「なんと!今年の最高気温を更新しました!皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけ下さい」
今朝のニュースでお天気キャスターがそんなことを言っていた気がする。それにしたって日差しが痛すぎる。あまりにも暑い。温暖化が進んでいるっていうのはマジなんだな…
うーむ…目の前が霞んでいる気がするのは、ほぼ二徹で寝不足なせいか?このクソみたいな暑さのせいか?それとも月に1回律儀にやってくるアレのせいで貧血気味だからか?あー…お腹も痛くなってきたかも。
神さま仏さま。
なぜ私はこんな絶不調の中、ヨコハマの街を彷徨っているのでしょうか。
…え?日頃の行い?
……な、なんの話かちょっとよくわからないですね。
事の発端は今朝、会社の休憩室のソファで仮眠していたところを後輩の小山内に起こされて目を覚まし、すっかり朝になっていることに絶望したところから始まった。
「……朝、だと…?」
「やってしまいましたね先輩…。私も先輩もしっかりアラーム止めてますわ…なんならスヌーズも止めてる…」
「あ"〜〜〜、会社に泊まるなんて…!絶対に2人に怒られる…なんなら先生にも怒られる…」
「…怯えてるところ言いにくいんですけど…めっちゃ携帯鳴ってますよ…」
【着信 独歩】
「………知らない、見えない、聞こえない」
【着信 一二三】
「ねぇ交互に鬼電してくる怖い!!私の家族怖い!!」
「仕方ない…私が適当なこと言って誤魔化しておきますよ。でもどうせ後で怒られるんでしょうけど…」
「ありがとう小山内あいしてる」
「今言われても1ミリも嬉しくないっすね」
そんなこんなで。
起きてから27時間も経っていた私たちはすっかり限界を迎え、30分だけの仮眠のつもりが4時間も寝てしまい、結果的に会社に泊まってしまったのでした。
とりあえず2人で会社のすぐ近くにあるコインシャワーに行き、隣のカフェでコーヒーをガブ飲みして、ついでにタウリン1000mgと書かれた栄養ドリンクで乾杯した。
「あ"〜…栄養ドリンクうま…」
「詩姫先輩、顔色悪すぎますよ。元から色白なのにもはや青白いじゃないですか。ゾンビ並みの血色ですよ」
「…ゾンビは青白いって言わなくね?腐ってるじゃんもう」
「血祭りも2日目なんだし…。冗談抜きでまた倒れちゃいますよ…。せめて午前休とかにして寝ましょうよ」
「大丈夫大丈夫…なんとかなるって…。
てかあんたこそ今日は休みにしなさいよ?これ上長命令ね」
「ずるいですそれは…断れないやつじゃないですか…。
…ん、先輩また携帯鳴ってます」
「ん?あ、会社の携帯の方だわ…良かった…
…あれ、ヨコハマビルディングの社長さんだ」
ヨコハマで複数の事業を営んでいる超大口のお得意様からの、また新しく会社を興したという連絡だった。
新しい会社でもうちの商品の導入を検討してくれているらしく、今回も私に担当してほしいとの事だ。
………なる…ほど…?今からヨコハマに…ね…?
「……おっしゃあ新規顧客だぜ…」
「声が震えてます先輩…!限界すぎて白目剥いてるってもう…!寝ないとダメですって!」
いつもは多少しんどくても頑張って行ってこいと言う小山内がこれだけ止めるってことは、マジで顔色が悪いんだろうな。
でも相手は私のクライアントの中でもかなり付き合いの長い、めちゃくちゃお世話になっている社長さんだ。
そんな大切なお客様が、新しく私と仕事がしたいと言ってくれているんだ。だったら全力でその信頼に応えたいじゃないか。
…とはいえ、こんな顔色で会いに行ったらそれはそれですごく心配されそうだけども…。
そんな一抹の不安は抱えながらも、小山内を駅まで見送って私もヨコハマへ向かう電車に乗った。
そういや左馬刻のとこの会社にも1ヶ月くらい行けてないし様子見がてら顔出そうかな…
うちの商品の使い方は火貂組の若い子に一通り教えたけど、一部のおじさんたちが四苦八苦してたんだよなぁ…
連絡ないってことは大丈夫なんだろうけど、心配だし時間が余ったら寄ってこようかな。
なんてことをうつらうつらと考えながら電車に揺られて、到着しましたヨコハマ・ディビジョン。
「……あっっっっっつ…」
シンジュクを出たときより暑い気がする…。駅の中は涼しいのに…ここから出たくない…。
…なんてことも言っていられないので、社長から送られてきた新しい会社の地図を開いて、どこだよ…と呟きつつスマホとにらめっこ。
とりあえず歩き出したはいいものの、あまり来たことがないエリアで完全に迷子になってしまった……ってところで、冒頭のボヤキに至りました。
改めましてどうも、ヨコハマで絶賛迷子中の栗花落詩姫です。おうちにかえりたい。
あ、公園だ…自販機あるかな、水買いたい。こんなことなら電車の中でおにぎりでも食べておくんだった…。空腹で鎮痛剤飲むの…良くないよなぁ…先生に怒られそう。
それじゃなくても今日はコーヒー+栄養ドリンクの摂取で既に先生との約束事をやぶっているのに…。先生ごめんなさい、反省する気持ちはあるんです…!
