私には、物心がついたころから腐れ縁の幼なじみがいる。

三ツ谷隆は不良のくせに手芸部の部長をやっていて、手先が器用で料理が上手い。無駄に顔が良くて物腰も柔らかいので、不良では珍しく女子からの人気が高い。チートかよ、と私は内心思っているけれど、そんな私も例に漏れずこの男が好きなのだから困ってしまう。

同じ団地に住んでいて、お互い母子家庭で、お母さんが家にいることは少ない。だからいつも一緒に遊んだりご飯を食べたりしていた。

隣にいるのが普通すぎて、今更好きだと気づいたところで、私には可愛らしく接する方法すらもわからないのだ。


明日は私の弟の誕生日だけどママは相変わらず仕事で遅くなるらしく、さすがに拗ねてしまった弟のために三ツ谷が「内緒でケーキ作るか!」と提案をしてくれた。

私はいつも三ツ谷が作ってくれるものを食べるばかりでお菓子作りなんてしたことがない。それでも可愛い弟のために何か頑張りたくて、放課後の家庭科室を借りてケーキ作りを教えてもらっている。

練習用にワンサイズ小さいスポンジを焼いて、本番さながらに生クリームでデコレーションをしていく。つい楽しくなってしまって、気がつくと生クリームまみれの真っ白なケーキが完成していた。ふぅ…練習でよかった。


「やっぱ生クリームに砂糖入れすぎちゃったかも」

「まぁ初めてにしてはいい出来じゃん?」

「うん、ありがとねほんとに」

「気にすんなって、お前らは家族みたいなもんだし」


「家族みたいなもんだし」
今までだったら嬉しかっただろうそんな台詞も、三ツ谷のことが好きだと自覚してからは素直に喜べなくなってしまった。


「そういえばさ、」


完成した甘ったるいケーキを2人で食べている間だけでも余計なことは考えないようにしたくて、学校での他愛ない話へと無理やり話を変える。

友達と話したことや三ツ谷の手芸部の話、担任の先生が昨日着てた白Tシャツに「おしゃれ」と文字が書いてあったの面白かったよねって笑ったり。

三ツ谷は時々笑って私の話を聞きながら、マナちゃんのために作っている途中のテディベアにチクチクと針を刺して丁寧に縫い上げていく。

あ、そろそろクマちゃんの顔に取りかかるから真剣になるだろうな、なんて思いながらその器用な手先を見ているのが楽しい。


「そういえば佐々木って先輩と付き合い始めたんだろ?」

「そうそう〜もう毎日惚気られて大変だよ」

「はは、お前ら仲良いもんな」

「彼氏かぁ〜いいなぁ」

「なまえは彼氏できたらどんな感じなの?」

「えっ」


まさか三ツ谷からそんな質問をされるなんて思わなくて思わず面食らってしまうが、普段から三ツ谷に対してサバサバした態度で接することだけは染み付いているおかげで動揺は見せずに済んだ。


「…できたことないからわからないですね」

「ふーん。どんなことしたいとかあんの?」

「えー?普通に手繋いでデートしたり…とか?
あっ同じ学校だったらカーテンに隠れてキスするのとか、少女漫画の王道って感じで憧れるなぁ」

「ふーん」


人にちょっと恥ずかしいことを訊いておきながらあまりにも興味が無さそうに相槌をして作業を続ける三ツ谷に少しムッとするけど、集中しだすといつものことなので、気にしないふりで窓の外に目を向ける。

眼下の校庭に同じクラスの女子を見つけて、今日の休み時間のできごとを思い出した。


「女子何人かでさ、三ツ谷くんって絶対彼女にめちゃくちゃ優しくて甘いタイプだよね〜糖度高そう!って話してたの聞いちゃって。私にはそんな三ツ谷想像できなくて思わず笑っちゃった」


言いながらチラッと三ツ谷を見れば、真剣な顔でクマちゃんの目の位置を決めていた。真剣な顔がかっこいいなどとは、ちょっと伏し目がちな時の長い睫毛が堪らないなどとは、断じて思っていない。うん。


「俺そんなふうに思われてんだ」

「そうらしいよー。わかる〜!って盛り上がってたもん」

「へぇー」


時折ケーキを口に含みながらも目線はクマちゃんに向けたままで相変わらず適当な相槌を打つ三ツ谷にまたちょっとだけムッとしながら、
やっぱり糖度の高い三ツ谷なんて想像できないもんねーっと心の中だけで悪態をつきながら窓の外のグラウンドを眺める。


「見る目あるね、その子たち」

「は?」


どこが?って言いながら怪訝な顔で見てやろうと三ツ谷のいた方をバッと振り向くと、顔がぶつかりそうなくらいのドアップで、見慣れているはずの整った顔が飛び込んできた。

思わずびくっと肩が揺れて、心臓が痛いほど飛び跳ねる。

あまりの驚きに声も出せないまま固まっているとふわりとカーテンが舞って、唇に柔らかい感触と、生クリームの甘ったるさが充満した。

それがなんなのか脳が処理しきれないまま呆然としていると、目の前の不敵に笑う三ツ谷と目が合う。


「隠れてするキス、どうだった?」


三ツ谷から発せられた「キス」の2文字で、ようやく自分がキスされたのだと認識し、体中の体温が沸騰したように上がったのを感じる。

そんな私を見てくすくす笑いながら、なまえすきだよ、なんていつもよりも優しい声で言ってくる。


な、なにこれ、なにこの甘いの、すきってなに。


急な甘さに目が回りそうな私の後頭部に手を回して、額と額をくっつける。
視界が三ツ谷だけになって、いやでも目が合ってしまう。


「両思いかなって思ってるんだけど、違う?」


こんなの、ずるい。


「ち、がうくな、い…」

「な?見る目あるって言っただろ?」

「う、えぁ、ぅん」


ふはっ、ていつものくしゃっとした顔で笑った三ツ谷は悔しいけどかっこよくて、うわぁすきだなぁなんて思ってしまった。


「これからうんと甘やかすから、覚悟しろよ?なまえちゃん」


今にも唇が触れそうな距離で優しく意地悪に囁かれた宣戦布告に、既に白旗をあげたくなってしまう。

だって……三ツ谷隆がこんなに甘いだなんて、きいてないもん。




恋は砂糖でできている
(初恋の味は胸やけするほど甘い)

 
BACK
それではまた、違う世界線で。