おもいでのかおり


夏が近づくと蘇る記憶。
毎年、それに懐かしさと少しの切なさを感じながら、やり過ごす。
だけど今年はいつの間に学校へと足を運んでしまっていた。

「相変わらず豪華な…」

触れたフェンスは夜露で濡れていた。
それにあの頃と同じように手を掛けて広いテニスコートを見る。
綺麗に整備されたコートは思い出を一気に蘇らせる。

広いコートを狭く感じさせるくらい走り回ってた彼の姿が浮かぶ。

「菜々…?」

突然の声にフェンスを揺らすくらいに驚く。
それは自分の名前を呼んだ声が、思い出の中心にいた人のものだったから。

「侑士…」

振り返るとコート脇には彼の姿。

「久しぶりやん」
「どぉして…?」
「仕事帰り」
「えっ?もしかして…」
「そや。今は氷帝で教師してんねん」

そう言って照れくさそうに笑った顔は昔のままだった。

「懐かしいな、この感じ」
「え…?」
「よく見に来てたやろ?」

彼は私の初恋の相手。
そしてそれを隠して一人のクラスメイトとして卒業した。

「どうしたん?」

侑士の長い指が頬に触れ、いつの間にか流れ出ていた涙をすくう。

「わか、んないっ」

頬に伝わる感触に涙が止まらなくなる。

「…じゃもっと、なんもわからへんようにしてええ?」

ゆっくり近づく唇を、私は息を止めて受け入れた。

2009/6/7

タイトル:確かに恋だった
おだやかでせつない恋だった10題 9. おもいでのかおり

/ main /


ALICE+