「全ての始まりの事件」の続き。
独「じゃあ…いってきます」
一「いってらー!」
「いってらっしゃ〜い
(独歩を見送るなんて…新鮮だなぁ…)」
独「(詩姫の“いってらっしゃい”…くぅっ…)」
一「(噛み締めてんなぁ独歩ちん…www)」
独「あ…詩姫、ちゃんと病院行けよ」
「わかったってばもぅ〜…耳にタコできちゃうよ」
独「執拗いくらいに言わないと聞かないのがお前だからな」
一「そーそー。俺らだってうるさく言いたくないけど、それが詩姫ちんだからなー」
「(くっ…前科しかなくて何も言い返せねぇ…!)」
独「ほらみろ何も言い返せないだろ。本当にお前ってやつは…」
一「心配すんなって独歩!詩姫ちんのことは俺っちがきっちり見送っからさ!」
独「うん、よろしく頼む。じゃあ、今度こそ行ってきます」
「「いってらっしゃーい」」
独歩の背中を見送りつつ、なんだか家族って感じでやっぱり2人と居るのは安心するなぁ…なんて呑気なことを考えてぼーっとしていると、振り向いた一二三に両肩をガシッと掴まれ、思わず驚いて心臓が跳ねた。
「…さて、詩姫ちん」
「んぇ…なに…どしたの…
(なんか他にも怒られることしたっけ…)」
「病院行く前に、一緒に朝ごはん食べよーぜ!
今日はひふみん特製ふわふわパンケーキ作っちゃおーかなぁ!」
「ふわふわパンケーキ!?やったー!!」
一「シッシシ!
(…よかった、詩姫が元気そうに笑ってて)」
一二三お手製の、カフェ顔負けなお洒落で激うまのパンケーキをおなかいっぱい頬張り、ちゃちゃっとメイクを済ませて適当にヘアセットをする。今日はなんとなくハーフアップの気分。
さて、お次は服を着替えねばならぬのだが…。
ここで一つ、私は大きな問題に直面している。
今朝、私の営業アシスタントである後輩の小山内にこっそり連絡して、課長にバレないように私のスケジュールを午前休に変更しておくよう依頼をしておいた。
何故そんなことをって?
我が社は一応、ホワイト企業を謳っていますからね。課長にバレて上に報告されたら絶対に面倒くさいことになるのは目に見えている。
過労で倒れたなんて知れた日には産業医面談やら社長面談やらをさせられ、最悪の場合は会社判断で休職をさせられるケースもある。
そんなもんは絶対にごめんだ…。休職なんてしてみろ…その間の私の山積みになった仕事は一体誰がやるんだ…?
私しかできない専任の仕事だらけなのに誰がやるってんだよ誰もやらねぇだろ…!つまりは休んだ分だけ、ただただ仕事が後ろに回るだけ!!地獄を見るだけ!!
休職なんてなぁ…真の社畜にとってはなんの救いでもないんだよ…!!
(※個人の偏った意見です)
…と、いうわけで。私は午後から何食わぬ顔をして仕事に行かねばならないわけですが。
スーツで出かけようもんなら、一二三に首根っこ掴まれて欠勤の連絡をするまで許して貰えず、あげく病院にまでついてくるという未来が見えている。
…仕方ない。あまりに苦肉の策すぎるが…私服にリュックで、スーツを詰め込んで行くしかない!!
明らかにパンパンぎみなリュックをお腹側に抱えて誤魔化しつつ、一二三が家事をしてくれているタイミングを見計らってそそくさと靴を履き、キッチンから顔を出しただけの一二三に見送られ、なんとかすんなりと家を出ることに成功した。ふぅ…作戦勝ちだぜ。
呼んでおいたタクシーに乗り込み、皺にならないうちにリュックからスーツを救い出す。
…病院に着いたら直ぐに着替えよう。
受付を済ませて、呼ばれる前に大急ぎでトイレに向かいスーツに着替える。バタバタしすぎてうっすら汗をかきつつ待合室に戻ると、ちょうど看護師さんに名前を呼ばれた。
『栗花落さん〜、1番の診察室にお入り下さい』
「…失礼します」
「こんにちは。どうぞ、おかけ下さい」
この方が、あの有名な神宮寺寂雷先生…!
