総悟くんの場合


ホワイトデーのお返しを買いにデパートをうろついている時の事だ。通りかかった二人組の女の話に、俺はかつて無いほどの衝撃を受けていた。

「ちょっと聞いてよ〜!バレンタインにチョコあげたんだけどさぁ。」
「え、もしかして営業課の青井さん!?」
「違いますぅ〜。じゃなくて、笹木さん。」
「へー、あの顔はまあまあのナルシスト?」
「ぶはっ、うんそーそー。仕事でお世話になったから義理で渡したんだけどさぁ『ホワイトデー何処行きたい?』とか『此処の夜景、凄く綺麗なんだって』とか最近しつこいの!」
「えーキモイ!」
「でしょぉ?義理にそこまで本気で返されても困るよねぇ〜!」

キャハハハと笑う奴らに俺は平静を装いながら通り過ぎる。
そ、そうか。バレンタインに貰ったからといって、それが本命とは限らねえよな。女っつうのはブランドもんのバッグとかを渡しておけばいいのかと思っていたが、本命じゃない相手から貰っても微妙なのかもしんねぇ。

気を取り直してフロアを見て回る。やっぱり鞄とかハンカチとかが多いみたいだ。菓子だとクッキーやマシュマロ。でもバレンタインは手作りだったのに、ホワイトデーは既製品て手抜きっぽくないですかねィ。

ピンとくる物が無くて店を出る。どうすっかなぁと駅前をブラブラしていると、路上販売をしているオッサンが目につき足を運ぶ。並べられていたのは色とりどりの石の商品。指輪、ネックレス、ブレスレットなどのアクセサリーなどがある。

「オニーサン彼女さんへの贈り物っすか?」
「いや…」
「ホワイトデーとかならこの辺りの石が人気っすねぇ。あ、パワーストーンっていうんですけど。水晶とかラピスラズリとか…」
「ラピスラズリ?」

ふと目についたのはラピスラズリと呼ばれる濃い青の石のついた簪。その派手すぎないデザインと、落ち着いた色合いが年上の彼女に合うような気がする。

「石には色んな意味があるんすけど、この辺はお守りみたいな感じで渡す人が多いっすねぇ。」
「ふーん。」

デカい花のついたものや、ピンクの女が好きそうなデザインのものも勧められる。それらの説明を聞きながらも俺の心はすでに先程の簪に決まっていた。

「んじゃ、ソレくだせぇ。」

購入した簪の入った箱を眺めながら考える。
俺とんでもないものを買ったのではないだろうか。だって、アクセサリーっつーのは独占欲の表れとか聞くし、簪っつーのはひと昔前は想いを伝えるための手段だったわけで。いや、間違いじゃねぇけど。
なんとも思ってないやつからの物なんて重いかもしんねぇ。けど、これがピンときたんだから仕方ねぇだろ。一目惚れとは違うけれど、ユキさんにはこれだって思ったんでさァ。
だから、貰ってやって下せぇ。



────

「バレンタインありがとうございやした!これっ、ホワイトデーのお返しです!」

何度もシミュレーションした台詞を咬まないように目を伏せて紡ぐ。

「ありがとうございます。」
「っはい!」

ソワソワチラチラ見ていると、ユキさんはクスッと笑った。

「開けてもいいですか?」
「は、はいっ!」

リボンが解かれ、カパリと箱が開けられる。反応が少し怖くて俯いていると、ユキさんが感嘆の息を吐いたのが聞こえて顔をあげる。

「わ。キレイ…」

その表情が、瞳が、とても綺麗で。顔に熱が溜まりながらも目を離す事が出来ない。しばらくボーッと見つめているとユキさんが微笑んだ。

「ありがとうございます。」
「いえ…」
「あの、私もホワイトデーのお返しがあるんです。こんな素敵なものの後で恥ずかしいんですけど、貰ってくれますか?」
「へ…」

差し出されたのは小さな紙袋。中を見ると、ラッピングされたマドレーヌと小さな箱。

「開けてもいいですかィ?」
「はい。」

リボンを解いて蓋を開ける。すると中にあったのは、黄色い石と透明の石で作られたストラップ。透明なのは水晶?説明されたのに似ている気がする。じゃあ黄色いのは?

「アラゴナイトっていうんですって。別名なごみ石。リラックス効果があるそうなんです。」

不思議な顔をしていたのがバレたのか、ユキさんが説明してくれる。

「それを見たとき沖田さんの髪の色が思い浮かんだんです。沖田さんいつも頑張ってらっしゃるので、石の効果もピッタリだなって思って。」

アクセサリーとかは仕事上つけることが出来ねえ。その辺りも考慮してくれたんだろう。そんな些細な気遣いが嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとうございやす…。」

後で早速携帯につけよう。そう決めてお礼を言うと、ユキさんはほっとしたような表情を浮かべて笑った。俺と一緒でユキさんも不安だったんだな、なんて思ったら嬉しくて再び微笑んだ。


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