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彼のことを想うようになってから、気分が滅入ることが多くなった気がする。誰だろう、恋は楽しい、なんて言ってたの。ぜんっぜん、楽しくなんてない。
こんなにも、ひとつひとつの連絡に気分を踊らされている自分が嫌でたまらない。別に、何にも気にしなきゃいいのに。そんなわけにもいかなくて。全てわたしの勘違いだと、そう思うことがないわけじゃない。むしろ、そう思うことの方がはるかに多かった。

人はマイナスに物事を働かせるのが得意だと聞いたことがある。
確かに、その通り。どんな物事であっても、なんとかなるだなんて思えないし、現状を変えるための行動には、酷く力を使う。
例えば、わたしがそんな楽観主義者であれば、話は別だっただろう。そんな自分に変わればいいのかもしれない。でも、今のわたしには、大丈夫だと、自分の未来に言ってあげることが出来なかった。
本当は、それが何よりも大問題なのだ。わたし自らが、自分の未来を変えることを否定しているのだから。わたしが誰よりも認めなくてはいけない、許可しなければならない。
わたしは、わたしが上手くいくことを、許可する。この言葉を口にすることすら、少し怖くも感じて。見えない不安に、押しつぶされそう。こんなとき、大丈夫だって言える子だったら、よかった。


「なまえも、らしくない気がする。」


大きな瞳で、綺麗な顔をしている子だった。常に冷静を見せる彼は、素直に思ったことを口にする。まるで、小さな子供のようなところがあった。そんな彼が苦手なわけではないし、お姉さんとしては可愛いと思う反面、冷静に自分を評価されることが、酷く焦燥感を与えるもので。
そんなことないわ、と口にするわたしに返ってきたのは、純粋なる疑問だろう。本当に?に返すイエスが、少しばかり後ろめたい。

らしいか、らしくないか、と言えば、そんなの後者に決まっていた。生憎、慣れているわけじゃないの、こういうのは。ああ、わたしがもっと恋愛に対して積極的だったら違ったかもね。勿論、それは今更遅い後悔だってのは、分かっている。たられば、はないのだ。
だけど、頭で分かっているのに、心がついていかない。これって、女性特有なのかも。そんな言葉、誰かさんが恋してるときにも、よく聞いた気がするもの。


どうしてか、理屈でどこか考えてしまって、分かろうとして、分かってはいるのに、けれど、心が否定してる。傷つきたくないことは、当たり前だった。
だって、そんなに若いわけじゃないから。今更傷つけば、そこから後戻り出来なくなるのが、怖かった。恋愛って言うのは、無茶をしてまで手に入れたいものじゃ、ないはず。
心に言い聞かせるみたいよね。欲しいものを、欲しい、って言える程、器用に生きてきたわけじゃないからだとは分かってるのよ。頭の中じゃ、ちゃーんと。自分のウィークポイントだとも、勿論。


「ねえ、なまえ。」


コーヒーカップに口付けたのは何度目だったか。自らが好んでいるブラックのそれは、いつにもまして苦く感じた。彼は先ほどまで手にしていたiPhoneを机の上に伏せて、こちらへと視線を向ける。
呼びかけられただけなのに、何を言われるんだろう、ってドキドキしちゃうの。顔には出していないつもりが、小さく彼が笑ったところを見ると、そうではなかったみたい。


「誰かさんが言ってたんだけどね、」


と、いつもと同じ抑揚で、彼は続ける。


「嫌われないようにがんばるのと、好かれるようにがんばるのは、似ているようで違う。嫌われないように、って考えてちゃ、身動き取れなくなって当然なんだよね、って。」


アア、どうしてこうも、わたしは年下に、ハッとさせられることが多いのだろう。それを見せたくなくって、ちょっとだけお姉さんだって背伸びしてみても、もしかしたら、見透かされているのかもね。
だから、僕が言いたいのは。


「キミは前を向いたほうが、もっと綺麗になるよ。」


顔を上げたわたしの目の前に入る彼の瞳が細くなっているのは、彼が笑ったせいだった。




(藍ちゃん、変な冗談、言わないで。)(ジョーダン、って何が?)(その、綺麗になるだとか、なんとかって、)(どうして。事実なのに。)(そんなこと...)(ねえ、なまえはどうして急いでるの?)(急いでる?)(うん。落ち込むのが悪いことでも、止まることがいけないわけでもない。自分のスピードがあるんだから、それを無理強いなんて誰もしてない。でも、もし今の自分や自分の未来を変える意思があるなら、すこしだけ、踏み出す価値があるだけで。)(そう、ね。)(だけど、その意思がないのに進むのは、キミがつらくなるだけ。)(うん、)(全ては、キミ次第だ。)(分かってるのよ、)(頭の中だけでね。)
Love makes me Beauty.
(もっと綺麗になれたら、隣に立つことが想像できるのかしら、なんて。)







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