悲しい恋は、次の恋を幸せにしてくれる


(#1 新しい恋なんて欲しくなかった)


酷い言葉で罵れば、泣き喚いてやれば
この気持ちは消化出来たのだろうか。

そんな事を考えながら傾けたグラスには氷しか残ってなかった。
一人で飲むなんて寂し過ぎる。
そんな風に思っていたのは、いつだっただろうか。
小さいながらも訪れた社会の荒波は、そんな考えも飲み込んでいった。
いつからか一人で行動することに慣れ、それが私を「可愛くない女」にした。

「菜々さん、何か飲みますか?」
「お勧めで」
「かしこまりました」

そう言ってコースターにグラスを置くのと同時に渇いた音がした。
横目でその方向を見ると、泣く女とそれを座ったまま見る男。
いわゆる修羅場ってやつだとすぐわかる。
何かを言い残すと、女は走って店を出た。

「どうぞ」
「あ…ありがと」

差し出されたグラスで現実に引き戻される。
人のあんな光景をまじまじと見てしまった自分が情けない。
申し訳なさを感じながら飲んだお酒はいつもより苦い気がした。

あの女の人のように、自分の気持ちをぶつければ何か変わっていたのだろうか。

そんな事が頭を支配し、壊れたビデオのように同じ光景が再生される。
ひとつでも希望を見出そうとしているのか。
もう修復のしようがない事は本人である私が一番わかっているのに。

「失恋ですか?」

カウンター越しに聞こえた声に顔を上げると、少し困った笑顔を浮かべる青年がいた。

「わかる?」
「伊達にこうやって何年も見ていません」
「長太郎くんに見抜かれるとは、困ったなー」

彼は私がこのバーに通い出した頃に入ってきた大学生。
何かと趣味が合う彼にはよく話し相手になってもらっていた。

「悲しい時は甘いものですよ」

そう言って差し出されたのはホイップクリームがたっぷり乗ったシナモンケーキ。
サービスです、と言った彼の笑顔はまだ少年が抜けきってなかった。
ありがたく口に運ぶとシナモンの香りが口内に広がる。

「おいしー!メニューにないよね?もしかして…?」
「初挑戦で自信がなかったので、嬉しいです」
「うわー…役得かも」
「元気でます?」

屈んだ姿勢から向けられた上目遣いの笑顔は反則だと思った。
口に運んだフォークと共に頭を上下に振った。

「これで菜々さんを気兼ねなく誘えるわけですね」
「…え?」

私だけに聞こえる程度の声だったから、聞き逃したわけじゃない。
反射的に出たのだ。

「行きましょう」
「え?長太郎くん!?」

手早くタブリエを脱ぎ、バックヤードへと投げ込んだ。
その様子を眺めていると、手が差し出された。

「役不足かもしれませんが、気晴らしくらいにはなりますよ」

満面の笑みで私の荷物を持つ彼。
それに誰が逆らえただろうか。
差し出された手を取り、自分に言い聞かせる。
間違ってはだめ。勘違いしてはだめ。
もう、これ以上、痛い目にあうのはたくさんだ。


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