反論さえ呑み込んで


朝から戦争のよう。
いつもより気合いの入ったブローとメイク。
可愛くラッピングされたチョコ。
それを受け取るアイツの笑顔は極上。
教室には朝から甘ったるい匂いが充満してて胃がむかつきそうだった。

「菜々は?」
「は?」
「散々、世話かけといてなしなんてことはないよね?」
「あれだけもらえば充分でしょ」

私が指した先には袋から溢れんばかりのチョコの山。
まだ足りないのか、と悪態をつきながらペンを滑らせる。

「ほら、今も」

綺麗な顔には似合わない傷だらけの大きな手がノートを叩く。
確かに課題が出るたびにノートを借りてるけどさ。
そのたびに昼食を奢ってるのを忘れたか。
それを言おうと口を開けたときに遠慮がちに教室の扉が開いた。

「ご所望のものが来ましたよ」

はは、と笑うと椅子から立ち上がりドアへ向かった。
確か彼女は今年のミスコンで優勝した人。
さすがと言うべきかちらっと見えた手作りのチョコはセンスの良い色合いで、きっと中に入ってるものも美味しいんだろうな。
そんな後じゃますます渡せない。
鞄に入ってるものは自分で食べてしまおう。
幸村は軽く手を上げて彼女を見送るとそれを持ったまま隣の席に座った。

「すごい人からもらったね」
「去年は仁王だったよ」
「へー」
「それで菜々は?」
「ない」

可愛いげがないなと思いながらも、お菓子会社の陰謀なんかに屈しないわよ、と付け足す。
それを幸村はふーんと流した。
沈黙の中で俯きノートを写していると頬にサラリと髪が触れる。
自分の髪じゃない感触に身動きが取れずにいると、耳元で短い息遣いがした。

「私です、なんてのも受付中」
「っ、幸村!」

勢いよく肩を掴んで押しやると幸村はクスクスと笑った。
なんて声で言うんだ。
普段から落ち着いた優しい声だとは思っていたけど、始めて聞いた。
耳の奥にまだ残ってるみたい。
まだ写し終わっていないノートを閉じて幸村に押し付ける。

「ばっかじゃないのっ」

精一杯の言葉を吐いて、鞄を持って立ち上がる。
笑う幸村の前を通ろうとしたときに体が動かなくなり、背中が冷たい壁に付いた。

「離してよ」
「知ってるんだよね」
「何をよ」

声が震える。
強く握られた肩が少し痛んだ。
優しく笑う顔が怖い。
引き離そうと掴んだ腕はびくともしない。

「一番近くにいるからって甘んじてたのかな」

肩から離れた手は、腕を掴んでいた私の手に優しく触れた。
見上げた顔がとても切なくて胸が痛んだ。
幸村は自分のノートを机に置くと大きなテニスバックを抱えて教室を出た。
あんな顔は見たことない。
私は鞄の中から紙袋を取り出し彼を追った。
二つ隣のクラスくらいまで歩いていた幸村の名前を呼ぶと振り返らずに足だけを止めた。

「返品不可!救急車のお世話になったって責任とらないからね!」

そう言って力いっぱい投げた。
でもそれは届かなくて数歩後ろに落ちる。
こんな時にまでノーコンが出なくていいのに。
取りに行けずにいると幸村が振り返りそれを拾った。

「食べ物を投げない」
「は、はい」

諭すような言い方につい返事をしてしまった。
顔を上げた幸村は不敵な笑みを浮かべていて、無意識に一歩下がってしまう。

「覚悟しといてね」
「え?」
「僕をこんな手段を取らせたんだから」

幸村の満面の笑みに力無くへらっと笑う。
悪寒が走ったような気がしたのは気のせいだろうか。
再び歩き出した背中を見ながら私は呆然と立ち尽くした。

男の子にとっても今日は戦争なのかもしれない。
それは手段を選ばないほどに。

2008/2/3(2012/5/6 加筆)
2008年バレンタインデー企画

タイトル:確かに恋だった
熱く甘いキスを5題 2. 反論さえ呑み込んで

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