「……あのクソ課長め…会社の経費でホストクラブに行ったこと、いつか絶対に本部長にバラしてやるからな…」


今日は定時で帰れるはずだったのに…!
一二三が私の大好きなハンバーグを作ってくれるって言ってたのに…!

なのにあのババァ…定時20分前に手間のかかる資料の作成を押し付けてくるとはどういう神経してんだ…。おかげで1時間も残業する羽目になっただろうが…!

こいつまじかって思いながら、「いや課長、終業20分前っすよ。あと20分で完成なんて無理に決まってるじゃないですか」って平然と言ってみたけど、「そうね」の一言で片づけやがった…。

「そうね」だと!?ふっざけんなこちとら今月既に残業時間が45時間ギリギリ手前なんだよ!!もっと早くに依頼してこいはっ倒すぞ!!労基にチクっちゃうからな!!

あ"〜〜〜、心の中で悪態をついてもついても一向にイライラが収まらない…。
これはもう一二三のハンバーグの匂いを嗅ぐまで無理だな。収まらないなこれは。1秒でも早く家に帰ろうそうしよう。


「……あ、そういえば」


独歩から【今日は珍しく定時で帰れそうだ】ってメールが夕方くらいに来てたけど、フラグ回収せずにちゃんと定時退社できたかなぁ?
定時で上がっていればきっともう家に着いてる頃だろうけど…


【おつかれ。定時で上がれた?もう家?】


万が一にも仕事をしていたら困るからメールしてみたけど…気が付くかな。
念のため一二三に【独歩もう帰ってる?】とメッセージを送ってみたら、間髪入れずに【まだ〜】と返信がきた。はやっ…

…ていうか。帰っとらんのかーい!
まぁそうだよな…あの独歩がフラグを回収しないわけないよな…

なんて失礼なことを思っているとまた一二三からメッセージが。


【18時過ぎくらいに、今から帰るってメールきたんだけどな〜】


「え…18時…?もう19時半だよ…?」


【独歩のやつ、どこで油売ってんだ!😡😡】

【え、独歩が寄り道なんてする…??】

【どっかの公園で体育座りしてっかも😫】

【うわ、あり得る😂電話かけてみるわ】

【よろろ〜😎🙏🏻独歩ちん連れて早く帰ってきてくれ〜】

【へーい】


メッセージ画面を閉じて独歩に電話をかけるけど、8コールくらいしても出る気配がない。本当にどこで何をやっているのあんたは。

…何かに巻き込まれてるとかじゃないといいけど…。いや、公園で体育座りも普通に勘弁してほしいか。
仮にも好きな人のそんな悲しい姿…見慣れててもなるべくなら見たくはないよね。

そんなことを考えてため息を吐きつつ、何度か電話をかけながら家までのお決まりルートを歩いていく。


「ん…?…あれは…」


視界の先には、見慣れた猫背をいつにも増して丸く縮め、引き攣った笑顔をギリギリ貼り付けている我が親友がいた。

一体どこのどいつだ独歩をそんな姿にしているのは。噂のハゲ課長か?
まったく…クソ課長やらハゲ課長やら、揃いも揃って上司運が無さすぎるだろ。

こっちは悪意ある残業と空腹で最高に機嫌が悪いんだ。
そんな私の前で、私の大切な親友を傷つけるなんて随分いい度胸してんなぁ…?
どこのどいつだろうがはっ倒してやらぁ…

