不覚にもときめいた


真っ赤な空とそれに飲み込まれていきそうな街。

その絵は全国の有名なナントカっていうコンクールで入賞したとかで美術室に飾られていた。
絵の下に貼られた紙にはパソコンで打ち出された字で名前があった。

【3年 成田菜々】

真っ赤な空には薄く月がのぼっていて、それは空に浮かんだ眼のようにこれから飲み込まれようとする街を見ているようだ。
無意識にその薄く淡い月に指を這わす。
額に入れてあるせいで、指先がひんやり冷たい。

「何か用?」

突然の呼びかけに驚き振り向くと、そこには成田の姿があった。
怪訝な顔。
それを見てとっさに絵に触れていた手をポケットに押し込めた。

「ちょっと…かくれんぼ」

成田は更に眉をしかめた。
遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえ、入り口から見えない机の下にもぐる。

「ちょっと、何なの!?」

腕の中にはとっさに引き寄せた成田。
事情を説明する間もなく、足音はこちらに向かってくる。

「はなっ!!」

反射的に成田の口を手で押さえる。

「静かに」

彼女にだけ聞こえる声量で言う。
すると腕の中から出ようとしていた成田はあきらめたように体の力を抜いた。

「いないじゃーん!」
「次行こ、次!!」

足音の主はピシャンと扉を閉めて走り去った。
溜め息をつく。
その俺を成田はじっと見上げた。

「あ、わり」

口を押さえていた手と体を抱え込んでいた腕を離すと…。

「どういうこと?」

隣から立たずに成田は問いかけてきた。
何とかごまかそうにもうまく言葉が出てこない。
俺を見る目があまりにもまっすぐで逃げられない。

「また、適当にしたんだ?」

イタズラっこのように、くすりと笑った。
派手な感じじゃなく、どちらかといえば地味。
クラスでも目立つ存在ではないけれど、嫌われるようなタイプでもない。
きっと誰に聞いても悪い印象はない。
成田はそんなタイプだ。
そんな成田からは想像できない表情だった。
どちらかといえば小悪魔のような笑い方。

「もっとうまくやらなきゃ」
「どういう風に?」
「さぁ?」

伸ばしかけた腕をするりと抜けて、自分の絵の前に立つ。

「もうあの子たちはここには来ないだろうから、逃げるなら今のうちよ」

そう言うと絵に視線を向けた。
絵に描かれた街は飲み込まれていきそうなんじゃない。
飲み込まれてしまうんだ。
真っ赤な空に。
なぜかそう思った。
とても強烈に。
そして成田もそんな風に何かを飲み込んでしまうほどのものを抱えている。

「ね、どうやんの?」

俺はそれに飲み込まれてみたいと思った。

2010/6/2

タイトル:確かに恋だった
僕だって恋くらいする10題 1. 不覚にもときめいた

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