朝っぱらから課長に呼び出されたと思ったら「ヨコハマ・ディビジョンに営業に行ってきて。新規クライアントを獲得するまで帰ってきちゃだめよ」と言われた。

何が「新規クライアントを獲得するまで帰ってきちゃだめよ」だはっ倒すぞババア…と心の中で悪態をつきつつ、特に笑顔で取り繕うこともせずに自席に戻ると、後輩の小山内が「ご愁傷様です」と言いながら高級チョコレートを私の口に放り込んだ。


「……クソめんどくせぇ…」

「まぁまぁそう言わずに。チョコ食べて元気だしてくださいよ。
詩姫先輩、態度は最悪だけどこう見えて圧倒的成績No.1を誇る営業一課の主任っすからね…期待されてんですよ」

「小山内はいつも一言多いんだよなぁ…。
…つ〜か〜!!主任ってもうちょっとデスクワークメインじゃないのかよ〜。営業一課のNo.2なのにさ〜、主任になる前となんも変わんねぇじゃ〜んねぇねぇ〜」

「それは先輩が誰よりもクライアントを抱えているからです!!No.1だからです!!
さぁほら!今月もNo.1を継続するために頑張ってきてください!先輩の営業アシスタントである私のためにも!先輩の給料が上がると私の給料も上がります!」

「お前はもう少し心の声を隠しなさいよ。
…まぁ〜でも小山内は私の可愛い後輩だからな!しゃーねぇ!いっちょ頑張ってくるか!」

「Fooo!!それでこそ詩姫先輩!大好きです!」


…なんて、脳みそからっぽの会話でなんとかやる気を絞り出しヨコハマ・ディビジョンに来たはいいものの…


な ん っ も 手 応 え ねぇ 〜 〜 〜


何社か回って一応カタログも置いてきたけどさぁ…どこもかしこもクラウド管理には興味なさそうだったしなー…正直言って期待はかなり薄い。

獲得するまで帰ってくるなとは言われたけど、時間的にも次の会社が最後かなぁ…。
まぁダメならダメでしれっと帰ろう。小山内には大好物のモンブランを献上すれば許してくれるだろう。

なんて思いつつアポ無しで突撃訪問したのは複数の子会社を持つ建築系の会社。うーん…綺麗めな会社だからもしかしたらもう何かしら導入済みかもなぁ。

受付とかは特になさそうなので「失礼します」と声をかけつつ窓口らしき所に向かうと、デスクに座っていた少し強面なスーツのお兄さんが「い、いらっしゃいませ!何か御用でしょうか?」と想像の3倍くらい優しそうな声で話しかけてくれた。良いギャップですねお兄さん。


「突然すみません。私、(株)T.S.I Corporationの栗花落と申します」

「あ、どうも…。すみません、名刺の用意が…」

「あ、いえ!突然お邪魔してしまったのはこちらですのでお気遣いなく!あの、もしよろしければ弊社製品のご案内をさせて頂きたいのですが、代表の方にお会いすることは可能でしょうか…?」

「あ、あー…社長、ですね…。確認してみますので、こちらで少々お待ちください!」

「ありがとうございます!」


「社長、ですね…」と目を泳がせたお兄さんを少しだけ不思議に思いつつ、通された応接室でカタログ等の資料を準備して社長の到着を待つ。

少ししてドアが開いたので視線を向ける。...と、同時に視界に飛び込んできた情報は、少し長めの白髪にバチバチのピアスとゴツゴツなアクセサリー、服装はスカルが描かれたお洒落で高そうなアロハに黒のダメージジーンズ。

………か、堅気なわけねぇ〜!!!

ん…...?ていうかこの人どこかで……


「あ!!」

「あ?」

「(あ、やべ…思わず声でちゃった…)」

「…俺様を呼び出したのはお前か?」

「(一人称が俺様…!やっぱりこの人、元The Dirty Dawgの碧棺左馬刻だ…!)」

「おいテメェ聞いてんのかコラ」

「…あ、すみません。いやあの…代表の方はって尋ねただけなんですけど…」

「あー、一応ここの社長は俺だからな…まぁ代表だな」

「あー……なる…ほど…」


言葉を探していると碧棺左馬刻が椅子にドカッと座って長い脚を組み、そして煙草に火をつけた。

碧棺左馬刻といえば火貂組の若頭…。

つまりここはヤクザのフロント企業…。


…………最ッ悪だ!!!!!帰りてぇ!!!!!


