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冬の夜は長い。きっとミューちゃんの国ほどではなくても、夏と比べれば、冬の夜は長く、昼は短く感じるものだった。
他の国と同じように、サマータイムを導入が検討されるのも少しわかるかなあ。なんて思う僕の夜も先ほど終わったばかり、いわゆる朝帰りというやつだ。

この仕事の問題は、タイムスケジュールがイレギュラーってとこだろうか。正直、体力も気力もなきゃ、ついていけなかった。
時間はいつの間にか6時半をまわったところで、この時間にはいつも起きると言う彼女にメッセージを送ってみる。お仕事、頑張ってね。に返ってくるのは、お仕事、お疲れ様でした。で。
はは、バレてたんだ。早起きだとは思ってくれなかったらしい。(とはいえ、確かにここのところスケジュールが詰め込み放題だったかも。)

疲れるか疲れないかで言えば、当然前者であっても、この不規則な生活を好んで選んでいるのは僕だったし、なにより、この仕事がどれだけ大変でも、どれだけみんなが思っているものと違っていても、誰に何を言われようが、辞める気はない。
だけど、こうやって労いの言葉をもらえるのが、こんなに嬉しいとは思わなかった。友達がくれるのとは、また違う。その時に不意に感じる感情は、彼女だから、与えてくれる。彼女にとって迷惑だとしても、僕にとって、この感情は、酷く、そう、酷く、捨て難いものだった。
好きになってしまえば、仕方が無いと思うよ。



「ふーん、そういうもの?」


僕には分からない。と、アイアイは再度キーボードに指を走らせた。
器用だねえ。レイジよりはね。なんていうアイアイもいつの間にか20歳になってて、もうあれから6年になるのかあ、と懐かしい気持ちにもなる。僕が変わってきたように、みんな変わってきた。一番変わったのは、アイアイかもしれない。
15歳から20歳っていうのは、伸びる時期ってのもあるけど、彼の吸収率が高いってのが一番かなあ。ただ、恋愛に関しては案の定こう。
ともだちとミューちゃんの関係をずっと見てきて、ちょっと興味を持っても、彼にはまだ早いらしい。僕の恋愛ごとだって多少興味はあっても、分からない。が口癖だ。


「レイジはもっと、違うと思った。」


そう、丸い瞳は僕を見つめる。キーボードをタイプする指は、いつの間にか止まっていた。


「違う、ってのは?」


ちょっとだけ、声が震えちゃったかなあ、10も年下のアイアイにまでみっともない姿をさらしてる気分になるよ。


「まるで、現状維持を、望んでるみたい。」


彼の言葉は、とても直球だった。だからこそ、気付くことがあるのかな。ああ、そういわれれば、そうだ。

人は、良くも悪くも、現状維持を求む。何故なら、現状を変えることには、ものすごく力がいるからだ。勝率100%のものにはチャレンジしても、1%のマイナスがあれば、実行に移せない。それは、根付いたものであって、仕方がないことでもある。
だけど、僕が今まで生きてきたフィールドはそれが通じないものだったし、もし僕がいままで挑まなかったら、ここにはいないだろう。幼い頃に夢みた世界は、現実になっていた。
そう、だから僕は、知っているんだ。自分が望んだことが、形になることを。自分が、体験しているから。そして、望まなければ、始まらないことを。望んだことしか、手に入らないことを。
アイアイの疑問はもっともだった、僕はいつものように、望むことすら出来ていないんだもの。

だから、僕は望みたいと思う、純粋な気持ちで誰かを好きになることも、そんな誰かと共に歩んで、しあわせに気付いていく未来も。手に入らなかったことよりも、望むことが出来ないことの方が、僕にとっては悔しい。




(やだなあ、アイアイ。僕がそれで満足するように見える?)(見えたから言ったんでしょ。でも、少し吹っ切れてる?)(おかげさまでね。)(まあ、本気だからこそ、怖くもなるんだろうけど。)(どうかな。欲しいものをちゃんと決めていないからだよ、きっと。)(じゃあ、ともだちとカミュは、決めたから、ああなったってこと?)(少なくても、彼女は決めたから行動に移したんじゃない?)(ってことは、レイジも決めたから行動に移す?)(そうだね。嫌われることを考えて動くより、好かれるためにどうしたらいいか、を考えるよ。)
Love makes me Beauty.
(少しずつ変わっていくんだ。)







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