総悟くん
急遽とっつぁんの命令で一番隊を引き連れてお偉いさんの護衛任務に行くことになったのが一週間前。
捕らえた攘夷志士共は随分と小者で被害も特になかったのだが、細々とした処理やお偉いさんの相手、長い移動時間で精神的にも肉体的にも疲れていた。
「あー…」
「今回は疲れたなぁ。」
「全くだ。とっつぁんも突然言うもんだから人が悪ぃや。」
「違ぇねぇ!俺今年こそバレンタインは彼女と過ごすって決めて、副長に有給願い出してたのによぉ!」
「ギャハハハ!それはご愁傷様だな!」
大の男が四人乗ったパトカーは冬なのに暑苦しい事この上ないが、盛り上がる隊士に被っていたアイマスクを押し上げて尋ねる。なんか聞き捨てならない台詞が聞こえたんだが。
「…バレンタイン?」
「そうっすよぉ!今日じゃねぇですか!」
その言葉を聞いて急いで携帯電話を開く。画面には確かに2月14日と記されていた。時間を見れば甘味処はとっくに閉まっている時間で、思わず溜め息を吐いてうなだれる。
「あー…やっちまった…」
いや、前述の通り突然の任務があった為、今年の俺は去年のようにチョコの用意なんて出来ていないのだ。手ぶらでユキさんに会いにいくなんて、図々しく欲しいって言ってるようなものだから逆に良かったのかもしれない。というかそう考えないとやってらんねぇ。…欲しかったですねィユキさんのチョコ…。
「もう帰って色々してたら日付変わりそうっすね。」
「マジでか。彼女にメールしとかなきゃ。」
「どうせまた振られるって!」
「うるっせぇよ!!」
見慣れた景色になった窓の外をぼんやりと眺める。ひんやり冷たい窓に額を付ければ段々と気持ちも落ち着いてきて。
報告して風呂入って寝て、明日は休みだから甘味処に行ってユキさんに会いに行こう。言い訳がましいかもしれないが、任務の事も軽く話題に盛り込んで。
そんな事をつらつらと考えていれば、窓の外には屯所の塀。流れる同じ景色に一瞬現れた人影に、思わず体を起こした。
「っ止めろィ!!」
「えっ!?あ、はい!!」
強く踏み込まれたブレーキ。扉を開ける際に先に帰ってろと言ってから車外に飛び出した。
────
「ユキさん!!」
腰の刀が揺れるのも構わずに元来た道を走る。車内から見た人影はやはり思い描いていた彼女で間違いなく、俺の姿を見た彼女は少し驚いた表情をしていた。
「沖田さん…?」
「こんな時間にこんな所でなにやってんですかィ!?」
此処は真選組屯所の近くだ。時間的に人通りなどは無く、住宅もないので明かりも殆ど無い。
…俺もよくユキさんだって気が付きいたな。ともかく、こんな時間に女一人で歩くには心許ない場所なのだ。
「屯所の近くっつっても女一人じゃ危険でさァ。送っていきやす、どこ行くつもりだったんですかィ?」
「えーと、あの…屯所に…。」
「え?」
屯所、と聞いて一番に思い付いたのが先程の会話。今日はバレンタイン、ということだ。誰か隊士に渡したい奴が居るのかと自然に眉間に皺が寄る。
「あ、の、この間隊士の方から一番隊の人達は出張だって聞いて…」
「…」
「今日の夜に帰ってくるって、今朝見回りに来た方がわざわざ教えて下さって…」
「…」
「ご迷惑かなって思ったんですけど、あの…」
これは、期待してもいいんですかねィ。ユキさんにわざわざそういう話をしたってことは、俺の今までの動向のどれかを目撃してる隊士ってことだ。雑誌を見ながらの馬鹿話なんて隊の枠なんか関係ねぇし、服とか選んだ時も違う隊の若い奴らを駆り出したしな。
顔を俯かせて意を決したように持っていた紙袋の紐を強く握り締めたユキさん。垣間見えた彼女の耳は暗がりでもわかるくらいに赤く染まっていて。
「沖田さんに…バレンタイン、です。」
「──…!」
差し出された紙袋に目を見張る。ドクドクと波打つ心臓の音がうるさい。
「…受け取って、貰えますか?」
少し不安気に首を傾げるユキさんに、俺も一度深呼吸をしてからそっと受け取る。その際取っ手を掴んでいた彼女の手に自身の手が触れて。
「〜っ!!」
離したいような離したくないような、そんな気持ちを味わいながら、俺も彼女に倣って勇気を振り絞る。
「あ…」
片方の手は紙袋を、もう片方の手は彼女の手をそっと握って。
「ありがとうございやす。凄く、嬉しいです。」
「…」
パッと更に赤みが増した彼女の頬が愛おしくて。
「送っていきまさァ。」
気温の低い夜に彼女の手はひんやりと冷たかったけれど、俺の為だと思うと頬が緩む。俺の手から体温が少しでも移るようにと角度を少し変えて握り直せば、彼女もそっと握り返してくれた。
絶対顔が赤くなっているだろう事を考え、今日ばかりはこの辺りの明かりの少なさに感謝した。
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