いや、帰らないと危険だ。うん、帰ろう。
今月の数字?基本給アップ?知らん知らん。いくら私でもヤクザの、それも若頭相手に張り合うなんて無理無理。帰る帰る。


「あのー…、私、(株)T.S.I Corporationの栗花落と申しまして、企業向けの製品を扱っております。で、こちらがカタログとなりますので、万が一(強調)気が向いたらこちらの名刺の番号までご連絡下さい。お忙しい中お時間をとっていただきありがとうございました。失礼いたします」


矢継ぎ早に要件を伝えて会話を終えようとしたというのに…
煙草の煙を深く吐き出した碧棺左馬刻が、差し出したカタログに目線をやりつつ、機嫌の悪そうな低い声で「…おい、待てや」と言った。


………終わった……逃げんの失敗した……


「お前、ウチに営業かけに来たんだろうが。だったらきっちり俺様にプレゼンしろや」

「えぇ……(まじかよ…くそ…。…ッだァァア考えんのめんどくせぇ!もうどうにでもなれ!!)」

「んだよ。ヤクザもんには売りたくねぇってか」

「…正直言うと契約してくれんなら堅気だろうがヤーさんだろうが何でもいいんですけど、会社にバレたらクソほどダルそうなんでまぁまぁ嫌ですね」

「……正直すぎるだろ」

「この状況で嘘言ってもしゃあないっつーか…碧棺さん相手じゃ適当に取り繕っても通じなさそうだし…」

「ほーん?お前、俺様のこと知ってんのか」

「そりゃあ…元The Dirty Dawgですからねぇ…」

「お前、下の名前は?」

「え…、詩姫…ですけど…」

「ははっ、気に入ったぜ詩姫」

「……………え?」


今、なんて??

聞き間違いか??

聞き間違いだよな??


「俺様相手に一切物怖じしねぇ女ってだけでも珍しいが…その肝の据わりよう、面白ぇじゃねぇか!」

「(え…?嬉しくなっ…)」

「契約してくれんなら誰でもいいんだろ?だったら俺様が契約してやるよ」

「…いや、まぁまぁ嫌ですって言いましたよね!?ていうか気に入ったとかなんとか…何言って…」

「あ"ぁ?俺様がテメェを気に入ってテメェの客になってやるっつってんだよ何か文句あんのか」

「文句しかねぇわ…!!人の話聞けよ…!!」

「あ"ぁ!?んだとコラもういっぺん言ってみろやダボが!!」

「だぁから!!会社にバレたらダルそうだから嫌だっつってんの!!」


左馬刻の怒鳴り声を聞きつけた社員たちが慌てて部屋に飛び込んでくる。


「カシラァ!!堅気のお嬢さんに手出しちゃいけねぇっす…!!って………あれ…?」


社員…もとい組員たちの目に飛び込んできたのは左馬刻の胸ぐらを掴む詩姫の姿……


組員「えー……っと……」

左「俺様が女に手上げるわけねぇだろうがぶっ殺すぞテメェら!!」

組員「「「す、すいやせん!!!!!」」」

左「…おい詩姫」

「あ?」

左「手」

「あ…ごめん、つい…」


再び椅子に座った左馬刻が、また煙草に火をつける。


「んで、契約書は?」

「えっ」

「契約書」

「えー…まじで言ってんのこの人…」

「俺様がくだらねぇ冗談ぬかすと思ってんのか」

「思わねぇから引いてんだよ」


なんだこの怖いもの知らずな女は…という目で見てくる社員のお兄さんたちに「お騒がせしてすみませんでした」と頭を下げると、お兄さんたちもおずおずと頭を下げながら部屋を後にしていった。


