「なぁ、一二三」

「んー?」

「昨日と今日で、詩姫と連絡取ったか?」

「……もしかして、独歩も返事こない感じ…?」

「…まさか…お前もなのか…?」

「うわぁ〜まじかよ!電話もメッセージも返事ないどころか既読にもなんねーんだよなぁ…。
詩姫ちんが1日の間に1度も連絡してこないってだけでも珍しいのにさ!」

「さっき電話もしてみたんだが…電源が切れてたんだよ…。あの詩姫がだぞ…?」

「俺らと連絡絶つとかありえないっしょ。
…やっぱなんかあったんだよ、絶対!」

「やっぱりそうだよな…。
あぁぁ…詩姫に何かあったらどうしよう…」

「しっかりしろって独歩!
とりあえず家行くしかないっしょ!」

「…そ、そう、だな…!」

「…とはいえ、俺っちこれから仕事だしな…。
独歩、一人で大丈夫?」

「だ、大丈夫…!詩姫の事は任せろ…!」


そんな訳で、独歩は詩姫が一人暮らしをしているマンションまでやってきた。

詩姫の部屋のポストを見ると、手紙もチラシ類も明らかに溜まっていることがわかる。
詩姫は面倒くさがりだが、こういうものを放置するタイプではない。寧ろきっちり確認している方だ。

やはり何かあったのか…と思い、さすがに滅多に使う機会のない合鍵を握りしめ、緊張の面持ちでエントランスのドア前に立つ。

念のため…と部屋番号を押してインターホンを鳴らしてみるが、やはり応答は無い。


「…仕方ない、か…」


意を決してエントランスのパネルに合鍵を差し、マンションの中に入る。
エレベーターで4階まで上がり、詩姫の部屋の前に到着した。

合鍵で鍵を開けてドアノブに手をかける…。
少しだけドアを開くと、廊下は電気もついておらず真っ暗な事がわかった。

そしてもう少しドアを開いた時。


「…ヒッ、っ!?!?」


独歩の目に飛び込んできたのは、玄関の床に突っ伏した姿勢で転がっている詩姫の姿だった…。

あまりの驚きに声にならない悲鳴をあげ、脚から力が抜けてしまい、その場で座り込んでしまいそうになる。

震える足でなんとか力を振り絞って、とりあえず部屋の中に入った。


「……ししし、し、詩姫…?」


倒れる幼なじみに声をかけるが、やはり返事は無い。最悪の事態が頭に過り、どどどどどうしよう…と頭が真っ白になる独歩。


「ハッ…!し、しっかりしろ俺…!詩姫を助けないと…!と…とりあえず救急車……いや、まず詩姫の状態を確認しないと…!」


なんとか正気を保って突っ伏している詩姫に近づく。手首に触れると脈は感じたので、息はあるようだ。

とりあえず良かった…と少し落ち着きを取り戻し、今度は肩を揺らしながら「詩姫、詩姫!」と声をかけてみる。


「………んっ…」

「…っ!詩姫!大丈夫か!?」

「……ご…はん……」

「……ん…?え…?」

「ぐぅぅぅぅぅぅうううう」

「…………え?」


力なく呟いたかと思えば、直後に盛大に聞こえてきた詩姫のお腹の音。

そういえば3日前、最後に連絡を取った時に、繁忙期だとか眠たすぎるとか言っていたな…と思い出すと同時に、この状況に全て合点がいった独歩。


「…詩姫お前、さては食事も睡眠も削って仕事してたな…?」

「ぐぅぅぅぅぅぅうううう」

「はぁぁぁぁ……。
…まったくお前ってやつは…!!!」

「………ぐぅぅ…」

「(くそ…無事で良かったなんて言ってやらないからな…!)」


安心と怒りと呆れが同時に襲ってきて情緒が荒ぶる独歩がいくら怒ろうとため息をつこうと、突っ伏したままお腹の音を鳴らすだけで動くことすら出来なさそうな詩姫。

とりあえず抱きかかえて1Rの部屋に入り、ちゃんとベッドに寝かせる。
布団をかけてやると、詩姫が薄らと目を開けて「あれ…独歩…?」と寝ぼけた様子で呟いてまた目を瞑った。


「……まったく…。どうしてお前はそんなになるまで無理しちゃうんだよ…」


詩姫の前髪を触りつつ、再び眠りについたことを確認して、独歩は近くのスーパーに行くために部屋を出る。

何も料理は出来ないが…とりあえず何か胃に優しそうなものを詩姫に食べさせないと…。

スーパーへの道中で一二三に『無事は確認したけど、たぶん丸2日玄関でぶっ倒れてた』とメールを送ると、予想外にすぐに一二三からの着信が。


「もしもし…ってお前、仕事中じゃ…」

「あぁ。でもやっぱり心配過ぎて、僕としたことが子猫ちゃん達にも元気がないと心配をかけてしまってね…。店長に無理を言って早退させて貰ったところさ」

「そ、そうなのか…。お客さんたちは大丈夫なのか…?」

「子猫ちゃんたちには素直に、親友が生死をさ迷っているかもしれないからと連絡をしたよ。
皆優しい子たちだからね、別の日にきちんと埋め合わせをするってことで許してくれたよ」