わぁ〜…。お写真では見たことがあったけど…なんて優しそうな美人……
…いや、男性だからハンサムと言うべき…?
ものすごく落ち着くいい声だし…なんだか仏様みたいだなぁ…。もはや後光が見えそうなくらい素敵…。
え、ていうかこんな素敵な方がこんな素敵で穏やかな声でラップバトルするの…?相手の人、浄化されない?
なんとなく、なんとなくだけど、神宮寺寂雷先生が“神様”と呼ばれ、同業者からも患者たちからも慕われている理由が、この一瞬だけでも分かってしまった気がした。それくらい…神宮寺先生には不思議なオーラがある。
「今日はどうされましたか?
…栗花落さん?聞いていますか?」
「ハッすみません!つい見惚れてました!
えーっと…実は一昨日…いや、ほぼ丸2日ぶっ倒れてたから3日前…になるのか?」
「ま、丸2日倒れてた…?」
「あ、はい。金曜の夜中に仕事から帰宅して、そのまま玄関で力尽きていたらしくて。昨日、連絡が取れなくて心配した友人が様子を見に来てくれて助かったんですけど」
「は、はぁ…」
「たっぷり寝たし美味しくて栄養満点なご飯も食べて、もうすっかり元気なんですけど…。念のため病院で診てもらうようにと強めに怒られまして…」
「それは…ご友人が正しいと思います」
「日本一と名高い神宮寺先生の貴重なお時間をいただくような問題は無くて、ただの寝不足なんです、多分…」
「私はただの医者ですから、そんなことは気にしなくて良いんですよ。
…寝不足ということですが、しばらく睡眠不足が続いているのですか?」
「あ、はい!今ちょっと仕事が繁忙期なんです」
「なるほど…では“眠れない”という訳ではなく、“眠る時間がない”と言う方が近いのかな」
「そうですね!正直いつでも寝られるなと思いながら睡魔と戦いつつも、眠る時間が惜しいから栄養ドリンクとかカフェインを摂取して…って感じの毎日でした」
「それは…とても良くないですね。カフェインは摂取しすぎると中毒になったり、栗花落さんが欲しいような効果は得られなくなることもあるんです」
「…カフェイン中毒、聞いたことありますね。一気に大量に摂取しなければ大丈夫かと思ってました」
「基本的にはそう言われていますが、日常的に適量を超えた摂取をすることも危険です。カフェインの含まれた栄養ドリンクを飲んだ後にコーヒーを飲んだりしていませんか?」
「し、してます…。ほぼ毎日それでした…」
「…それはいけない。しばらくはコーヒーだけにしましょう。いいですね?」
「ぅ、あ、や、でも…」
本当なら休日返上で家で進めるはずだった仕事が、倒れていたせいで進められていないんです…!まだぐっすり寝るわけにはいかないんです…!
…なんてことをどうやって言い訳しようか考えて言葉に詰まっていると、遮るように先生の低音に名前を呼ばれた。
「…ところで栗花落さん」
ん…心なしかさっきまでよりお声が低い気がする…のは気のせいだろうか…
「ぇあ、はい先生!」
「今日はどうしてスーツを着ているのですか?まさか倒れた翌日に仕事に行くつもりではないですよね?」
「ぁ、ぇっ、」
さっきまでと同じ、穏やかで優しい笑顔のはずなのに…
な、なんか、なんか…すごく圧を感じる気が…
それに…なんでだろう…一二三と独歩に詰められてる時と同じ空気を感じる…
「…ま、まだ繁忙期は落ち着いていないんです!だから休む訳には…」
「(…独歩くんといい…私の患者さんはどうしてこうも一人で頑張りすぎてしまう人が多いのだろうか…)」
「私の仕事はほとんどが専任で、誰かに代わってもらえるような仕事でもないですし…」
「…ご事情はわかりますが、あなたの主治医としては容認しかねます」
「うっ…」
「その様子では、仕事中は食事もまともにとっていないでしょう。玄関で力尽きていたのは、身体が必要な栄養や睡眠を求めているからです。
今は睡眠も食事も取った後だから、一時的に元気がでたように感じているだけで、栗花落さんの身体はちゃんとSOSを出しているのですよ」
「で、でもっ…今日休んだって仕事が減るわけじゃないんです。むしろ積み重なっていくだけで…。
それに午前中はちゃんとお休みをもらいました!」
「…栗花落さん」
「は、はい…先生…
(ぁぁあっ、お声が一段と低く…!!)」
「私の権限で入院をさせられたくなければ、今日は一日休んでください。休職をしたくはないでしょう?」
「ぁえっ…」
「それから、今日はこれから点滴を受けてもらいます」
「点滴…ですか?」
「足りていない栄養を少しでも補給しましょう。過労で倒れるほど崩れてしまったバランスは、1日〜2日の食事では補いきれません。
更に、明日以降もきちんと食事をとって、睡眠も最低6時間はとってください」
「6時間も…」
「守れていないと判断した場合は入院です。
…いいですね?」
「は、はぃ…」
「では、来週もう一度来てくださいね」
「わ、わかりました…
ありがとうございました…」
看護師さんに案内され、処置室で点滴を受ける。
会社になんて言い訳しよう…と思いつつ携帯を開くと、独歩から「病院どうだった?」とメールが来ていた。
ほんっとにもー…心配性なんだから。
【いま点滴受けてるけど全然大丈夫だよ〜】
【大丈夫な奴は点滴なんて受けないんだよバカ】
【ところで独歩、もうすぐ昼休みでしょ?
