真ん丸のお月様に綺麗な桜。
気温も春らしくなってきた素敵な今夜なのに、なんでこんなことになったのか。
私は隣を歩く彼の横顔を盗み見た。
頭ひとつ分以上の高い位置から彼は柔らかく笑う。
「本当に楽しかったね」
何度目かわからない台詞。
それに彼はそうだねと頷く。
何か話さないとって思いながら歩いていたら、足元がぐらついてしまった。
「大丈夫?」
「あ、うん」
差し出された腕に、咄嗟に捕まってしまう。
しまった、と思ったのは後の祭だった。
幾つかの大学と合同で行われたブラスバンドサークルのお花見。
それに参加したところ彼を見つけた。
高校の卒業式の日、もう二度と会うことはないと思っていたのに。
その帰り道、偶然にも下宿先が近い私を送ると申し出てくれたのを私は断ることが出来なかった。
ずっと彼が忘れられなかった。
「ハイペースに呑むからだよ」
「鳳くんもいっぱい呑んでたじゃない」
「お酒は強い家系なんだ」
そう笑いながら彼は捕まった腕から手を取ると強く握った。
体が熱いのはお酒だけのせいじゃなくなる。
「大丈夫だから」
「念のためにね。ケガされても困るし」
引いた手を強く握り返されて抵抗出来なくなる。
もう何が何だかわからなくなってしまう。
「本当は…嘘なんだよ」
「え?」
突然の言葉に問い返すと、とても優しく笑った。
恥ずかしくて目を反らしたい反面、笑顔がとても綺麗で魅入ってしまう。
「逆方向」
「え?」
「住んでる場所」
アルコールのせいで回りが鈍い頭を必死に使い、言葉の意味を追う。
そうしていると腕を軽く引かれ、力の向く方向に倒れかける。
その先には彼の胸板があり、私はそこへ抱き寄せられた。
「送り狼になりそう」
その声はとても甘くて、全ての思考を停止させてしまう。
硬直してしまった私はやっとの思いで見上げた顔を見て、後悔した。
そんな瞳で見られたら振り払うことも出来ない。
私は体を委ねることしか出来ず、耳に響く鼓動を聴いていた。
空に輝く月も、舞う桜も。
何も見えない。
2008/4/3(2012/5/6 加筆)
もずく様からのリクエスト。