舌打ちをしながら少し歩みを進めると、独歩の話し相手がようやく視認できた。


「……は?あれって…!」


考えるより先に足が動いて一気に走り出し、独歩と話し相手の間にほとんどスライディングのような勢いで割り込んだ。


独「ヒィ…!!
……って、詩姫!?」

銃「な、なんですかあなたは…」


背中側から独歩に名前を呼ばれるが振り向くこともせず、目の前のシュッとした眼鏡を睨みつける。


「…この人に何の用ですか」

銃「はぁ…?まずこちらの質問に答えなさい。何なんですかあなたは」

「この人の家族です。善良な市民にお巡りさんが何の用ですか」

銃「(家族…?兄弟…には見えないな。恋人か?)
…ただの職務質問ですよ。パトロールの一環です」


なん…か…っ、なんか腹立つんだよなこいつ…。
こいつのこの、綺麗な顔に貼り付けたような笑顔を信じるなと、私の第六感が言ってるんだよ。

この職質には絶対に何か理由がある…。けど、ただの点数稼ぎとか、そんなくだらない事をするタイプには見えない。
…この男は多分、自分の目的のためなら手段を選ばないタイプだ。それも私の第六感が言っている。

…一体、独歩になんの疑いを向けてんだ…。

くそ…!どんな理由だろうと、親友のメンツとメンタルは私が絶対に守ってやるからな…!
独歩はこんな胡散臭いお巡りに疑われていいような人じゃないんだ!ふざけんなってんだ!


「へぇ?善良な市民に職質かけてダル絡みするほど、お巡りさんってヒマなんですね」

独「こ、こら詩姫…!失礼だろうが…!
すす、すみません入間さん!こいつが失礼なことを…!」

「(いるま…?たしか入間って名前の警察官の話…どっかで聞いた気が…)」

銃「…あなた、お名前は?」

「は?」

銃「公務執行妨害で署に連行されたくなくば、お名前を教えて下さい」

「それは脅しですか?」

独「詩姫…!いい加減にしろ…!!(本当に連行でもされたらどうするんだこのバカ…!)
こいつの名前は栗花落詩姫です」

「ちょっ、独歩!!」

銃「…ふむ、覚えておきます。栗花落さん、あなたの質問に答えましょう」

「は…?」

銃「観音坂さんに声をかけたのは今日が初めてではありません。以前から何度かお話をさせていただき、お変わりはないか確認させていただいていました」

「…それは、何が目的ですか?」

独「…し、心配してくださっていたんだよ。俺が、その…」

「自害でもするんじゃないかって?」

独「んぐっ…」


…本当にそうだろうか。

“入間”という名前を、どこで聞いたのかようやく思い出した。
後輩がクソみたいな男に騙されて襲われそうになった時に、偶然居合わせて助けてくれたという警察官だ。


「一見すると地味めな眼鏡男子かと思ったんですけどね、よく見るとめちゃくちゃ綺麗な顔してて…!!
そんな人がピンチに現れて颯爽と助けてくれるんですよ!?もうほんと、一目惚れしそうでした」


なんて、事件の次の日に後輩がキャッキャしていたから、危険な目に遭った直後とは思えない逞しさにちょっと引いたのを覚えている。

だがこの話のポイントは、「なぜ彼女は、最終的にその警察官に一目惚れしなかったのか」だ。


「…その入間さんて人、犯人を殺しちゃうんじゃないかって勢いで…」

「……は?警察官が?」

「“ヤクを使う奴は俺が一人残らず地獄に叩き落としてやる”って言ってて…。目がマジでしたあれは」

「ふーん…なんか特別な恨みでもあんのかね」

「もう1人のお巡りさんもやめろって言って止めるくらいで、なんか怖くなっちゃって…」

「(薬物に執着する警察官か…。そいつもなんかトラウマと戦ってんのかな...)」

「あ、犯人が連れて行かれた後は普通に人当たりのいい優しいお巡りさんって感じでキュンキュンだったんですけどね」

「キレたら人変わるタイプ…?やだぁDVモラハラ予備軍かもじゃん。小山内が惚れなくて良かったわ」

「詩姫先輩、理由があって怒ってるならモラハラにはならないですよ」

「…んなこと言ってっから悪い男に引っかかるんだよお前はさぁ」


人格が変わったかと思わせるほどに薬物を使用した犯人にブチ切れていた、入間という警察官。
ヨコハマ署の刑事が到着する前に、犯人から売人の名前まで聞き出していたらしい。