独歩の会社の近くまで行くからランチしよ!】
【どうせ早く帰れって言ったって聞かないだろうから、わかった】
【一言多い!そんな小言ばっか言ってたらハゲるぞ】
【じゃあ俺が将来ハゲたらお前のせいだな】
「ふははっ、」
小言を言わない選択肢は無いのかよと心の中で突っ込みつつ、これから先も当たり前に私の心配をやめる気がなさそうな独歩の返信に思わず笑いがこぼれてしまった。
「……ほんとにもー、優しいんだから」
点滴を終えて会計も済ませ、次回の予約をしてから病院を出た。
独歩の会社まで歩いていると、一二三からも「病院どんな感じー?」と連絡がきて思わず笑ってしまう。
2人にめちゃくちゃ心配かけたよなー。
ごめんね、ちゃんとわかってはいるんだよ。
こう見えて、2人がいてくれて本当に良かったって思ってるんだから。恥ずかしいから絶対に言わないけどね。
「…詩姫!」
「お、独歩おつー」
近くのカフェに入ってランチセットを頼む。独歩はオムライスにするだろうから私はパスタにしよーっと。
「…で、病院はどうだった?」
「ものすごく優しそうな美人って感じの神々しさすら感じる素晴らしい先生だったんだけど、最終的に笑顔から圧を感じて頷くしかできなかった」
「はぁ…?」
「でもとても素敵な先生だったからこれから末永くお世話になろうと思ってる」
「詩姫、俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだが」
「ちゃんと食事とって最低6時間は寝なさいって」
「なるほど…耳が痛いな…」
「独歩も人のこと言えないもんね」
「俺はまだ倒れてない」
「競ってるレベルが最低限すぎて笑う」
「ていうかお前…なんでスーツ着てんだ…
今日は休めってあれほど言ったよなぁ…?」
「やだぁ顔こわ…。仕事やばいし課長もうるさそうだし、2人にバレないように午前休にしてたんだけどさぁ、先生に怒られたから午後も休むよ」
「お前なぁ…!過労で倒れた次の日だぞ!まったく!
……はぁ…詩姫が無理をするのも俺たちの言うことを聞かないのも俺が頼りないからか…?人のことを言えないからか…?そうか、そうだよな…。
そうか…詩姫が倒れたのも俺のせいか…俺が俺が俺が俺が……」
「ふふふ、独歩ってば私の事めっちゃ好きじゃん」
「…うるさい黙れそして早く家に帰れ」
「んふふ。ん、パスタうま〜!
独歩、オムライスひと口ちょーだい!」
「…ったく…お前ってやつは…
(…悔しいが、この笑顔を見ると怒る気がなくなるのは、惚れた弱みってやつかもな)」
「ん?なぁに?」
「…なんでもない。俺もパスタ食べていいか」
「うん!独歩の好きな味だよこれ!食べな!」
「ふははっ、ありがとな」
「えへへ」
温和な神様ほど怒ると怖いらしい
(本当に末永く続く出会いとなることを、この時はまだ誰も知らない)