土方さんの場合


「あぁ、お嬢さん良かった。土方の旦那から伝言があるんだ。」

店に入って早々にカウンターの中に居る大将から告げられたこの言葉に、思わず回れ右をしたくなったのは仕方がないと思う。
そのまま行動に移すことなく渋々、渋々カウンターに腰掛けると、大将は水をコトリと置いて微笑んだ。

「えーと、日替わりで。」
「はいよ。」

大将はそのまま食材を出して調理を開始する。その手付きをぼんやりと見ていると大将が口を開いた。

「それで旦那からの伝言だがね。」
「…あ、はい。」
「今週の木曜日、昼過ぎにこの店に来るそうだよ。」
「…はあ。」
「だから安心しろって言ってたなぁ。」

…何が安心?というか、

「木曜日…?」
「ははっ、木曜といやぁバレンタインじゃねえか!」
「…ああ、なる程。」

え、何。木曜日に来るからチョコくれって事?…こんな要求のされ方初めてだよ!

「土方の旦那も忙しいからなぁ、お嬢さん苦労するね。」

いや別にしませんけど?
まぁ取り敢えず要求されたからには用意したほうが良いよね。会えるか分かんないから用意してなかったけど(自分から屯所に行く気はない)。だってあの人真選組副長だし、下手に権力振りかざされて家に攻め込まれても困る。
にしても土方さんってチョコ食べるんだろうか。…マヨネーズ付けて?だってお団子にマヨネーズ付けて食べる人でしょ?じゃあチョコにも付けそうだよね。頑張って作ったもの味変えられるのってヤダなー。マヨネーズにリボン付ければよくね?いやでもなー。



────

そんなこんなで2月14日当日。

ガラガラと定食屋の扉を開けると、そこには真選組副長土方十四郎。土方さんは食べ終わった所らしく、空の丼を前に煙草を吸っていた。チラリというよりもガッツリと見られたので、頭を軽く下げて椅子を一つ空けて隣に座る。大きめのがま口ポーチを膝の上に置き、大将に注文を通す。お水を一口飲んで落ち着いたところで、土方さんがンン、とかゴッホンとか奇声をあげ始めた。チラリと視線をやると、バッチリ目が合う。

「よう。」
「…こんにちは。」
「…」
「…」

すごい訴えてくる。眼力ハンパない。
でも何にも気付いてませんよーという感じで見てみる。

「…」
「…」

すんごい見てくる。えぇ、なんか言えよー。
カチャリという音と共に大将が注文した品を目の前に置く。お、きたきた。土方さんから視線を外し、空腹を満たすことに。おいしー。
その間ずっとガン見、まではいかないもののチラチラチラチラと見てくるので、半分くらい食べた辺りで手荷物を漁る。取り出したのは小さめの紙袋。結局マヨではなく普通に手作りした。
それを少しションボリし始めた土方さんの視界にはいるよう、机にそっと置く。パッと顔をあげた土方さんを視界の隅に捉えながらモサモサと目の前の定食を食べる。

「おま…」
「バレンタインです。」
「ったく、焦らしやがって。まぁ折角だし貰ってやるよ。」
「…どうも。」

満足したのか、土方さんは会計を済ませて立ち上がった。そして私の頭にポンと手を置いて、

「ありがとな。」

と言って帰っていった。帰り際会計を頼むと、大将は土方さんが払っていったと笑顔で言った。そっとポーチを握り締めて、髪を整えるフリをして先程撫でられたところを触った。



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