もしこいつがその“入間という警察官”ならば、巡回の目的も売人探しの可能性があるのではないだろうか。

そして、独歩のこの悲壮感漂う隈を携えた顔と、全てに怯えているような猫背と挙動不審な様子から、あらぬ疑いをかけているのではないだろうか。

…それなら納得がいくんだよな。
こいつのこの、“1つも心配していなさそうな眼”の理由がさ。

けどまぁ、そっちが“心配してるフリ”で通そうとするならそれに乗ってやるよ。独歩をこれ以上むやみに傷つける必要はないし。

ただしどちらにしたって独歩を傷つけた事には変わりないんだ、許してやる気は毛頭ない。


「…入間さん、でしたっけ。彼に声をかけた理由についてはわかりました。
ですがそういった理由なのであればご心配は無用です。この人は“あなたが思っているような人間”ではありませんから」

銃「…“私が思っているような人間”?」

「そうです。余計なお世話です(にっこり)」

独「な"っ!?詩姫…!失礼な事を言うな…!」

「本当のことを言って何が悪いの。
独歩はパッと見はこんなだし引くほどネガティブだけど、誰よりも真面目で真っ直ぐで責任感が強くて諦めの悪い、私の世界一かっこいい親友です。
何も知らない貴方に見下される謂れも、ナメられる筋合いもありません」

独「っ…!」

「…わかったら、二度とこの人に近づかないで下さい」


独歩に聞こえないよう、少しだけお巡り野郎に近づいて声を潜める。


「…この人はクスリとは無縁です。時間の無駄ですよ?入間巡査」

銃「っ!?」

「(にっこり)」

独「…?(今、詩姫が何か言ったような…)」

銃「(…何者だ、この女…)」

「じゃあもういいですよね?帰ろう、独歩」


独歩の手を取って、若干無理やり引っ張るようにしてその場から離れようとするけど、肝心の独歩が「おい…!待てって…!」と私を制止しようとする。

このお人好しが!!気づけよそいつのその真っ黒なおめめに!!1ミリも独歩の心配なんてしてねぇぞ!!


独「…入間さん、色々とすみません。
お声がけいただきありがとうございました」

銃「…いいえ。それでは私はこれで。
(この女について調べる必要があるな…)」

独「お、お疲れ様です。失礼します…」

銃「えぇ、お元気で」

「ふん!早く行くよ、独歩!」

「ぉわっ、おい…!引っ張るな!」


独歩とそんな言い合いをしつつ、一刻も早くあのムカつくお巡りから離れたくて、独歩の手を引いてぐいぐい歩みを進める。

姿が見えなくなったあたりでようやく安堵のため息が出て、独歩の少し汗ばんだ手を解放した。


「はぁ〜〜〜やっと見えなくなった!
…クソお巡りめ……あいつきらい」

「お前なぁ…!!誰彼構わず噛み付くな!本当に公務執行妨害で逮捕でもされたらどうするんだ!!」

「不当逮捕だって言って騒ぎ倒してやる」

「あのなぁ…!
……はぁ…お前ってやつは本当に…。(これだから心配なんだまったく…)」

「つーか!独歩もちゃんと言い返しなさい!死ぬ予定なんて無いですって言うくらいできるでしょうが!」

「うぅ…それに関してはお前の言う通りだな…すまない…。
…ありがとうな、詩姫」

「ん、なにが?」

「…お前も、世界一かっこいいよ」

「えっ、な、なに」

「ほら、帰るぞ」

「あ、待ってよ独歩〜!」

「そうだ。今日、ハンバーグらしいな」

「あ、そうだよ!!んっふふ〜、楽しみすぎる〜!!」

「ふはっ、そうだな」




疑わしきは罰せず、兎は静かに獲物を狙う
(上手く逃げられたと思ったら大間違い)

 
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それではまた、違う世界線で。