「ペケJ〜鼻ちゅ〜♡」


そう言って我が家の愛猫とイチャイチャしているこいつは、同じクラスで俺の唯一のネコ友達のみょうじなまえだ。

1年の時から同じクラスで、入学してすぐくらいの時に学校の裏庭に迷い込んでいた猫と戯れているところを目撃されてから普通に話すようになった。

当時の俺はまだ場地さんに出会う前の世の中みんなつまんねーって思ってた時だったから、クラスの女子からは正直ビビられてたし一定の距離を置かれてたと思う。

でもこいつだけはそんな様子が一切なくて、一度だけ気になって「俺のこと怖くねぇの?」って聞いたことがあるが、

「こんなに猫にデレデレになれるやつに悪いやつはいないよ、多分」って笑顔で返されて、
「…多分かよ」なんて言って笑って誤魔化したけど、内心めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。

それからはずっと、こいつも家で猫を2匹飼っているから、よくどちらかの家に行っては猫を吸いながら漫画を読んで過ごすことが当たり前になっていた。

一緒にいると気が楽だし、俺より勉強ができるから俺がわからない部分を代わりに場地さんに教えてくれるし、親友ってこんな感じなのかなーって思う。

女子なんだけど、なんつーか男友達のような安心感や気楽さがあるんだよな。


でも俺は最近はちょっと悩んでいることがある。

俺の身体の様子がちょっと変というか。
みょうじが他の男子と仲良さそうにしていると無性にイライラしたり、満面の笑顔を向けられると頭に響くくらい心拍数が上がったりするんだ。

この現象は一体なんなんだ?
俺、なんかの病気なのかな。



身体の異変は気になりつつ今日も相変わらずの日々で、みょうじの家で2匹の猫と戯れながら少女漫画を読んでいる。

すると突然、ベッドの上で漫画を読んでいたみょうじが、「うわぁやばいこれはかっこよすぎる」と声を上げた。

なになに、って近寄って見せてもらうと、イケメンが座り込むヒロインを包み込むように壁ドンをしていた。
ひゃあ…イケメンてすげぇ…。

思わず俺までときめきそうになったが、ふと我に返るとイケメンのキャラにキャーキャー言っているみょうじにイラッとしてしまった。

なんだこれほんとに。
最近の俺やっぱ変だよな。


「あのさ、」
「ん?」
「俺以外の男と仲良くしてるの見てイライラしたり、笑ってくれたら心臓バクバクしだすのって、なんだと思う?どういう病気?」
「は…?」


みょうじは一瞬静止したあと、なに言ってんだこいつって全力で顔に書いてあるのがわかるくらいの怪訝な表情でこっちを見たかと思えば、


「松野って少女漫画とか読むくせにそういうの疎いよね」
「え、俺の病気と少女漫画になんの関係があんだよ」
「…ぶはっ、あんたほんと…」


まじで言ってんのって言いながら楽しそうに笑うみょうじを見ているとまた心拍数が上昇し始めた。
って、俺が病気かもしれねーってのに笑い事じゃねぇよ!

ひとしきり笑い終えたのか目尻を拭いながら、ふぅーっと息を吐いて、俺が手に持っている少女漫画を指差す。


「それはね、恋だよ松野くん」


そう言ったみょうじは真剣な表情…でもなく、いつもの揶揄っているときの表情でもない…気がする。

口元はいつもみたく笑っている感じだけど、でも全然いつもの笑顔じゃない。

何かが変で、「こい」という2文字よりもそっちが気になってしまった。


「その子が自分以外の人と仲良くしてると嫉妬しちゃったり、笑いかけてくれるだけできゅんとしてドキドキする…
まさに今あんたが読んでる少女漫画の主人公とおんなじじゃん」


彼女が指さす先にある、手元の少女漫画を見る。


「……こい…」
「…松野はその子のことが好きなんだよ」


こい……って恋?恋愛?LOVE?

