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行き先を設定しないカーナビは、上手く働かないのと同じように、わたし達の未来だって、行き先を決めなければ、そこにはたどり着けない。そんなたとえが、嫌に心につきささるの。
ああ、わたしが、どうしたいのか分かっていないんだわ、って。


すみません。


そう答えたのは、反射的で、彼を否定するつもりではなかった。
あれから、変わらずにいてくれるのが、逆に苦しくなるくらい、彼は普段通りに連絡をくれたし、顔を合わせる機会では普通で。
自分の言動が、彼に大した影響なんて与えるわけじゃないこと知っているのに、それに落ち込むのは、ばかばかしいわよね。わたしを気にかけて口にしてくれた言葉を、受け入れるだけの心がなかった自分が恨めしい。
こうやって、いつも過去のことを引きずってばかり。過去は変えられない、変えられるのは、未来だけ。そんなこと、何十回だって聞いてる。でも、そんなに簡単に考え方を変えられるわけじゃない。


「なまえサンって、案外、頑固だよね。」
「そう、かしら。」


車のバックミラー越しに目が合った彼は、不意にそんなことを口にした。素直に肯定できなかった。そんなつもりもなかったし、自分ではそうではないと思っていたから。今の会話で、彼にそういわれるのが納得いかない、ってのもある。
先ほどまで隣にいたともだちちゃんは、仕事の電話だと外に出たままで、彼女がいないことが、無性に自分の不安を誘った。彼女がいれば、わたしの代わりに答えてくれたかもしれない。こんな会話をせずにすんだかもしれない。
彼は、実際、とても鋭い人だった。だからこそ、怖くもあるの。


「ほら、そういうとこ。」
「そういうとこ?」
「素直じゃない、ってことかな。」
「そりゃあ...」


すこしだけ、言葉が詰まる。素直かどうかと言われれば、素直ではなかった。仕方ないじゃない、そうやって生きてきたんだもの。そうしろ、って言われても、方法すら分からない。
まさかそれを自分より年下の男の子に口に出来るわけがなかった。歯切れの悪い言葉を返して、明かりの漏れるビルに視線を向ける。まだ、隣にいた彼女が帰ってくる気配はない。


「この曲、ともだちサンに似てると思わない?」


バックミュージックは、聞いたこともない女性シンガーの曲。ラップ調に歌われていて、英語が少しくらいは分かっても、何て言ってるのかは聞き取れない。自分が普段聞く音楽とは正反対。けれど、彼等が好みそうな曲だとは思った。


センスが良かったらいいのに、フラッシュを浴びるような人になれたらいいのに、起きたらヒップアップして、胸が大きくなってたらいいのに。でも、アナタが欲しいから、全部手に入れるわ。


と。そんな和訳を口にされれば、納得をせざるをえなかった。確かに、彼女はよくそんなことを口にした。だから、どんなに出来ない理由があっても、諦めなかったし、今、ああやって手に入れたの。
そもそも、彼女の経験値と、わたしの経験値は、1と100くらい違うから、ある意味彼女のケースは、あてにはならない気もする。


「でも、だから手に入れたわけじゃない。」
「え?」
「ホントに欲しくってたまらなかったから、だって。諦められないくらい欲しい時に、人は力を発揮出来るんだって。」


そうレンくんは、バックミラー越しに目を細めた。そのブルーの瞳がわたしをぎくりとさせる。わたしが気付きたくないことを言うのね、アナタは。
直接言葉にしないのは、彼らしいかもしれない。遠回しに、本音を探るような言葉を投げかけられたのだと、流石に分かった。
だからと言って、欲しいなんて、誰かに言える?わたしが、わたしの心すら分からないのに。
向き合いたいけれど、向き合いたくない。気付いてしまうのが怖い。叶わなかったら、どうしたらいいのか分からない。諦める理由なんて沢山あった。言い訳だといわれてもいいから、言い訳を口にさせてほしかったのよ。だって、失敗をするのは、誰だってこわいでしょう。


「何が失敗なのかによるよね。」
「叶わなかったら、つらいわ。」
「じゃあ、叶わなかった恋をした人はみんな不幸せだと思う?」
「それは、分からないけど、」
「なまえサンは知らないだけだよ。」


いろんなことをね。眉を下げるように困った笑い方をして、彼は視線を窓の外へと向ける。
叶わなくても、辛いことばかりではないよ。シートに隠れた彼の表情は、見えなくなった。だけど、声だけはまるで、彼が体験した事実だったようにも聞こえる。
深くは聞けなかった、だって、レンくんはそうじゃないって思っていたから。失敗なんて、してこなかったタイプに見えたから。わたしが知らないだけで、わたしが経験してこなかっただけで、みんな、色々なことがあったんだって思い知らされる。
そして、更に自分がちっぽけな人間にも感じた。逃げてきたとは言いたくない、わたしなりには頑張ってきたし、努力もしてきた。けれど、一歩踏み出した人たちは、彼も含め、とても、つよい。


「知らないのであれば、知ればいい。俺達は、そうやって前に進んでるんだ。」


大丈夫だよ、がストンと心に落ちる。ああ、みんなそうだったんだって、わたしにも出来るかもしれない、って。そんな希望に、心臓が大きく高鳴った気がした。


「この世界に、魔法はないからね。」


そう、人生はおとぎ話じゃない。わたしが生きるのは、リアルな世界。奇跡を起こしたいのであれば、魔法を待つんじゃいけない。必要なことは、わたし達が自分がどう未来を切り開くかで、そして、自分が本心で何を望むか、だった。




(素直じゃなくっても可愛いけれど、たまには自分の気持ちに素直になってみてもいいんじゃない?)(取ってつけたように可愛いって言われても、)(恋する女性は可愛いものさ。)(レンくんってそういう言い方するからずるいわ。)(そういう?)(自分の本心をぶつけない。)(本心だよ。)(そうは聞こえないもの。)(それは、なまえサンが、言葉を素直に受け入れられないだけだ。だから、ブッキーのことだって後悔してる、ちがう?)(そういう、わけじゃ、)(変わるのは誰だって怖いよ。でも、キミは一歩を踏み出した方がいい。大人になったら、知らないと分からないは、通用しないからね。)
Love makes me Strong.
(知らないことばかりで、初めてのことばかりで、酷く心をざわつかせる。)







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