イマジネーション寂雷先生に謝りながら公園の自販機で水を買い、ベンチに腰を下ろして水を飲みながら一息ついた。
…のも束の間。視界がぐるんっと回って、手からペットボトルが離れた感覚がした。目が回る感じがしてギュッと目を閉じる。あれ、身体に力が、入らない…?
「……ぃ、おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
なんか…低くていい声がする…。私に…叫んでる…?
声がする方を見たくて少し目を開ける。
回る視界の中に、オレンジの髪の……イケメン…?
ん"ん"…ダメだ酔って吐きそう…
「意識はまだあるな。小官の声が聞こえるか?」
「……しょ…かん…?」
「おそらく中程度の熱中症だろう。無理に喋らなくてもいい。これをゆっくり飲むんだ」
落ち着く低音ボイスのイケメンに身体を支えてもらい、何かを飲ませてもらう。なんだ…なんだこの状況は…。私の身に何が起きているんだ…。
「…ん"っ!」
「少しずつ飲み込むんだ。焦る必要は無い」
口の中に広がる、お世辞にも美味しいとは言い難い味に思わず呻き声が出てしまった。
お兄さん…私は何を飲んでいるのですか…。
「よし、少しすれば落ち着くはずだ。このままじっとしているといい」
「……あ、の…」
「まだ無理に目を開けるな。落ち着くまでこのままじっとしていろ」
そうは言っても…お兄さん…どなたですの…。
見知らぬイケメンに身体を支えてもらったままなんて、少女漫画じゃあるまいし…いや少女漫画でもそうそうないんじゃなかろうか。
「…そうか、名乗り忘れていたな。小官は毒島メイソン理鶯という。怪しいものではないので安心するといい。貴殿の名前を言えるか?」
私の心の声を読んだかのように名前を教えてくれた見知らぬイケメンこと毒島さん。たしかに怪しくは…ない気がする…?それにしても一人称が小官……軍人さんなのかな?
「…つゆり、しき、です」
「うむ。意識はハッキリしているようで良かった」
「…ありがとう、ございます」
「民間人を助けるのも小官の役目だ、気にするな」
ヨコハマの海風が吹いてきて気持ちがいい。毒島さんの腕の中はガッシリとしていてなんだか落ち着く…。
少しずつ気持ち悪さが無くなってきたし、目が回る感覚も治まってきた。…あれ、お腹も痛くない…?
ようやく目を開けられるようになり身体にも力が戻ってきたので、毒島さんにお礼を言って自力で座り、ギリギリ残っていた水を飲み干した。
……なんか、めちゃくちゃ身体が軽い…?
「あの…毒島さん」
「どうした?」
「改めてありがとうございました。本当に助かりました!」
「気にするな。大事に至らなくて良かった」
ハッキリとした意識で改めてちゃんと見ると…めちゃくちゃイケメンだ…!めちゃくちゃ綺麗な顔した軍人さんだ…!しかも低くて落ち着くいい声…
「詩姫と言ったか。小官はこの後用があり送ってはいけないのだが、きちんと家まで帰れそうか?」
「ハッ…!そうだ私迷子なんでした!毒島さんはヨコハマの方ですか?この辺の地理わかります…?」
「ん?見せてみろ。うむ…ここならばこの公園からすぐだ。小官が連れて行ってやろう」
「え!?いいんですか…!?用事があるのにすみません…。でも正直とっても助かります…!」
硬派な喋り方とは裏腹にとっても優しい声と表情で話してくれる毒島さんに、私はすっかり心を開いてしまった。この人は絶対にいい人だ!!近年稀に見ぬレベルのシンプルにいい人に違いない!!
そんなわけで目的地までの道を並んで歩きながら、ずっとやんわり気になっていたことを思い切ってぶつけてみた。
「あのー…毒島さん。訊いてもいいですか?」
「ん、どうした?」
「熱中症から復活したどころか、ここ最近で一番元気な感じがするんですけど…一体どんなお薬を…?」
「薬ではないぞ。小官特製の栄養ドリンクだ。自然のものだけで出来ているから身体にも良い」
「特製栄養ドリンク!?へぇー!すごい!さすが軍人さんですね…!」
栄養ドリンクとはいえ自然のものだけで出来ているなら先生との約束を破らずにドーピング(意訳)ができて、しかも効果は抜群すぎるくらい……最高すぎない…?
「今度、小官のベースに来るといい。もしもの時のためにレシピを教えてやろう」
「わぁ!いいんですか!?家にも1人疲れきった社畜がいるので飲ませてあげたいです!」
「構わないぞ。ヨコハマに来たら連絡するといい」
「ありがとうございます…!」
無事に目的の会社に着き、毒島さんと連絡先を交換してお礼を言って別れた。
今度お礼の品を持って、毒島さんのベースとやらにお邪魔させていただこう…!
さ!!おかげでめちゃくちゃ元気出たし、新規契約勝ち取って、左馬刻の会社にも行くぞ!ファイトだ私!
ふふ、素敵な出会いがあって、今日は最高の日だな!
神さま仏さまありがとう。これはやっぱり私の日頃の行いの良さですな、うんうん。
この出会いに、感謝と祝福を。
(これに懲りたら良き隣人となりなさい)