甘い熱だけ残して


「今年は義理はナシね」

2月の始め。
雪のせいで練習がなくなって珍しくレギュラー陣でスタバに行った日。
菜々先輩が言った一言。

「菜々にもついに本命が出来たかな」

部長がポツリと呟いた。
毎年食べ切れないほど貰ってるから一個くらい減ってもいい、むしろ好都合だと思った。
なのに、こんなに気持ちが落ち着かなくなるなんて思わなかった。
当日となると朝から不機嫌だった。
意味のわからない感情のせいで、心が制御出来なくなりそうで、それがまた苛立たせる。

「いらねぇ。受け取っても捨てるから」

そんな時に嬉々として寄って来られるのはウザくて、受け取る気にもなれない。
朝来たときに机の上に置いてあった物も全部捨てた。
クラスの奴からは最低呼ばわりされたけど。

「あーかやっ」

昼休み。
屋上で寝転んでると薄いピンクのマフラーをした菜々先輩が現れた。
隣に座ると面白いものを見つけたように話し始めた。

「全面受取拒否らしいじゃん」
「誰に聞いたんッスか」
「ブン太。もったいねーって嘆いてたよ」

きっと丸井先輩は無邪気そうな笑顔を振り撒いて受け取ってるんだろう。
年中お菓子を貰ってるくせに、何が違うっていうんだよ。
ただ、今日がバレンタインってだけじゃないか。

「本命待ちってところ?」
「なんすかそれ」
「本命しか受け取らないのかなと思って」
「菜々先輩こそどうなんですか?」

マフラーに口を寄せて、ふっと笑った。
いつもと同じようだけど、違う。
すごく優しく笑った。

「3月には卒業だからさ。後悔はしたくないんだ」

そう言って立ち上がり砂を払う。
どんな顔をして言うのか。
気になったけど見れなかった。
なんて情けない。
そう思ってると寝転がった腹筋辺りに小さな重みが落ちてきた。

「捨ててもいいよ。渡したいだけだから」

驚いて体を起こすと真っ赤な袋が転がった。
顔を上げるといつものように菜々先輩が笑っていた。
マフラーを揺らしながらドアへと歩き出す。
苛立ちはいつの間にか消え、違う気持ちが胸を支配し始める。

「今年は本命だけなんだ」

閉まりかけたドアから顔を覗かせ言う。
軽く手を振ってドアを閉めるのと同時に立ち上がった。
ニヤつく顔を必死に抑えながら後を追った。
返事は一ヶ月後なんて待っていられない。
欲しいものは、すぐに手に入れたい。
とりあえず後を追って宣言してやる。
「今年は本命からしか受け取らない」って。

2008/2/??(2012/5/6 加筆)
2008年バレンタインデー企画

タイトル:確かに恋だった
熱く甘いキスを5題 5. 甘い熱だけ残して

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