消えぬ証を


雨が好きだと言った私を見て、彼はつまらなさそうに口元を引き上げた。
彼は雨だと必ずこの部屋にやって来る。
でも雨以外の日は来ない。
その理由を聞いても黙って答えてくれなかったけど、本当は聞かなくても知っている。

「今日は晴れてるのに珍しいね」
「邪魔か?」

大きく首を横に振る。
仁は煙を吐くと、その行方を追うように窓を見た。
窓の外からは賑やかな声がする。
部屋の窓から市営のテニスコートが見える。
晴れている日はいつも老若男女が集まってくる。
彼は急に立ち上がると窓際に立ち、空を見上げた。

「雨が降るぞ」
「え、ほんと?困る」

急いで立ち洗濯物を取り入れ始める背中に仁の気配を感じた。
鍛えられた腕が腰に回り、洗濯物を落としそうになる。
後ろをうかがうと彼の視線は今だにコートへ向けられていた。

「すればいいのに、テニス」
「許されない」

その声はいつもよりほんの少し低くて切なさを帯びていた。
誰も責めていないのに誰に許しを請うのか。
決して外されることのない視線は愛するかのように熱いのに。

「もう戻れない」

彼がもう一度空を見上げると、ポツポツと雨が降り出した。

「洗濯物、取り入れられないよ」
「わかってる」

そう返事をしながらも腰に回された腕は、さらに力が込められていく。
視界を奪うほどのスコールが彼の戒めを洗い流してくれればいいのに。
自分から離れることを決めたとしても、消えないものがあるのだと彼に教えてあげたい。
重ねた手が血の気を失うほど強く握り締められた。

2007/11/16(2011/2/16 加筆/タイトル変更)

タイトル:確かに恋だった
君シリーズ5題「君に、捧ぐ」 5. 消えぬ証を、

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