君に拒否権は、無い。


集中力に欠けた頭で仕事をしても片付かないことはわかっていた。
だから今夜は定時で切り上げて帰るつもりでいたのだ。
なのに終業間近に持ち込まれたトラブル。
泣きそうな顔をする後輩を見捨てられるわけでもなく、今に至る。

「何やってんの、アンタ」
「週明けのプレゼンの準備。任せた木村君がやっちゃってさ」

これからの残業に備えた夕食らしき袋をぶら下げて涼子が隣に立つ。
椅子を軋ませながら後ろに伸びると冷たい物が手に触れる。
涼子はおすそ分け、とおにぎりを頬張りながら言った。

「で、当の本人は?」
「結婚を前提にした彼女とデートに行きましたっ」
「はぁ!?なんっじゃそりゃ」

私が言いたいくらいだ。
仕事で行けないと断らせようとした時に目に入った可愛らしいブルーの袋。
次の瞬間、帰らせてしまっていた。

「菜々はどうなのよ。年下の彼氏」
「聞き分けのいい子よ」

まるで私のほうが子供なくらいに。
今日は会えないってメールしても返事は『わかりました』と。
絶対に駄々をこねることもない。
閉じて机に置かれた携帯がそれ以来鳴ることもない。

「浮気でもしてるんじゃない?」
「むしろしてくれてた方が罪悪感を感じなくて済むよ」

私の勝手で会う日を決め、突然のキャンセル。
どれだけ仕事に理解があると云っても申し訳なさは常につきまとっている。
行くと約束していた大学生最後の大会だって結局仕事で行けなかった。

「たまには人に仕事押し付けて帰ってみれば?」
「気になってデートどころじゃないって。まずは後輩育成からだねー」

一気に飲み干すとコーヒー独特の苦みが口内に広がる。
引き出しに忍ばせてあったガムを口に含むと再びパソコンに向かう。
まだ先は長そうだ。


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