「そうか…。よくわからんが…すごいな…」

「独歩くん、家に着いたからちょっと待っていておくれ…(ガサゴソ)」

「ん、あぁ、おかえり…」

「ふぃ〜ただいま〜。んで独歩ちん今どこいんの?
詩姫ちんどんな感じ?」

「とりあえずベッドで寝かせてきた。いつから食事を抜いてたのかわからんが、相当空腹らしくてな…。何か食べさせないとと思ってスーパーに向かってる」

「…なるほどね?そーいうことなら、俺っちが行くまで待っててよ!独歩じゃ何買っていいかもわかんないっしょ?」

「んぐっ…た、たしかにわからんが…」

「詩姫の家ならタクシー乗れば15分くらいだし、先スーパー行って待ってて〜!」

「ん、わかった」


一二三との電話を切り、思わず口元が緩んでしまう独歩。


「(ホストとして“お客様を大切にすること”をあれだけ大事にしてる一二三が…そのお客様にリスケをお願いしてまで仕事を休んで詩姫のピンチに駆け付けるなんてなぁ。
…ふはっ、やっぱり俺たち3人は似た者同士だな)」


そんな事を思いながら歩いているとあっという間にスーパーに着いてしまった。一二三が来るまでじっとしているのも何だしな…となんとなくカゴを持って店内に入る。

食事を抜く癖のある詩姫でも、朝出かける前に果物を食べる余裕くらいはあるだろう…。

そう思って、目に付いたバナナとみかんを手に取る。ただ、美味しい果物の見分け方がわかるはずもないので、適当にカゴに入れていく。

そうしてるうちに一二三が着いたらしく、どこ?とメールが届いた。『くだもの』とだけ返すとすぐに一二三が見つけてくれた。


「お、バナナとみかんいいじゃん!ビタミンも摂れっし!これならさすがの詩姫ちんも食べてくれるっしょ」

「…目が覚めたら説教してやらないとな」

「そうだねー。…てかさ、連れて帰んない?」

「え?」

「…詩姫ちん、1人にしておいたらまた倒れるかもしれないだろ?今回はたまたま無事だっただけかもしれねーじゃん」

「それは、そうだが…
お、俺たちと、一緒に住むってことか?」

「そーいうこと!俺らはいつも3人で乗り越えてきただろ?今の詩姫ちんには俺らが必要だよ」

「…そうかも、しれないな。
よし。じゃあ一応おばさんに連絡しておくよ」

「うん!よーっし、張り切ってご飯作ってモリモリ食べてもらお〜ぜ!」

「ふっ、ははは」


詩姫の母に連絡をし、「詩姫が過労で倒れていたから一二三と住んでる家に連れて帰ろうと思ってる」とざっくり伝える。
特に何か訊かれることもなく、「やだわあの子ったら!でも2人が面倒見てくれるなら安心ね!よろしく!」と二つ返事で任せてくれた。

