斑の場合


学校から帰ってきた夏目が、思い出したように言った。

「そういえば、もうすぐホワイトデーか。」
「なんだーそれは。うまいのか?」
「食べ物じゃないよ先生。ほら、先月バレンタインデーにチョコレート貰っただろ?」
「あぁ、そういえば貰ったな。」
「くれた人にお返しをする日の事をホワイトデーっていうんだ。」
「ほう?」
「だから、先生もお返ししなきゃ駄目だぞ。」
「なんだと!?」

人の子は面倒だな。けれどふとユキの顔が浮かんで。

「…で?何をするものなのだ?」
「俺もあんまり貰ったことが無いから分かんないけど…。一般的にはクッキーとかマシュマロとかをお返しにあげるんだ。」
「随分と曖昧だな。」
「他には花をあげたり食事行ったりだな。特に決まりがあるわけじゃあないんだ。」
「ほお。」
「感謝の気持ちが伝わればいいんだよ。」
「ふむ…。」

クッキーやらマシュマロやらは恐らく夏目がやるんだろう。私では買うことも作ることも出来んから他のモノにするべきであろう。花、か。そういえばこの時期は…。



────

当日─…

「あれ斑?どうしたの大きくなっちゃって。」
「乗れ。」
「どこか行くの?」
「うむ。まあ、見てからのお楽しみだ。行くぞ。」
「はーい」

ユキを背中に乗せやってきたのは大きな桜が一本ある丘の上。辺鄙な場所にあるため、人間はほとんど訪れない。更に空気が澄んでいて、低級の妖はあまり近付かない穴場だ。

「わ…」
「ここの桜はどの桜よりも早く咲くのだ。お前は見たことがないだろうと思ってな。」
「うん…」

まだ世間では桜は咲き始めたばかり。けれど此処の桜は既に満開。
近くに寄り、地面に伏せる。するとユキも顔の近くにちょこんと腰掛けた。はらはらと風に舞いながら散る桜に目を細める。

「…綺麗」

髪を抑えながら桜を眺めるユキは穏やかに微笑んでいる。暫くの穏やかな時間の後、くるっとユキが振り向いた。

「こんなに綺麗な桜なら、お弁当持ってくればよかったね。」
「酒もな。」
「ふふ、いいねぇ。」
「夏目は未成年だと言って呑まんぞ。」
「内緒ね。」

よしよしと鼻を撫でられて目を閉じる。花の香りに紛れてユキの香りがして、いつになく穏やかな気持ちになる。ユキが私にもたれ掛かった。

「…また連れてきてやる。」
「ホント?」
「ああ。」
「じゃあお弁当頑張るね。」
「…ああ。」

幾度と訪れる季節に、不確かな約束。それでも、少しでもこのトキが続けばいいと柄にもなく思いながらそっとユキにすり寄った。



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