あのひのやくそく


いつから気付いてしまったのか。
知らないふりをすることも出来たけどそれをしなかったのはきっと優しさじゃない。
深く傷つくことから逃げたかったんだ。
それほどに大切な人だったから。

「本気で言ってんの?」

今にも泣いてしまいそうな瞳を見られたくなくてそらしたのは、この場では質問に肯定したことと同じ意味を持っていた。
深く息を吐くのを耳で感じ、ぐっと息をこらえた。
不器用な私たちはこうすることでしかお互いを守れない。
それをうすうす感じているのか彼はそれ以上距離を縮めることをしなかった。

「俺、明日から友達になるとか、そんな器用じゃないから」
「知ってるよ」

精一杯いつも通りのつもりで出した声はやっぱり上ずっていて。
赤也はそれに苛立ったのか近くにあった机を力任せに蹴り倒した。
少しでも視線をそらしたくて赤也の足元を見ていた目を机の上のマフラーへと移動させた。
そのマフラーは付き合って初めてのクリスマスにあげたものだ。

「ごめん、それでも…」
「もういい。今は何も聞きたくない」

何の感情もこもっていない赤也の声は恐ろしく冷たかった。
次の瞬間、顔を上げるともう教室の出口にいて、ドアに手をかけて止まっていた。

「あの約束は、嘘になるんだな」
「それは…!!」
「うわべの言葉とかいりませんから、先輩」

持っていたマフラーをゴミ箱へ投げ込むとドアを開けて出て行った。
全身の力が抜けて椅子に座り込むと同時に涙が溢れた。

その約束を守るための別れだと言えば納得してくれたのだろうか。
窓の外を見るとテニスコートに掲げられた「全国制覇」の文字が滲んで見える。
それに捕らわれ過ぎているのは私だけではないはず。
そして何かと両立させながら成し遂げられるほど容易なことでも、それが出来るほど大人でもない。

きっと忘れることなんて出来ない。
果たされない約束を守ることはたやすいことではないけれど。
それでも私は願わずにはいられない。
たとえ彼がそばから離れてしまっても。

2008/12/16

タイトル:確かに恋だった
おだやかでせつない恋だった10題 5. あのひのやくそく

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