普段と変わらない朝に、突然変化は訪れた。
ドアが開かれっぱなしの教室の中では、一人の女子を囲み大騒ぎしていた。
「おはよう、何?あれ」
先に着いていた英二に声をかける。
「菜々が転校するんだってさ。それも海外!」
その輪に目をやると、囲まれた少女が困ったように笑っていた。
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正直、あんなに騒がれるとは思ってなかった。
別れが悲しくなるから言いたくなくて、今日まで秘密にしていた。
でも、突然知った友達の気持ちを考えてなかった。
申し訳ない気持ちが込み上げくる。
感傷的になってるのは、この夕焼けのせいかな。
そんなことを考えながら外を眺めているとドアが開く音がした。
「遅くなってごめん」
いつもの落ち着いた声で彼は言う。
部活の練習を抜け出してきたのか、ユニフォームのままだった。
「大丈夫だよ、不二くん」
「最後の日に日直なんてめんどうだよね」
「まぁ、でも相手が不二くんでお得ですよ」
「それは光栄ですね。ありがと」
上品にクスクスと笑いながら、きれいな字で空欄を埋めていく。
ちゃんと不二くんと話したのは何度目だろう。
きっと両手でおさまるくらい。
学校のアイドルである彼と日直なんてファンに恨まれそう。
「あと、僕のコメントはここ?」
「あ、うん。お願い」
そう言って覗き込んだら、俯いてた不二くんの前髪に髪が触れた。
「わっ!ごめんっ!」
私は勢いよく離れ、前髪を押さえた。
クスクスと笑う口元を押さえていた手はゆっくりと私の前髪に触れた。
「僕も人のこと言えないけど、長いよね。前髪」
言葉を返せずいると、綺麗な手は私の視界を塞いだ。
「じゃ、これ提出しとくね。また機会があれば会いたいね、×さん」
瞳に光が戻ると不二くんは日誌を持ち、教室を出て行った。
教室には呆然とする私だけが残される。
視界を塞がれた時に唇に触れたもの。
優しく、一瞬だけ触れたもの。
それは彼の唇だった。
2006/10/30(2011/2/3 加筆)