ことばがたりない


人はどれだけ取り繕っても噂が大好きで、それが他人の不幸なら蜜の味とまで言う。

「こっちも盛大に賑わってんなぁ」

件の人である俺は、その様子がとても滑稽に感じた。
テニスコートの端で準備運動をしながら、フェンスに群がる女生徒を一瞥する。
普段から静かとはいえないコートの周りだったけれど、今日は一段とうるさい気がする。

「おー赤也。噂は聞いてるぜ?」

丸井先輩がニヤニヤとしながら肩を叩いてくる。
それに反応することがうっとおしくて、適当に返事すると腕が首にかかる。

「だから言っただろ?隠してるつもりでもバレるって」

それは昨日のことだった。
部活が早めに終わって帰ろうとした時に声をかけられた。
ちょっと厚めの唇が色っぽいって男の中で評判の7組の女。

まっすぐ帰る気じゃなかったからちょうどいいって思った。
一緒にいた丸井先輩には窘められたけど。
まったく下心がなかった、といえば嘘になるけど、彼女とは健全に友達としてお別れした。

それを付き合ってる菜々が見ていたことを知ったのは今朝。
菜々がその事を切り出したのは、ちょうど校門に立つ生徒指導の教師が見えた時だった。

「マジで?」
「まじで。」

俺の反応を見て楽しそうに笑う菜々を見て、ひっかかった。

「…気にしねぇの?」
「気にしないよー。友達でしょ?」
「そう…だけど」

俺だったら嫉妬する。
絶対する。
菜々にもキレるし、相手の男に限っては何をするか想像もつかない。

「何にも思わねえってわけ?それって年上の余裕?」
「赤也?」

ズレてることはわかってた。
だけど俺ばっかりが好きなようで、俺ばっかりが余裕をなくしているようで、とても苛立った。

「もうお前のこと、わかんねぇよ。…疲れた」
「そっか。ごめんね」

そう言って走り去った。
菜々の背中を見ながら、舌打ちをした。

朝の生徒の多い時間帯の出来事だったので、それは一瞬で校内を駆け巡った。
クラスメイトに真偽を聞かれた菜々は、私は部活一筋だもん、と返事したそうだ。
それは別れを肯定したことになった。

「あ。」

ちょっと間抜けた丸井先輩の声に顔を上げると菜々がいて、誰かを探しているようだった。
ちょうど向かいから幸村部長が歩いてきて、菜々は笑顔を見せた。

心がざわつく。

二人は体育系部の代表で、今までもよくあった光景だった。
だけどいつもなら一番に俺に駆け寄ってきて「ゆっきーは?」って聞いてきた。

「気になりますか、元彼サン」
「うるさいです」

勢いよく腕を振り切ると、丸井先輩は楽しそうに笑った。

「俺、ねらっちゃおっかな」

その言葉に振り向くと、不敵に笑う部長がいた。

「そんな情けない顔する奴は立海のレギュラーにいらない」
「…なんすか、それ」
「優しい部長が菜々を追いかけるお許くれてるんだって」
「30分だけね。ついでに自主トレのメニュー追加」

ラケットを握る手に力が入る。
今更、と思った。

「赤也、思ってるより俺らだって大人じゃないよ」

たった数年だけど、されど数年。
その差は一生追い越せない。
それはいつしか俺を情けなく、後ろ向きにさせていた。

「大事な物を手放さないために言葉を選んでる場合?」

心に突き刺さった。
ずっと年下に、子供に見られないようにって突っ張ってきた。
それはいつしか気持ちを隠すことになって。
離れないための手段のせいで、離れてしまったら意味がない。

「スミマセン」

頭を下げてコートを飛び出た俺に、すれ違った真田副部長が何か言おうとしていた。
それをなだめる部長の声を聞いて、もう一度心の中で謝った。

2009/3/16

タイトル:確かに恋だった
おだやかでせつない恋だった10題 7. ことばがたりない

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