何が欲しいのか、言って。


「忍足くんと別れたって本当!?」

今日何度目がわからない質問に頷くと、名前も知らない女の子は嬉しそうな顔を必死に隠して走り去った。
初雪が降る帰り道に別れを告げた。
それは望んでいた事だけど本心ではなくて。
翌日に改めて現実を突き付けられて、いつまでも温まらない身体がひどく痛んだ。

「つらいわね、お互い」

女子テニス部の部長が私の背中をカウントに合わせながら押す。
呟かれた言葉は私にだけ届いた。
隣に面する男子テニス部のコートを違う人を追って見ていたのを、互いに気付いたのは真夏だった。

「お耳に届いてましたか」
「私のクラスでも大騒ぎだったもの」

自嘲気味に笑った私を部長は手を引いて立たせた。
代わりに座った彼女の背中を同じように押す。

「本当の望みなんて言えないよね、彼らには」
「望んで言ったんです」
「でも一番の望みじゃないでしょ?」
「そうかもしれないですね」

完全に認めなかったのは意地かもしれない。
でも私も彼女もわかっていた。
見えなかったけど困ったように笑ったのが、わかった。


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連日続く呼び出しにいい加減飽き飽きした。
別れて数日で付き合うような奴がいいのか。
無神経な行動だなんて思うのは、偽りの恋人同士だった俺には虫がよすぎるのだろうか。
逃げ出してきた裏庭は溶けてない雪があるくらい寒かったけど、逃げ場には都合よかった。

「返事は今すぐじゃなくていいんだ」

なら言うな、なんて思いながら耳を立てて聞こえてきた声は聞き慣れたものだった。

「今もこれからも無理なの」

声の主は菜々だ。
久しぶりに聞いた声は風邪でもひいてるかのように、くぐもっていた。
飛び出して行った男の背中を見送り、菜々のそばへ歩いた。

「相変わらずモテるんやね」
「忍足ほどじゃない」

俺の姿に驚きながらも話す菜々はすぐに背を向けた。

「泣いてるん?」
「違うわよっ」
「嘘ばっか。こうなるってわかって別れる言うたんやろ?」
「そうだよ」

まだ戻らない声で話す菜々の顔を覗き込む。
それから逃げるように再び背を向けると深く息を吐いた。

「そんな辛いんやったら一緒におったらよかってん」
「無理だよ」
「好きな奴でも出来た?」

沈黙が肯定だと言っている。
相変わらず嘘をつけない性格だ。
その素直さに少し笑いが漏れそうになる。

「やっぱりそばに居ときや?」
「だから無理」
「俺は菜々やないとアカンねん」

触れた細い肩が揺れる。
それにたまらず抱き寄せると腕の中で身体が強張った。
あの初雪の日から空いた隣の淋しさが何なのか考えていた。
一緒に居た時が長すぎたからだ、とか思ったけど違う。
二年の時に菜々を選んで偽りの恋人を演じて欲しいと言った頃から、思いは募っていたんだ。

「ホンマの彼女としてそばに居て?」

身体に入っていた力が緩んだ。
菜々が何を思っているかわからないほどバカじゃない。
沈黙は肯定なのだ。

「欲しい物は言わな手に入らへんよ」

鳴り響くチャイムを無視して腕に力を込める。
手に落ちた涙の意味は、この後に極上の甘い言葉で知らされることになる。

2007/9/30(2012/5/6 加筆)

タイトル:+DRAGON+BLUE+

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