高杉さんの場合


「ユキー!こっちっス!」

ブンブンと手を振るまた子ちゃんに手を振り返す。周りを見渡せば枝垂れ梅が咲き乱れている。少し前をゆっくりと歩く高杉さんもそっと空を見上げていた。

事の発端は数日前。いつもの帰り道に万斉さんに出会った。いや、たぶん待ち伏せされてたんだろうけど。周りにあんまり人通りなかったもん。



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「ユキ」
「…あ、万斉さん。こんばんは。」
「久しぶりでござるな。寂しかったであろう?」
「お久しぶりです。皆さんまた江戸に?」
「無視か、まあいい。今回は個人的な仕事があったのだ。晋助達が来るのは週明けでござる。」

あ、来るんだ。いや別に来たからって何する訳でもないけど。強いて言うなら冷蔵庫の中身の強化だけど。

「晋助達が来たら花見をするでござるよ。」
「花見?え、まだ桜には早いんじゃ…」
「うむ。しかし見るのは桜ではない。取り敢えず今から下見に行ってくるでござるよ。」
「は、はあ。」
「木曜日空けておくでござるよ。晋助が昼過ぎに迎えに行く。」



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万斉さんの宣言通り昼過ぎに家へとやってきた高杉さん。そのまま部下の人の運転する車に乗せられて連れてこられたのは、枝垂れ梅が大量に生えている場所。その光景に足を止め、魅入った。少し先で高杉さんが振り返って待っていてくれたのに気がついて急いで足を動かすと、高杉さんはククッと喉を鳴らした。

そして、文頭に戻る。
持ってきたお酒をオカン…武市さんに差し出した。

「武市さん、これお土産です。」
「おや鬼嫁。ありがとうございますユキさん。」
「ユキ此処座るっス!」
「いや、こっちに来るでござる。」
「え?」
「万斉先輩の隣は危険っスよ。ユキこっちっス!」
「来島も強引でござるな。ユキは此処と決まっているでござるよ。」
「決まってないっス!」

ど、どうすればいいんだ?私にツッコミなんて高等技術は備わってないよ。武市さんは我関せずで小皿やグラスを用意してるし。困って視線を彷徨かせていると、高杉さんが溜め息を吐いた。

「…ユキ」
「あ、はい。」
「こっち来い。」
「「…」」

途端に黙る二人に思わず笑って。始まった五人だけの宴会はとても贅沢なもので。
始めはわいわいと。途中からはまた子ちゃんが歌を歌い始めて。武市さんは大江戸青少年健全育成条例改正案反対と主張をしてまた子ちゃんに撃たれて。万斉さんはお通ちゃんの歌を勧めてきて。

「ユキ」

そんな光景を笑って見ていると、高杉さんが耳元で名前を呼んだ。視線で来いと言われて、慌てて後を追いかける。少し離れた場所で立ち止まった高杉さんは見上げて煙管をふかした。
私達が離れたのに気づいていないのか、相変わらずまた子ちゃんの声と銃声が聞こえてくる。近くの枝に手を伸ばして触れてみる。

「今日はありがとうございます。こんなに沢山の枝垂れ梅、初めて見ました。」
「ああ。」
「お弁当もすっかりご馳走になってしまって。」

私が用意したのはお酒だけ。あとは全部高杉さん達が用意してくれたものだ。鬼兵隊幹部の宴会にすっかりお邪魔してしまった。

「オメェ、今日が何の日か全く覚えてねぇな?」
「へ?」
「はあ…」

な、なんすかその溜め息。呆れてるんですか。えーと、3月の今日は…14日。……あ。

「ホワイトデー…?」
「ああ。」

いやだってバレンタインほど重要じゃないというか。上司とかだと見返りもあんまり求めてないし。
高杉さんはフッと口元を緩めて近付いてきた。見上げていると高杉さんは目を細める。右手で私の頭撫で、すっと頭に何かを差した。

「…?」
「この間の礼だ。」

そっと触れると装飾のない、手触りのよい簪が刺さっていて。
満足そうに数度頷いた高杉さんに自然と笑みが浮かび、お礼を言った。




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