銀さんの場合


「14日、開けといてくんない?」

甘味処にいつものようにふらりと寄った俺は、いつものように団子を頼み、いつものようにダルそうな雰囲気で言った。

「どうかしたんですか?」
「は?いや、14つったらホワイトデーだろ。」
「あー。そんな気使って貰わなくても…」
「いーんだよ。貰えるもんは貰っとけ。」
「え、あ、はい。ありがとうございます…?」
「…おー。」

取り敢えず第一関門は突破。
次の問題は神楽か…。バレンタインの時にチョコをくれた女共へのデカいケーキでもを持たせてお妙ん家に行かせようそうしよう。神楽には事前にそれとなく言っておいて万事屋に邪魔が入らないようにして。よし、これで万事屋は空く。

「あー、その日誰も居ないからよー。…家来いよ。」

キョトンとした顔で見上げてくるユキにたじろぐ。いや、別に下心があったわけでは…ないぞ。うん。ただほら、あの、金ねーし。うん、それだけだ。

「銀さんとっておきの飯とかケーキ作るから。言っとくけど俺上手いからな?」
「はは、そうなんですか?じゃあ、楽しみにしてます。」
「おー、任しとけ。」

これで完璧!



…そう思ったあの時の俺を今すぐ殴りたい。
何故なら目の前には神楽を始めとした追い出そうとしていた面々が居るのだから。

「じゃあ皆さんグラス持ちました?カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!!」」」」

どうしてこうなった?何がいけなかったんだ?頭を抱えてうずくまる。
コタツで鍋を囲み、酒やジュースを飲み始める女共。各々持ってきた食材や俺が神楽に持たせようとしていたケーキも食卓を飾る。
一人一人礼を言ってきたが、それに引きつった笑みしか出てこねぇ。
こんな事になったのはつい先ほど、一本の電話が始まりだ。



────

「んじゃ銀ちゃん、そろそろ行ってくるアル。」
「おー、ケーキ持ったか?俺抜きで楽しんでこいよ。」
「珍しく太っ腹アルな銀ちゃん!」
「珍しくってなんだよ!女子会なんだから俺は行けねえだろ。おらさっさと行け。」
「ありがとネ銀ちゃん。行ってくるアル!」

プルルルルプルルル…ガチャ

「もしもし万事屋…」
『あ、もしもし銀さん?』
「あ?お妙?なんか用…」
「(ガラガラ)…あれ、姉御ネ!」
「…(ガチャン)」
「ふふ、申し訳無いんですけど家使えなくなってしまって。場所、借りますね?」
「……」



────

…始まりもなにもいきなりクライマックスだった。やべーよこれ、回想なんかしてる場合じゃねぇって!
当初の予定としては、神楽を送り出す→夕飯の買い物→帰って下拵え→ユキの迎え→…と続いて行く筈だったのだが、序盤で早くも躓いた。因みに事前に買い物をしていないのは、神楽や新八に変な期待をさせない為だ。ケーキだけは既に作ってあるが、それ以外の作業が何も出来てねえ。
時計を見ると結構いい時間で頭を抱える。何にも打開策が出てねぇのに!くそ、万事屋が使えないとなったら何処があんだ?つっても思い付く店なんか、普段行くような小汚い居酒屋ばかりだ。
いや、でも出て行くならすっかり上機嫌で、俺が空気となりつつある今がチャンスだ。此処に居る奴ら皆酒癖悪いから絡まれたら厄介だ。
そうと決まれば、上着と木刀手に取り、ケーキを持ってそっと万事屋を抜け出す。

追ってきていないことを確認して身支度を整える。ケーキを片手に甘味処を目指してゆっくりと歩き始めた。あー…、店どうすっか。



甘味処に着くと丁度食器を片付けているユキと目があう。

「あ、坂田さんこんばんは。」
「よう。」
「時間まだなので、もう少しお待ち頂いてもいいですか?」
「おー、早めに来ただけだから。」
「じゃあ、お茶お持ちしますね。」
「さんきゅ。」

店先に座り空を見上げる。
金は無えが、ババアの店じゃあ本末転倒。普段洒落た店なんか行かねえからなぁ…。いっそのこと吉原…イヤイヤ、それはなんつーかあからさま過ぎるだろ!流石に…なあ?
仕方ねぇ。この間長谷川さんと行った居酒屋にすっか。

「すみません、お待たせしました。」
「いや、大して待ってねえよ。それより、悪い。」
「?」
「ウチが使えなくなっちまったんだ。女子会とか言って占領されちまってよぉ。」
「そうなんですか。」
「おー…」

だから居酒屋でいいか、そう続けるつもりだった言葉は発せられる事無く飲み込んでしまった。

「じゃあ、ウチで食べます?」
「へ?」
「あ、もしかしてもう何処か決めてました?」
「え、い、いや!決めてない決めてない!」
「そうですか?じゃあウチでやりましょうか。ただ、食材何もなくて…。」
「それくらい問題ねぇよ。買って行こうぜ?つーか、元々俺がやるつもりだった事だしな。」
「ありがとうございます。じゃあ行きましょうか。」
「おぅ、頼むわ。」

まさかの展開にガッツポーズをする。いよっしゃぁぁああ!!
いや、別に何にもやましい気持ちはねーよ?まさかのお家訪問で期待なんかしてないからね?うん、一緒に買い物してる感じが夫婦みたいなんてこれっぽっちも思ってないよ?
カチャカチャと鍵が開けられ、ユキの部屋への扉が開く。ケーキを持つ手が震える。高鳴る心臓がうるせえ。深く息を吐いて一歩踏み出した。


戻る/top