独「その…おじさん的も大丈夫かな。一応、男二人だし」

『そんなの私が黙らせておくわよ、任せてちょーだい』

独「は、はは…」

『2人とも、悪いけどあの子のことよろしくね』

一「おっけいー!俺っちたちに任せといて!」

『ふふ、たまには3人で帰ってきなさいね!』

独「…うん、わかった。うちの母さんにもよろしく」

『はいよー!じゃあねー!』

さすがおばさん…相変わらず豪快で快活な人だ。そして俺と一二三にも本当の息子のように接してくれる温かい人。詩姫の性格はおばさん似だなとよく思う。

袋いっぱいの食材を買って詩姫の家に戻る。リビングに入ると相変わらずベッドで気持ちよさそうに眠る詩姫…。人の気も知らないで呑気だな。


「俺っちご飯作るからさ、独歩は詩姫ちん起こして風呂入らせといて!」

「えっ」


独歩に指示を出してそそくさとキッチンに入っていった一二三は、「鍋少なっ…!お皿も全然ね〜じゃん〜!」とか言いつつ料理の準備を始めた。

俺は詩姫を起こして…風呂に…と悶々と考えつつ、黙って寝顔を見ていても仕方がないので、詩姫の肩を揺らしながら声をかける。


「ん…んん……どっぽぉ…?」

「…おはよう」

「…なんでいるの…」


ほとんど目が開いていない状態で、ぽやぽやと喋る子供みたいな詩姫。どうやら自分が床で力尽きていた記憶はないらしい。まったく…。


「お前が2日間も音信不通だったからだ、バカ野郎」

「んぇ〜…?」

「はぁ…。とりあえず起きられるか?」

「んー…」

「一二三がメシ作ってくれてるから、出来上がる前に風呂に入らないと出来たてを食べられなくなるぞ」

「……一二三の、ごはん…?」


「一二三のメシ」という響きに、急に脳みそが覚醒し始めた様子の現金な詩姫にまたため息が出る。

どうして俺はこんな手のかかる変わり者の幼なじみが大好きで仕方がないんだろうか。
時々、自分でも不思議になってしまう。


「…ほら、美味しいメシが食べたきゃさっさと起きるんだ!」

「ん"〜………。…独歩、」

「ん?」

「…力入んない」

「…は?」

「えへへ…」

「……はぁぁぁぁぁぁぁ…」


脱衣所まで連れて行ってなんとか風呂に入らせ、下着とTシャツ一枚だけでリビングに戻ってきた詩姫に怒鳴り、服を着させてパックを貼ってやり髪も乾かしてやった。
こんなに至れり尽くせりで面倒を見てやるのは今日くらいだからな。


一「はいお待たせ〜。今は胃が空っぽだろうから、とりあえずうどんな!」

「ん〜!いい匂い〜!鶏塩うどんだ〜!」

一「詩姫ちん具合悪い時いっつもそれ食べたがるっしょ?」

「うん!優しい味だけど鶏出汁がきいててめちゃくちゃ美味しいの…!」

一「えへへ、褒めてくれてさんきゅー」

「食べていい?食べていい!?」

独「ふは、子供かよまったく」

一「どーぞー。ゆっくり食べろよー?」

「やたー!いたただきます!!」


「ん〜!うまぁ〜!」って幸せそうな顔をしながら一二三特製のうどんを頬張る詩姫。

少しずつ胃が落ち着いてきたからと、詩姫の好物であるだし巻き卵とポテサラもしっかり平らげた。どんだけお腹がすいていたんだ。


「はぁ〜〜〜めっちゃ元気出た…幸せ…」

一「さ!お腹も満たされて元気が出たところで…」

「ん?……ん、あれ…なにその笑顔…なんか嫌な予感が…」

独「嫌な予感とは人聞きが悪い。なぁ、一二三?」

一「そうだよ〜?詩姫ちん。
俺っちたちと“大事なお話”するだけだろ?」

「ヒィッ…!」


正座をしてバツの悪そうな顔で床を見つめる詩姫と、どれだけ心配したかを懇々とお説教する独歩と一二三。

正直2人が心配して来てくれなければどうなっていたかわからないので、詩姫は何も言い返せなかった。


一「…だからさ、詩姫ちん、」

独「…俺たちの家で一緒に暮らさないか?」

「………へっ?」

一「一緒に住んでれば詩姫が自分でちゃんと食べなくても俺っちが食べさせっし」

独「何より、無理してるなと思ったら強制的に休ませられるしな」

一「まぁ俺っち的にはー、面倒見ないといけない幼なじみが1人増えるだけだから今までと大して変わんねーし〜」

独「んぐっ…お、俺も確かに助けられてるが…詩姫ほど心配はかけてないだろ」

一「倒れたことがあるかないかの僅差だよね」

独「くっ…」


いつものように仲良く言い合いを始める2人を、「へ?」って言った時のぽけーっとしたままの顏で見上げる詩姫。そんな様子を見て、目を合わせて笑う独歩と一二三。


一「…どーお?詩姫ちん」

独「俺たちもお前が居てくれる方が楽しくなりそうだし、一緒に住んでくれると助かるんだが」

「でも…そこまで2人に迷惑は…」

独「…いやいや、詩姫、」

一「連絡つかなくて心配する方がメーワクだっての!それにさ、俺らはいつも3人一緒に力合わせて乗り越えてきた仲っしょ?」

独「そうだぞ。今さら迷惑がどーのとか、何言ってんだよって話だろ」

「一二三…独歩…」

一「ね?帰ろーよ、詩姫」

独「ん、3人で帰るぞ」

「……うん、ありがと」

一「シシシッ」


そんな訳で、とりあえず数日分の荷物を持って、独歩と一二三の家へ保護されることになった詩姫。

頭が上がらないついでに「明日は仕事を休んで一応ちゃんと病院に行くように」との強めのお達しが出されたので、

さすがにちゃんと病院行かなきゃ怒られそうだな…と思い、「昨日倒れちゃったんすよね〜えへへ…」と言って午前休をもらったのだった。

その病院でこれから末永くお世話になる運命的な出会いをするのは、また別のお話。




全ての始まりの事件
(彼女の辞書の「反省」は、きっと誤植だらけ)

 
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それではまた、違う世界線で。