ。あれを頼めばユキさんが運んでくれて、俺に渡してくれる…。ホットチョコを頼むとか、モテない男がやることだと思っていたけれど、実際はなりふり構ってなんかいられねぇな。”彼女から貰う”、それが重要なんでさァ。

客も今は数人いる程度。大きく深呼吸をして、店へと脚を進めた。

「いらっしゃいませ…あ、沖田さん。」
「こんにゃちはっっ!」
「こんにちは。」

噛んだ。恥ずっっ!!昨日あんだけシミュレーションしたのに初っ端からしくじった。顔が赤くなるのを抑えきれずに俯く。

「今日はお仕事休みですか?」
「は、はい…。」
「そうなんですか。なら、ごゆっくりしていって下さいね。」
「は、はい…!」
「ご注文はどうなさいますか?」
「あ、じゃ、じゃあ、あの看板のヤツで…」
「はーい、畏まりました。少々お待ち下さい。」

ぺこりと頭を下げて奥に行くユキさんの背中をチラチラと見る。あーくそ、この後どうすんだっけ。先に出されたお茶を一口飲んで天井を見つめる。まずはユキさんから団子をキチンと受け取るんだ。”ハート”型の”チョコ”の団子を!
と意気込んでもう一口お茶を飲んだその時、後ろからの声に大きく咽せた。

「はい、隊長さん団子お待ち!」
「ゲホッ!!!ゴッホ、ゲホゲホッ!!な、なんで大将が…!」

普段全く表には出て来ねぇクセにィィィイイイ!!なんでこんな時にだけ団子運んでくるんでィ!?

「いやー、色男さんにはこれくらいしとかんとな。」

いや、確かに此処まで来るのに雌豚から幾つもチョコを渡されそうになったが…、全て断った。屯所に直接届けられたものも、間者の疑いがあるので精密検査の後、隊士の茶請けとなる。つーか、なんで知ってるような口振りなんですかねィ。

「ははっ、すまんすまん。じゃあゆっくりしていきな。」

ちくしょーニヤニヤしやがって…。つーか団子、ユキさんから貰えなかったじゃねぇか。ヘコむ。俯きがちに大将の持ってきた団子をもそもそと食べる。あー、コレをユキさんが持ってきてくれてたら感動も一入だったのに。つーかユキさん何処行っちまったんですかねィ。…あ、戻ってきた。よし、俺はやれる俺はやれる。

「あのユキさんっ!!」
「え?はい。」
「こっ、これっっ!」

立ち上がって紙袋を両手で差し出す。顔を見ると噛む事間違いなしなので顔を俯かせ、目をぎゅっと閉じた。昨日何度とシミュレーションしたんだから、俺なら出来るはず。

「下手くそですけど頑張って作りやした!受け取って貰えやせんか!?」

い…言えたァァァア!!噛まずに言えた!
やったぜ俺!とは思ったものの、なかなか受け取って貰えない。…もしかして迷惑だったんだろうか。不安になりながら目を開けて顔をあげる。すると其処には驚いて固まった状態のユキさんがいて。

「ユキさん?」
「えっ、あっ、すいません驚いてしまって。ありがとうございます。」
「あ、のご迷惑でしたか…?」
「いえそんな!先を越されちゃったなって思って。」
「どういう……!!」
「私も、一生懸命作りました。受け取って貰えますか?」

差し出されたのは可愛らしくラッピングされた物。心臓がバクバクうるさくて胸が苦しい。だって、まさかそんな。こんな展開、予想外で。

「〜っ、勿論でさァ!ありがとうございやす…っ!」

安心したように息を吐いて笑ったユキさんに、再び胸が締め付けられて。さっきまでヘコんでいたことなんかすっかり忘れて、受け取った物を壊さないよう握り締めた。



戻る/top