武道くんが龍宮寺堅を救うべく、二度目のタイムリープで過去に戻った少し後のこと。

僕は現代で、個人的に東京卍會のことを調べながら、組対(そたい)の刑事としての仕事をこなしていた。

以前から僕たちの班が追っていた東京卍會の下部組織の新たな情報があり、連日の張り込みでほとんど寝ていない日が続いている。

刑事の基本は健康な身体なのに…食べ物が喉を通らず、眠気を覚ますためだけにコーヒーを啜っているこの状況は非常に不本意だ。


「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「え、あぁ…ありがとうございます。でもそろそろ行かないといけないので大丈夫です」
「あら、そうなんですね」
「これを飲み終わったら出るので、先にお会計をお願いします」


わかりました、と言って、店員の彼女は伝票を取りにカウンターへ戻っていった。

頭を空っぽにしたいときや気持ちをリフレッシュしたいときに時々来るこの喫茶店は、僕が子供の頃からここにある、コーヒーの香りと古い音楽がかかる古き良き喫茶店だ。

彼女は店主の孫でこの店のいわゆる看板娘。僕は会話をしたことは数回しかないが、常連のおじさん達には相当人気な様子だ。


「あの…刑事さん、なんですよね?」
「あ、えぇ。そうですが」
「やっぱり。相当お疲れな様子なので…
あまり無理しないでくださいね」
「えっ、あ…どうも。
お気遣い、ありがとうございます」
「ふふ、またお待ちしてますね!」


明るい笑顔で言う彼女に少しだけ面食らってしまう。
と…同時に、彼女が人気な理由がよくわかった。

それからというもの、無性に彼女のことが気になってしまい、仕事の合間を縫っては喫茶店に顔を出してしまう自分がいる。

僕らしくない…といえばらしくない。
こんな気持ちになったのも初めてだ。

それに、武道くんが命をかけて過去で闘っているというのに、こんなことに現を抜かしている場合じゃないことも重々承知している。だけど…


「あ、橘さん!こんにちは!」
「ど、どうも」
「むむ…」


渋い顔をして僕の顔をじっと覗き込むみょうじさん。

僕より背が低い彼女に見上げられている格好になるため、無意識だとは思うが上目遣いで見つめられている。男が上目遣いに弱いというのは本当なんだな…。


「な…なんですか…?」
「橘さん、また寝てないでしょう」
「えっ…」
「隈ができてますよ。
せっかくの男前が台無しです!」
「え…あー…、すみ、ません…?」
「ぷふっ、謝るところじゃないです」


面白いんだから〜ってケラケラと笑いながら席に案内してくれる彼女に、自分の口元も自然と緩んでいるのがわかる。

惹かれているんだ、彼女に。この僕が…。

恋愛なんて、僕の人生には無縁だと思っていたのに。
姉さんと武道くんを救うためだけに人生をかけると決めたのに。

それでも、この気持ちを誤魔化したくはないと思った。
彼女の笑顔を守ることも、僕の生きる意味にして良いだろうか。


「ん?私の顏に何かついてます?」
「あ、いえ…」
「えー、なんですか?」
「…あ、あの…今晩…」
「空いてます!」
「え、」
「空いて、ます。お店は16時までです」
「む、迎えに、きます…」
「…はい!」


彼女の勢いに助けられる形でデートにこぎつけ、そのまま僕たちは付き合い始めた。

昔読んでいたオカルト雑誌に初恋は叶わないというジンクスがあると書いてあるのをよく目にしたけど、あれは嘘かもしれないな。

初めて本気で惚れた相手とこんなにも急速に惹かれ合うことがあるなんて。


「直人〜!」
「そんなに叫ばなくても見えてますよ、なまえさん」
「いいじゃない、会えて嬉しいんだもん」
「まったく…あなたって人は」


武道くんごめんなさい。でも君も過去で姉さんといい思いしてますよね?少しだけ幸せを噛み締めさせてください。現代に戻ってきたら全力で協力しますので。

そんな懺悔をしつつ、仕事が立て込んでいる僕に合わせて彼女が自宅で料理を作ってくれる日々に幸せを噛み締めていた。

毎日のように家にお邪魔するのは申し訳ないが、僕の自宅に呼ぶ訳にはいかないんだ。

なにせ僕の部屋には仮死状態の武道くんが横たわっている。さすがの僕もその言い訳は何も思いつかない。

明日はオフなのでこのまま泊まることに決めて、食事をした後は一緒にお風呂に入り、キスをして、身体を重ねて、体温を感じながら眠りにつく。

ぐったりとして先に寝息を立て始めたなまえさんが寝言で僕の名前を呼んだ。


「ふっ、なんですか?なまえさん」


こんなに愛しい事があるだろうか。目の前の可愛らしい恋人の寝顔にキスを落とし、僕も眠りについた。

翌日、お昼頃から店に立つという彼女を見送り、武道くんの身体も心配なので僕は自宅へ戻ったのだが…戻ってきて正解だった。突然戻ってきたと思ったらいきなり長内に会いたいと…

僕をタクシーのように扱うことには苦言を呈したが、なまえさんと過ごす度に心の中で武道くんに謝っていた手前、無下にすることは出来ない。

長内に話を聞き、ミッションが明確になったことで武道くんはまた過去へ戻って行った。


そして数日後、突然、僕の記憶は上書きされた。武道くん…やったんですね!成し遂げたんですね…!