「…ていうかさ、せめてちゃんとどんな製品なのか知ってから契約考えてよ」

「おー、いいぜ。説明しやがれ」


持参した説明資料を基に製品の説明をする。
企業向けの管理システムとアプリがメインだけど、ITに明るくない会社向けにはそれらを導入済みのPCやタブレット等の端末類も用意している。

この会社みたいに子会社が複数あるような企業では、グループ全体の社員の管理等が難しいものだ。弊社の製品はそれを手助けするものとなる。


「…ほーん。要は会社の管理がラクになるっつーわけだな」

「まぁ、うん、そうね」

「悪くねぇな。…お前もさっきので、ウチの管理してる社員が火貂組の組員ってのはわかったろ?」

「…いやまぁ…うん…」

「正直、学がある奴のが少ねぇってのが現実だ。それでもあいつらなりに色々と勉強して頑張ってくれてっけどよ。
だがウチで働いてる一般社員は堅気の人間だ。俺らよりも学がある奴ら相手に上の立場でいんのはラクじゃねぇ。
…けどこれがありゃあ、随分ラクになんだろ」

「……なんだ、ちゃんと社長なんじゃん」

「あ"?…ったりめーだろうが。俺ァ適当な仕事する野郎は虫唾が走んだよ」


…そうだよな。
ヤクザがなんだ。堅気がなんだよ。
そんなの関係ないじゃんね、私のバカ。

堅気にだってクズは山ほどいる。
逆も然りで、ヤクザだからってみんながみんな悪い人なわけじゃない。

碧棺左馬刻は有名なMCで、みんなが憧れた伝説のチームの一員だった人で、つまりは先生も認めている人だ。

そんな人がただの人でなしのヤクザなわけないじゃんね。
…ちょっと考えればわかったはずなのに。


「……よし、わかった。私も腹くくるわ!!」

「あ?」

「会社に何言われようが関係ねぇ!堅気だろうがヤーさんだろうが私の大事なお客様だ!!」

「…ふっ、決まりだな。よし詩姫ィ!全部契約してやらぁ!!」

「ぁえっ……え!?全部!?」

「おぉ!俺様がテメェの数字に貢献してやるぜ!」

「………ヤクザこわ…」

「テメェこの状況でその台詞はナメてんだろ」

「ナメてはないけど引いてる」

「それがナメてんだよ沈めんぞクソが」





人は見かけによらぬもの
(カシラ相手に…かっかぇお嬢さんだぜ…!)
(小柄で可愛らしいのになぁ…)
(ありゃあ肝っ玉の据わったいい女だぜ…)
(かァ〜ッ!惚れ惚れしちまうな!)




【おまけ】
契約を終えて応接室から出てきた詩姫と左馬刻。

「「「カシラ!お疲れ様です!」」」

左「おー。オメェら詩姫のこと見送ってこい」

「え、そんなんいらないって」

組員A「そう仰らずに!ね、姐さん!」

「あねs……は?」

組員B「いやぁ〜、カシラ相手にあの凄み方!惚れ惚れしました!姐さん!」

「…………」

組員C「これからもよろしくお願いしやすぜ!姐さん!」

左「ハッ、すっかり懐かれちまったな」

「……ぜっっっったいやめて??なに“姐さん”て??二度と呼ばないでもらっていいですか??」

「「「そんなぁ…!!」」」

左「…ま、お前はンなタマじゃねぇわな」

組員C「だったらなんて呼べばいいんですかぃ!」

「えー……普通に栗花落さんでいいんですけど…」

組員A「そんな他人行儀な…!あんまりですぜ…!」

「えぇ…」

組員B「せめて詩姫さんと呼ばせてはいただけねぇでしょうか!!」

「…いやまぁはい…どうぞ…
(なんだこの人懐っこいヤクザたちは…)」

「「「よっしゃー!詩姫さん!」」」

左「よかったじゃねぇかオメェら」

「「「へい!!!」」」

「……平和なんだね、火貂組」

 
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それではまた、違う世界線で。