恋という文字と、今までのこいつとの時間と、さっきの表情と、読んでた少女漫画の絵が、頭の中でぐるぐると回る。


「じゃあ俺、みょうじのことが好きってこと?」
「……」
「……」
「んぇ?なんて?」


今まで聞いたことないくらいの裏返った声で聞き返されると同時に、彼女は抱えていたクッションごと壁まで後ずさった。


「お前が他の男と仲良さそうに話してたらすげーイライラするし、
たくさん笑ってくれたら嬉しいし、
ペケJと鼻チューしてるの見て羨ましかったりするのは、
お前のことが好きだからだったのか」


ふと彼女の方を見たら耳まで真っ赤にして固まっていて、それを見て初めて重大なことに気がついた。

…俺いま…盛大に告白したのでは…?

気づいた瞬間ぶわぁぁあっと体温が上がったのを感じる。まともにみょうじの顔を見られない。

俺の脳みそ!キャパオーバーしてんじゃねえ!なに口に出して情報整理してんだ!そしてこいつに訊いてどうする!俺のバカ!


「あ、っと、あれだ、その、」
「……私もすき」
「……」
「……」
「…ぁえ?」
「…聞こ…えた?」
「き、こえた…たぶん」
「ふはっ、多分かよぉ」


ふにゃりと笑った彼女は今ままでで1番可愛くて、女の子にしか見えなくて、何が男友達のような安心感だよと心の中で自分にツッコミを入れてしまった。

てか待って、これってりょ、両思いってやつですか?え、まじ?


「全然女子として見てくれないから諦めてたのに、ばか」


急な事態に浮き足立つ寸前だったけど、いつもみたいな軽口が聞こえて彼女に目線を向ける。

体育座りの体勢で、膝に乗せたクッションを抱えながら少し上目遣いで拗ねたような表情の彼女と目が合う。

か、かわいっ…むり。
え、みょうじってこんなに可愛かったっけ?

…いやちゃんと思い出したらめちゃくちゃ可愛いわ、俺ほんとにバカ。


「…ほんとすみません」
「罰としてちゃんと告って下さい、やり直し」
「うぇっ」


つい情けない声が出てしまったが、人生初の告白がこんなにもダサくていいのか、と自問自答する。

挽回するならここしかない、今まで読んできた少女漫画のイケメンを思い出せ。
俺ならできるぞ松野千冬!

立ち上がって、彼女のいるベッドに膝をかける。
そのまま近づいて、彼女の背後にある壁に両手をつくと、クッションをぎゅっと抱えた彼女がびっくりした顔で俺を見上げた。
その距離ほんの数センチ。


「好きだ、俺と付き合ってくれ」


先程の表情のままぶわーっと赤く染まっていく彼女に、俺もつられて顔が熱くなったのがわかって目を逸らしたくなる。

でもここで踏ん張るのが俺だ。視界に彼女しかいない程の近さにある大きな目をじっと見つめる。恥ずかしさで目眩がしそうだ。


「…やりすぎ、ばか」


真っ赤な顔のまま目を伏せたみょうじの明らかに強がりな台詞に、思わず吹き出してしまう。
あー、なんだよもう、俺めちゃくちゃこいつのこと好きじゃん。

なんだかふっと気が緩んで、恥ずかしさよりもふわふわとした幸せな気持ちでいっぱいになる。
膝立ちをやめて、体育座りの彼女ごと足の間に収めるように座る。


「許してくれた?」
「…うん」


シシッて笑って彼女を抱き締める。
俺の中にすっぽりと納まってなんだか悔しそうにしているみょうじが可愛くて愛しくて、あぁこれが恋か、なんて思いながらしみじみと幸せを噛み締める。

少女漫画みたいな甘いキスをするのは、もう少し先のお話。



それはね、恋だよ
(それは治ることのない甘い病)

 
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それではまた、違う世界線で。