2人で姉さんに会いに行き、ぎごちない2人を残して仕事に戻る。全てがうまく運んだと思っていた。だが、姉はこの世界線でも殺されてしまった。

そして、僕はもう一人、大切な人を失っていた事に気づくんだ。

過去が変わり、現代が変わったことで、僕となまえさんは出会っていないことになっていた。

僕は全て覚えているのに、
彼女は、何も覚えていないんだ。

…でも今は、まずは武道くんを支えなくてはいけない。

大丈夫、なまえさんともう一度出会えばいいんだ。もう一度、初めから恋をすればいいんだ。
今度は彼女の勢いを借りずに格好良くデートに誘おう。


次のミッションが分かり武道くんがまた過去へ戻ったあと、僕は彼女と出会った喫茶店へ向かった。でもそこには彼女の姿はなく、昔からの店主が1人で店を営業していた。

お孫さんは?と尋ねると、自分でコーヒーショップを営んでいるとのこと。この世界のなまえさんは自分で店を持ったのか。

店の名前を聞いてその場所まで行ってみると、あの喫茶店と同じように、コーヒーの香りと古い音楽がかかる店があった。


「いらっしゃいませー!」


あぁ、あの声は、あの明るい笑顔は、間違いなくなまえさんだ。

思わず目頭が熱くなる。今すぐにでも抱きしめたい気持ちをグッとこらえて、もう一度、はじめましてと言おう。そう、思った時だった。


「……な、おと…?」
「え…?」


僕の名前を呼んだかと思えば、頭を抱えてその場に蹲ってしまった彼女を咄嗟に支える。

頭が痛いのか、両手で頭を押さえ、呼吸も荒い。
一体どうしたんだ。と、とりあえず救急車を…


「…な、おと、」
「っ!」


ど…どうして僕の名前が…?この世界線では僕達は出会っていないはずで、彼女の記憶に僕はいないはずなのに…。


「なまえ…さん…?僕がわかるんですか…?」
「直人…直人だ…っ、」


訳がわからない。でもなんでもいい、彼女が僕を覚えている。
泣き出してしまった彼女を強く抱き締め、 僕も静かに涙を流した。

たまたまお客さんのいない時間帯だったので店を一旦閉め、会えなかった時間のことを話し合った。

どうして出会っていないことになっているはずの彼女の記憶に、僕がいたのだろう。


「はっきりと、直人だってわかっていた訳じゃないの。でも、すごく大切な人と過ごしていたっていう記憶だけは明確にあって、断片的な…まるで画像みたいな記憶がいくつもあったの」


その状態で僕と再会した瞬間に、ぶわーっと映像が流れ込んできたらしい。頭を抱えて蹲ってしまったのはそのせいだった。


「…どういうことなんだ…。僕のトリガーとしての脳力が、一部だけなまえさんにも移ったとしか考えられない…」
「トリガーって?」


意を決して武道くんのこと、そしてタイムリープのことを話した。彼女は驚きつつも、この現象に納得がいったようで、話を全て信じてくれた。


「てことは…また過去が大きく変わったら、私は直人のことがわからなくなってしまうんだね…」
「その時はまたこうやって会いに来ますよ」
「ふふ、約束だよ」
「もちろんです」


離れていた時間を埋めるように、僕たちは愛し合った。何度もキスをして、何度も身体を重ねて、互いの体温を身体に刻んだ。

…いつ、記憶が書き換わってもいいように。
いつも「さよなら」を覚悟していた。


その後も過去が大きく変わる度に記憶が書き変わり、僕たちは離れ離れになった。

彼女の方はやはり僕ほどはハッキリと記憶が書き変わらないようで、再会をきっかけにして記憶を取り戻すの繰り返しだ。


「ねぇ…直人…」
「なんですか?」
「……もし、次に記憶が書き変わったときは、もう私を探さないで…」
「え…?」


大きな瞳に大粒の涙を溜めた彼女と目が合う。長い睫毛が伏せて、彼女の綺麗な肌を涙が伝う。


「…こわいの。もし書き変わった未来で、私たちが別の人の隣にいたら…。もし、あなたを思い出せなかったら…」


ぽろぽろと涙を零すなまえさんを優しく抱きしめる。

あぁ、こんなに愛しい人がいるだろうか。

こんなに、手離したくない人がいるだろうか。


「…馬鹿ですね」
「え…」


抱きしめていた腕を緩め、彼女と目を合わせる。
頬を伝う涙を指で拭って、そのまま頬に手を添えた。


「あなたが何度僕を忘れても、僕は必ずあなたを見つけ出します。そして、何度でもなまえさんに恋をしますよ」


目を丸くした彼女をふっと笑い、そのまま深くキスを落とした。愛を伝えるように、僕の全てを伝えるように。


「いいですか?僕は諦めが悪いんです」
「え…」
「あなたに何を言われようと、あなたの事を諦めることはありませんよ」
「直人…」
「なので、あなたは諦めて、何度でも僕に愛されてください」
「…ふはっ、めちゃくちゃなこと言ってる」


泣きながら、いつもの様にケラケラと笑う彼女に僕も笑って、目が合ったらキスをして、そして強く抱き締め合った。

僕たちは何があっても大丈夫だ。
僕があなたを諦めない限り、何度だって愛し合えるんだから。




何度だって恋をする
(君のいない未来など意味は無いんだ)

 
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それではまた、違う世界線で。