ふたりきりだから


「いつまでかかってんのよ」

ボールペンで机を叩く音が余計に苛立たせる。
私の言葉に反して一向にペンが進む気配はなく残り三行はまだ空いたままだ。

「そう言わずに。もーちょっと」

そう言って笑う。
きっと他の女の子なら仕方ないなーって甘えた声で許すんだろうけど。
自分で嫌になるくらいひねくれてる私はそんなこと絶対にしない。

「さっきも聞いた。いい加減、先に帰る」
「だーめ」
「何なのよ、一体」

立ち上がるために机についた腕を掴まれ、強引に椅子に座らされる。
思いっきり睨んでも動じる気配はなく、逆に笑顔を返される。

苦手だ。

何もかもが苦手だった。
オレンジに染められた髪も、女好きなところも、だけどテニスだけは真剣で本当はすっごく負けず嫌いなくせに負けてもヘラヘラとしてるところも。
そして。

「せっかくふたりっきりになれたんだもん」

簡単にこういう事が言えてしまうところも。
その言葉ひとつがどれだけ私の心を揺るがす力を持っているのか彼は知らない。

「ちゅーしよっか」
「きもい。帰る。お疲れ。」

…もうしばらく知ってほしくもないけど。
今度は阻止されることなく立ち上がることができたけれど、次は進むことが許されなかった。

「んじゃ秘密バラすよ」
「あなたと違ってバラされて困る秘密はないですけど」
「僕もないですけど」
「嘘ばっかり」

「知ってるよ、俺」

とても真剣な目で、聞いたことないトーンで話すから返す言葉を失った。
そんな私を見て子供のように楽しそうに笑う。
そして遂に私が恐れていた言葉を吐いた。

「いつも見てるくせに、二人になると絶対に目を合わせない。つまり…僕のこと、好きでしょ」

息が止まった。
いや、止められた。
ゆっくりと近寄る唇を避けることが出来ないほど体が凍り付いていた。
それじゃ誰でもわかってしまうってわかっていたけれど。

「ごちそうさま」

そう言って去る後姿すら見ることが出来ない。
手の甲で拭った唇は今までにないくらい熱かった。

2009/1/25

タイトル:確かに恋だった
おだやかでせつない恋だった10題 6. ふたりきりだから

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